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虫食い姫は隣国の王太子殿下から逃れたい。  作者: 幽八花あかね
隣国の王太子殿下から逃れたい。2章

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02. 可愛いって楽しい 「恋人なんかじゃありませんから!!」



 六月八日、サイードの成人祭当日。


 昼過ぎからエリエノールは王城で支度をしていた。入浴やら香油を使ったマッサージやら何やらとドレスへの着替えはエリエノールが意地――体にある数多の傷痕を人に見られたくない――によって自力で行い、化粧と髪型を整えるのは女官やイヴェットにやってもらった。


「エリエノール様、やはり可愛いです! 本当にお似合いですわ」

「ありがとうございます、イヴェット」


 鏡で自分の姿を見て、正直驚いた。今日だけは「可愛い」なんて言われてもすんなり受け入れられる気がする。


 低身長で薄っぺらい体なのは変わらないはずなのに、いつものようにちんちくりんな感じはしない。浮かれているだけかもしれないが、これなら見た目を恥ずかしく思うことはなさそうだ。


(お化粧って、すごいなぁ)


 化粧をしてもらうのは初めてだったので、実は不安だった。けれども終わって鏡を見るとその変わり様に感動した。


 瞼に色を乗せるのは目に入ったら痛そうだなと思うと少し嫌だったが、できあがってみると淡いピンク色と紫色のグラデーションが綺麗で、ところどころキラキラしていて可愛い。


 頬紅を入れてもらうのはくすぐったかったけれど、あるとないでは大違いだ。血色が良く見え、普段よりとても健康的に見える。


(なんか、女の子みたい……)


 そもそも実際そうではあるのだが、化粧で変身した姿を見ると、改めて自分が女の子という生き物であったことを自覚した。



 そして、何と言ってもドレス。考えるのを手伝ってくれたイヴェットにはセンスがあったのだと分かったし、針子たちの腕には感心した。自分で言うのもなんだが、似合っていると思う。


 ドレスの色は薄い青紫色。雨の日の紫陽花(あじさい)のような色だ。


 前身頃には胸のあたりから大柄の花の刺繍が生地と同じ色で入れられていて、刺繍は上から下に行くにつれて小さい花となり、スカートの腰あたりまで続いていく。


 絹でできた長袖はあまり飾り気はなくすっきりとしているが、袖口にだけは銀糸で細かな刺繍が入れられている。スカートは青紫色の生地の上に水色と桃色のチュールが重ねられていて、柔らかで儚い印象を与えた。


 靴は暗めの銀色で、(かかと)が低めのものを履いている。身長のことを考えれば高いヒールを履くべきなのだが、踊りやヒールに不慣れなことを考慮し、今回は転ばないことを優先した。


(背伸びしすぎて高いヒールなんて履いたら、絶対転ぶから)


 金色の髪は青紫色の細いリボンを編み込みながらまとめ髪にし、せっかくなのでジャンに貰ったバレッタを付けさせてもらった。半透明のビーズの花が、光に当たるとつやつやと輝く。


 ドレスのデザインを考えていたときは別に可愛くなりたいわけではないなんて思ったりしたが、前言撤回だ。


 エリエノールだって可愛くなりたい。可愛くなるのは楽しい。


「エリエノール様がお持ちになったバレッタ、可愛いですね」

「ええ、人から頂いたのです」

「あら、もしかして……殿方からですか?」

「はい。今日のパートナーを引き受けてくださった方から頂いたもので」


 頬を緩めて答えると、イヴェットの桃色の瞳がキラリと光った。


「恋人なのですか?」

「こ……こいっ!?」


 恋人?! 誰が!? 誰と!?


「エリエノール様のパートナーは、バルドー伯爵家のご令息ですよね。おふたりとも家の決めた婚約者はいないのですから、もしかして……と思いまして」


 つまりイヴェットは、エリエノールとジャンが恋仲なのかと言いたいのだ。エリエノールは否定するためにぶんぶんと首を振った――が、せっかく綺麗にしてもらった髪型が乱れてしまうと困るので数回でやめた。


「まっ、まさかー。そんなはずないですよ。ただ、わたくしに似合いそうだっ、て……」


 イヴェットがにまにましている。顔にじわじわと熱が集まってきた。なんか、すごく恥ずかしい。


「似合いそうだからと、髪飾りを……初々しくて可愛いですね!」

「ジャン様はただのお友だちですから! 恋人なんかじゃありませんから!!」

「ふふふっ、若いって良いですねぇ」


 イヴェットがめちゃくちゃ楽しそうににこにこしている。イヴェットの笑顔は可愛いので別に彼女が笑っていることに不満はないのだが、まさか自分がこんな色恋沙汰の話題でからかわれる日が来るなんて思ってもみなかった。


 ミクがサイードとのことを何たらかんたら言っているときはさほど気にならなかったのに、ジャンのことを言われるとどうにも意識してしまいそう。サイードとはあまり仲良くないが、ジャンとは仲良しだと思っているからかもしれない。


(顔、あっつい……)


 こんなことを聞いた後だと、ジャンを前にしたときにまともに照れてしまいそうで嫌だ。


「さあ、エリエノール様。行きましょう。恋人様がお待ちですわ」

「恋人じゃないですって! ……ちょっとだけ、待ってください」

「はい、待ちますよ」


 ジャンは恋人ではない。仲の良い友だちだ。何度も深呼吸をし、気持ちを落ち着かせようとする。心臓の動きが平常通りに戻って頬が常温に戻ってから、意を決してようやっと準備室を出た。





「きゃああ、エリエノールかわいい〜」

「……ミクさんも可愛いですよ」 

「でしょー?」


 控え室に入るや否や、ミクにがばっと抱きつかれた。


 ミクは珊瑚色(さんごいろ)のドレスを着ていて、スカートはふわふわとボリュームのあるものだった。ぱっと見て最初に思ったのが重そうだなということだった自分に、内心苦笑する。


 彼女のドレスのように肩や背が出るデザインは、エリエノールには絶対に着られないものだ。火傷や鞭打ちの痕があるから、気味悪いったらありゃしない。自虐的に考えながら、ふと傷痕のない体が羨ましいと思ってしまったことに気づいて虚しくなった。


(もう何年も、傷だらけなのが当たり前で生きてきたのに)


「なのにさ! ダルセルったら、一言も褒めてくれないんだよ。酷くない!?」

「……ダルセル様は、そういうお方でしょう。諦めた方が良いです」


 傷痕のことでやや淀んだ気持ちになりながら、黒茶色の髪と黄緑色の瞳を持つ青年を一瞥いちべつした。何せ、人の心が欠落しているとまで言われる彼だ。こう言っちゃなんだが、女性を褒める姿なんて想像できない。


何気(なにげ)エリエノールも辛辣だね!? ほらダルセル。これからジャンがエリエノールのこと褒めるんだから、ちゃんと見てなさいよ!」

「えっ」


 ミクはとたたたとエリエノールから離れると、ダルセルのすぐ隣にどさりと座った。おまけに腕まで組んで、何やかんや仲が良さそうではないか。ダルセルは「畏まりました、ミク様」とか言ってこちらを真剣に見ている。真面目か。


 そしてジャンはソファに座ってこちらを見たままぴくりとも動かず、ひたすら固まっていた。にやにや顔のミク、真面目な顔のダルセル、無表情のジャン――そして、困惑のエリエノール。


「あの……ジャン、様?」


 瞬きもせず静止フリーズしていたジャンに、とりあえず声を掛けてみた。ジャンはようやく動きを見せ、ゆっくりと三回瞬きをする。


「……あっ、ごめんごめん。ちょっと……エリエノールが綺麗すぎて、見惚れてたわ」

「なっ、な……!」


 こんな。こんな、ど直球ストレートな褒め方あるだろうか。動揺してまともに言葉も出せず、ただ口をぱくぱくとさせる。


 もうなんか、傷痕のせいで肌を見せるドレスが着れないのが虚しい――なんて一瞬でどうでもよくなった。静止からのこの褒め言葉は破壊力が強すぎる。


 そういえばジャンの二つ名は〝気さくな馬鹿〟以外にも――というか、ひとつもっと有名なのがあった。エレーヌから以前聞いたときはぼんやりとしか分かっていなかったが、そう――〝女殺し〟である。


(ああ、これはたしかに女殺しだね)


 深呼吸して落ち着いてから来たというのに、また頬に熱が集まり始めた。恥ずかしくてジャンを見ていられず、つい顔を逸らす。恋人なのかなんてからかわれて、その後にこんなふうに褒められてしまったら――意識してしまって、ドキドキする。ジャンは友だちのはずなのに。


「えっ、何その反応。可愛いんだけど」


 ジャンがソファから立ち上がり、こちらに歩いてきた。近くに来た彼を見上げると、にこにこしている彼の頬もほんのりと赤いような気がする。彼も少しは意識していたりするのだろうか。


「エリエノール、めっちゃ可愛い。似合ってるよ」

「あ、りがとう、ございます。ジャン様も、格好良いですよ」

「へへっ、ありがと。ソファ座りなよ」

「はい、お邪魔します」


 優しく手を引かれ、彼の隣へと座った。


 ジャンは学園では少し着崩したような服をよく着ているおしゃれさんなので、ぴしっとした礼服を着ている姿はどこか新鮮だった。髪型もいつもと少し雰囲気が違う。よく似合っていて格好良い。ちなみに襟元のタイは、エリエノールの衣装と合わせて似たような薄紫色だ。


「あ、あの髪飾り付けてくれてるんだ。嬉しい。やっぱ似合うな」

「はい、付けさせていただいています。ありがとうございます」


 髪飾りに気づいたジャンがはにかみ、エリエノールも笑う。なんだか、空気がとてもぽわぽわとしている気がする。


 実際にはないが、ピンク色の花びらでも舞っていそうな雰囲気だ。今は雨ばかりの六月のはずなのに、ここだけ春みたいな感じだった。


「見た!? ダルセル。良い男はこうやって女の子を褒めるの。ほら、わたしのドレス姿見て何か言うことない?」

「ミク様が綺麗すぎて見惚れていました。可愛いですね。似合っています」

「うっわ、丸パクリ! しかも劣化版!! でもよく言えましたー、いい子いい子」

「ありがとうございます、ミク様」


 無表情のダルセルの髪を、ミクがわしゃわしゃと撫でている。やっぱり、まあまあ仲良しに見える。


 懐かない犬に苦労している飼い主((ミク))と、うるさい飼い主に振り回されている無愛想な犬((ダルセル))のよう――と言ったらさすがに失礼だろうか。



 そんなこんなで適当に皆で談笑して時間を潰し、開始時刻を待つ。四人は声を掛けられると、王城の大広間へと向かった。



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