03. 苺のケーキと思いの差 「エリエノールと一緒だとめっちゃ幸せ」
……とにかく、人が多い。
「御成人おめでとうございます、王太子殿下。心よりお祝い申し上げます」
会場に集まった人々がルクヴルール公爵の言葉に続いて一斉に祝いの言葉を述べ、サイードの方へと礼をする。サイードはレティシアを連れて、大広間の真ん中を闊歩していった。
サイードが王から成人の祝いの言葉と共に冠と宝剣を戴き、これからは大人として云々かんぬんと二言三言述べれば儀式は終了。
儀式の後にあるのは成人してから初めて踊るダンスで、新成人――今日の祝祭ではサイード――が、大人の一員として新たに生まれ変わった姿をお披露目するものだ。成人祭では、この成人の踊りはけっこう大事なものだったりする。
サイードとレティシアは広間の中心で、たいそう優雅で美しい踊りを見せた。
レティシアは、いつにも増してとてもとても美しかった。眩しすぎて目が潰れそうなほど。前から予想していた通り、正装姿で踊るレティシアの破壊力はえげつなかった。
サイードの衣装と合わせたドレスは水色と青色でグラデーションになっていて、裾の方は紫色がアクセントになっている。ターンをするとスカートの生地が綺麗に広がってたなびいて、息を呑むような美しさだった。
(ううっ、レティシア様がお美しすぎてつらい……)
もうあまりの美しさに感極まって、エリエノールは涙目である。この美しさは国の宝だ。誰か絵画に残して欲しい。
ちなみにサイードも、見た目は良い人なので礼服はとてもよく似合っていた。エリエノールは、そういえばこの人王子様だった、と改めて実感した。たしかに抜群に格好良いから、もてるのは分かる。
ふたりがダンスを終えると、当然ながら拍手喝采だった。やっぱりお似合いのふたりだ。
儀式と成人の踊りが終われば、あとは比較的自由などんちゃん騒ぎもといパーティーである。飲食、談笑、ダンスといったことを自由にやって終わり。
ミクによれば〝エリエノール〟が踊る羽目になる――つまりこの成人祭においてエリエノールが一番緊張する時間が始まった。
(どうか、誰も誘わないで……!)
さて、周りにちらほらと踊っている人々が見える現在。エリエノールは踊ってはいなかった。何をしているのかと言うと、料理が並んだテーブルの辺りにいる。
「エリエノール、何食べたい?」
「緊張であんまりお腹空いてないです」
「じゃ、デザートでも食べる?」
「そうします」
ジャンにエスコートされて、デザートの載ったテーブルへと向かった。
「とりあえず何か食べようぜ」というジャンの提案により、エリエノールは今のところダンスを回避できているのだ。緊張しすぎてガクブルのエリエノールを気遣ってくれたらしいジャンの優しい対応に、胸がきゅんとした。彼こそが紳士だと思う。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
ジャンがテーブルから取ってくれた、苺のケーキを受け取る。白いふわふわのクリームと、苺のペーストが入れられたピンク色のムース、黄色いスポンジが層になっていて見目が良く、上に載った真っ赤な苺はつやつやと輝いていてとても美味しそうだ。
「いただきます」
フォークをスッと入れて、ケーキを一口大にする。口に運べばほんのりと酸味のある優しい甘さが広がり、とても幸せな気分になった。幼い頃に好きだった苺ケーキをこうしてまた食べるのは、実に五年ぶりのこと。十歳の誕生日のとき以来だ。
「美味しい?」
「はい!」
「ん、良かった」
ジャンはと言うと、上にオレンジが載ったチョコレートケーキを食べていた。完全にエリエノールの主観だが、ジャンがチョコレートケーキを食べているのはすごく様になって似合っている。ケーキを食べている様子がとても絵になるというか。
(ジャン様、チョコレートケーキの広告に載ったら良いのでは!?)
緊張のせいか思考回路が変になっているというのは、一応自覚している。
(ていうかわたくしのせいで、ジャン様ちゃんとしたご飯食べれてない……!)
その姿を見ながら、はっと気づいた。エリエノールはケーキを食べるだけで今日は精一杯だが、ジャンはこれでは足りない気がする。本から得た情報によれば、育ち盛りの男の子は特にいっぱいご飯を食べる生き物らしいから。
「ジャン様は、お腹は空いていないのですか? ケーキだけだと足りなくないですか?」
「んー、エリエノールと一緒にいれば幸せでお腹いっぱいかなー」
「まさか。わたくしとずっと一緒にいても、食べないといずれは飢えてしまいますよ。まあ、一週間くらいは食べなくてもなんとかなるのかもしれないですけど……」
経験者は語る。とりあえず、エリエノールは最長十一日間は飲まず食わずでも生き延びた。
「ははっ、まさかのそう来るか。鈍感すぎてそれも可愛いけど、今のはエリエノールと一緒だとめっちゃ幸せって話」
「ああ、なるほど。そうだったのですね」
本当に幸福感が腹を満たせるのだろうかなんて考えていたが、そういう話ではなかったらしい。幸せなことを表現する比喩ということで良いのだろうか。
「……わたくしも、ジャン様と一緒にいると楽しいですよ。良いお友だちができて、わたくしも幸せです」
正直幸せでお腹いっぱいというのは分からないが、今が楽しくて幸せなのは事実だと思う。何年もずっとひとりだったから、友だちがいる今が幸せでたまらない。
「そっか。俺も……エリエノールと友だちになれて、良かった。でも――」
「エリエノールぅうっ!!」
「わっ。何、ですか……ミクさん」
ジャンが何か言おうとしているところに、ミクが猪のごとく突進してきた。まともに衝撃を食らったエリエノールの腹は、まあまあ痛い。
(ミクさんの怪力ばかっ……!)
食事中にいきなり勢いよく腹に抱きついてくるのはやめて欲しいと、強く思った。衝撃で吐いたらどうしてくれるんだ。猪の監視者もといダルセルは何処に行ったんだ。
ミクはエリエノールがダメージを食らっていることに気づいていないのか、腹に抱きついたままにっこにこで話し始めた。
「ね、エリエノール! 付いてきて」
「何にですか何処にですか。今わたくしは大事なお友だちとの会話に忙しいのですが?」
早口でそう述べ、だから帰れと暗に伝える。しかしながら、これで「はいそうですか」と大人しく引くようなミクではない。
「わたしだって友だちだもん! でしょ!?」
「そうですね。でも本当のお友だちなら、わたくしの幸せを願ってくれても良いのでは? わたくしはですね、今ジャン様とお話――」
「いいからいいから。サイード様のとこ行こっ!」
(人の話を聞けぇ!!)
悲しいまでにエリエノールの声は届かない。ミクももちろん大事な友だちだが、今はジャンと過ごしたい時間なのだ。
ミクがエリエノールの腕をぐいぐい引っ張る。エリエノールは連れて行かれまいと、抗うように後ろに体重をかけた。
けれど軽いエリエノールが怪力のミクに勝てるはずもなく、じわじわと体が進んでいく。エリエノールが最後の足掻きにぐっと足を踏ん張ると、手袋を着けていたミクの手がするっと滑っていきなり腕を離した。
(あっ、やば)
そのままぐらっと後ろに倒れそうになった――が、ぽすんと抱きとめられた。落ち着いた森のような、シダーウッドとラベンダーの香りをふわりと感じる。背後を見上げるとジャンがいた。
「あっ、ジャン様。受け止めてくださってありがとうごさいます」
「うん。足痛めたりしてない?」
「大丈夫です」
「なら良かった」
今エリエノールはジャンに背後から抱きしめられている形だが、意外にもまあまあ近い距離にいてもそんなに緊張しないし嫌ではなかった。
男の人というのは同じであっても、サイードのときとは何かが違う気がする。サイードに抱きしめられているときは大抵、こんなに心穏やかではいられない。
(あれ? でもさっきはジャン様にドキドキしたのに……?)
先程イヴェットにジャンと恋人なのかと問われたときはめちゃくちゃ赤面して動揺して、心臓がひどくうるさかった。ドレス姿を褒められたらとても嬉しかった。
ミクにサイードとのことを言われても、そんなに心が動いたりしない。でもジャンのことを言われたら意識してしまったので、それはジャンとは仲良しだからだと思っていた。
仲良しじゃないなら意識しない、仲良しだから意識してしまう――の考えに基づけば、サイードに抱きしめられても何も思わなくて、ジャンに抱きしめられたらドキドキするのが順当な気がする。
それなのにこうしてジャンと触れ合っていてもドキドキはせず、むしろどこか安心するような感じがしていた。やっぱりエリエノールにとってジャンは恋人などではなく〝良き友だち〟だった、ということの表れだろうか。
でもそれなら、サイードに触られるといろんなことを思って心乱されるのは何故なのだろう。彼の身分が高すぎて緊張しているのだろうか。それとも彼のちょっと危うい触り方が悪いのか。あるいは彼の顔が良すぎるのか。
(…………まあ、ジャン様とこれからも仲良くできるなら何でもいいや)
エリエノールは考えることを放棄した。人の心のことは難しい。だから面倒くさい。
とりあえずジャンは友だち、サイードは他人だ。これで良い。
「仲良しなのは良いことだけど、俺のエリエノールを転ばせないでくれよ?」
「別にあんたのじゃないでしょ、ジャン」
考え事を終えて前を見るとミクはジャンを睨みつけていて、子どもっぽく頬を膨れさせていた。どこか空気がピリついているような気がしたのは気のせいだろうか。
「おや、ミク嬢も馴れ馴れしい言葉遣いなんだね。俺と気が合うわ」
「いや、合わないし」
(あらら?)
背後のジャンと前のミクが、なんだかバチバチとしはじめている。どうやら気のせいではなかったようだ。馴れ馴れしい言葉遣い同士だが仲良くはなれなかったらしく、エリエノールを挟んでしばし緊迫した空気が流れる。




