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虫食い姫は隣国の王太子殿下から逃れたい。  作者: 幽八花あかね
隣国の王太子殿下から逃れたい。1章

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33. 昆虫食+お姫様=??? 「虫を……食べている、だと?」



「きゃあああ!!」


 魔法薬自習室に、女子生徒の甲高い悲鳴が木霊(こだま)した。わらわらと人がその周囲に集まり、みんなして「ひっ」だの「うわっ」だのとまた声を上げる。


 そんななか、平然とした顔をしている女子生徒がひとり。この騒動を起こした犯人――エリエノールである。


 この事件をきっかけに、エリエノールにはとある渾名(あだな)が付けられることとなった。




 

 休み明けの月曜日の午後。多くの生徒が大談話室にある掲示板の前に集まり、とあるものを見ていた。


 エリエノールもミクに引っ張ってこられ、遠巻きにそれを眺めているところだ。


「さすが王太子殿下! また一位でいらっしゃるわ」

「見て! レティシア様もまた二位よ。おふたりともご聡明で――」


 掲示板に貼られているのは、先日の中間考査の順位表である。


 試験全体での得点率で順位は出され、大々的に貼り出されるのは上位十位まで。十一位以下及び各科目の詳細な順位は、大談話室に置かれている冊子で見ることができる。


「エリエノールも小説と同じ順位だね」

「いや、知りませんけど」

「小説でも七位だったよ」

「へぇ……」


 エリエノールは無表情で掲示板の方を眺めていた。人だかりのせいで全然見えないのだが、エリエノールの名も一応貼り出されているらしい。別に興味はないが。


「……ところで、ミクさんも今は見えてませんよね?」


 いかにも見たふうに言っていたが、隣にいるミクも背はエリエノールより少し高いとはいえ、掲示板の下の方は見えていないはずだ。何故エリエノールの順位が分かるのだろう。


「うん、見えないよ。でもさっき、サイード様が『姫は七位か』って呟いてたから」

「……そうですか」


 この人混みの中、よくミクはサイードの呟きなど聞こえたものだ。エリエノールは全然聞こえなかった。


 ちなみに現在サイードは、女子生徒に囲まれて一位を取れたことを祝福されているところである。さすが、おもてになるお方だ。


 絡まれなくなってから、なんとなく彼とは距離を感じる。元から遠い人だと思っていたが、さらに遠く遠く、雲の上の人のようになってしまったというか。


(眩しい)

 

「あっ、エリエノール! ねえ聞いて!!」


 エリエノールの姿を見つけて駆け寄ってきたのはジャンである。なんだか既視感(デジャヴ)だが、また彼はにこにこしていた。


「ジャン様。どうなさいました?」

「全科目及第点で、古代魔術は『優』だった! ありがとう、エリエノール!」

「えっ、すごいです。おめでとうございます! 頑張りましたね」


 ジャンからの報告を聞いて、思わず拍手した。


 宣言通り落第点を回避したなんて、本当にすごい。しかも古代魔術に至っては「優」だ。たいへん素晴らしい。


(教えた甲斐があります。エリエノール先生も嬉しいです)


「本当ありがとう、エリエノール」

「お役に立てたなら光栄です」

「うん。また何かお礼するよ。……今日もエリエノールの笑顔が見られて良かった! じゃあな」

「はい、ではまた」


 エリエノールは去っていくジャンに笑顔で手を振った。


 彼の前では、自然に笑えるようになったみたいだ。男の人の前では特に緊張して表情が強張りがちな、コミュニケーション能力が低いエリエノールにとってはかなりの進歩。


 最近の人生ちょっといい感じかもしれない。


「ねえ、ジャンと仲良すぎじゃない?」

「そうですか? 普通にお友だちですよ」

「あいつ――いや、やっぱ言うのやーめた」

「何ですかそれ」


 一昨日もミクは何か言いかけてやめていた。どうせ小説でどうだったかということだろうが、結局ミクは何がしたいのだろう。


 エリエノールとサイードが結ばれるのがハッピーエンドだとか言いながら、サイードにはエリエノールに関わるなとか言っていたりもして、正直よく分からなくて少し怖い。


 友人だとは思っているが、完全には信じきれないといったところだろうか。


「エリエノールは何も心配しなくて大丈夫。わたしがハッピーエンドにしてあげるから」

「……はぁ」


 その言葉を聞いてあまり良い予感はしなかったが、どうせどうしようもなさそうなので放っておくことにした。





 その日の夕方頃、エリエノールはまた魔法薬自習室にいた。


 昨日は隣の席の人に悲鳴を上げられてしまったので、今日はもう少し周囲に気を遣ってやるつもりである。


(昨日より美味しくできるように、頑張る)


 昨日から魔法薬自習室で何をしているかと言うと、虫を料理している。

 一応薬草は使っているし、寮母さんに確認して許可も取れているのでここでやっていても大丈夫なはずだ。


 エリエノールは黙々と香り付けの薬草をナイフで刻んでいた。


「おい、姫」

「……」

「おーい、聞こえてるか?」

「……えっ、殿下……?」


 隣を見ると、いつの間にかサイードがいた。関わらないで欲しいと言ったはずなのに、何故話しかけてきたのだろう。


「そんな非難するような目で見るな。僕は君を心配して声を掛けたんだ」

「心配ですか」


 何かサイードに心配されるようなことは現在あっただろうか。またエリエノールが気づいていないだけで、何か嫌がらせとかがあったりしたのだろうか。


「君が今、一部の生徒たちの間で何と呼ばれているか知っているか?」

「いいえ、存じません」


 エリエノールの呼び名なら、「くず」とか「役立たず」とか「馬鹿女」とかだろうか。


 そういうのだったら屋敷で慣れているし全然これっぽっちも気にしないので、別に心配されなくても良いのだが。


「『虫食い姫』……と呼ばれているようだが、何か心当たりは?」


 心当たりと言うと、何故「虫食い姫」と呼ばれ始めたのか分かっているのかということだろうか。


(十分すぎるほど心当たりがある)


 おそらく、昨日の虫料理のせいでエリエノールが虫を食べている事実が広まったのだろう。


「心当たりはありますよ。単純な渾名ですね。わたくしが虫を食べていて、〝神の血をひくお姫様〟だからでしょう」

「……は?」

「何か?」


 サイードが顔を引きつらせている。今の発言に何か問題があっただろうか。


(なにその、どん引き……みたいな顔)


「虫を……食べている、だと?」

「はい。昨日もここで料理をしていたら悲鳴を上げられてしまって……。もしかして殿下、ご存知ではなかったのですか?」

 

 虫食い姫の渾名の話をしてきたということはエリエノールが虫を食べていることも知っているのかと思ったが、どうやら初耳だったらしい。サイードはあからさまに引いている。


(なんか、すみません)


「ちなみに今日は百足(むかで)さんを――」

「やめてくれ!! いま箱から出すな!」


 箱を開けてサイードに本日のメイン食材――百足を見せようとしたのだが、ものすごい勢いで拒否された。少し悲しい。


「虫はお嫌いですか?」

「好きではない。また、食べようとは絶対に思わない。君はなんで食べ始めたんだ?」


 虫は好きではないと言ったのに、エリエノールが虫を食べ始めた理由は気になるらしい。どうせ聞いても楽しくないだろうにと思いながら答えた。


「義姉が、虫しか食べさせてくれなくて。この国に来る前は三ヶ月間虫しか食べていませんでした。ここに来てからもほぼ毎日食べてはいますが……」


 まさに、苦虫をかみ潰したような顔。そんな顔をサイードはしていた。


(やっぱり、わたくしの話なんて面白くないですよねー)


 その表情を見て、話を止める。


「では、今もなお虫を食べているのは何故だ?」


(まだ聞いてくるんかーい)


 驚いた。あんな苦い顔をするほど面白くないのに、わざわざその面白くもない話を聞こうとするなんてサイードの気が知れない。


 でも聞かれたので一応答えることにする。


「ここの図書館に、虫の本がありました。そこには、興味深い記述がありました」 


「どんなだ?」


「虫は他の動物よりも養育が容易で、少ない餌と短い期間で成長します。だから食糧危機に瀕したとき、虫は重要な栄養源になるかもしれない――と」


「食糧危機なんて、この国では起こらなそうだが」


 サイードの言う通り、豊かなこの国では平民でも飢えるようなことは少ない。食糧には特に困っていないから、虫を食べる必要なんてきっとないだろう。


 でも、それが永遠に続く保証はない。


「今は虫を食べる必要もないかもしれませんが、遠い未来では食糧危機が起こるかもしれません。そうなって欲しくはないですが。……わたくしは虫を食べることに慣れました。今は下手物(げてもの)扱いの虫でも、もしかしたら美味しく食べられる調理法や育て方があるかもしれません。せっかく虫を食べ始めたからには、虫を美味しくしてみたいと思ったのです。今も虫を食べて、こうして料理してみているのは……わたくしの好奇心ゆえでございます」

  

 虫で栄養をとれば食費が浮く――というのもあるが、別にそれは言わなくても良いだろう。初めはその理由でここでも虫を食べていたが、現在の理由は主に先程言ったことだ。


 エリエノールは、虫を美味しく食べられるようにしてみたい。


「君にしては長話だったな」

「つまらない話を長々としてしまいすみません」

「いや、つまらなくはない。では、〝虫食い姫〟と呼ばれても嫌ではないのか?」

「東のサクラノ国には〝虫愛づる姫君〟もいらっしゃるそうですし、光栄な渾名です」


 虫食い姫――面白い渾名が付いたものだなと思った。馬鹿にされているのかもしれないが、別に良い。


 いつか虫を美味しい食材にして、虫食い姫の名を世に(とどろ)かせてやる――なんて野望はくだらないかもしれないが。


「君は案外強いな。それに、面白い。気に病んでいないのなら良かった。今日は心配だったから話しかけただけで、余計な関わりを絶つ件はきちんと承知している。まあ、頑張れよ」

「はい、殿下」

「じゃあな」


 サイードはにこりと爽やかに笑い、自習室から去っていった。


(今の笑顔は、ちょっと好きかも)



 虫食い姫と呼ばれていることを心配してくれたなんて、サイードはやはり優しいのかもしれない。


 それに昆虫食の話を聞いてくれて、聞いても馬鹿にしないでくれて、「頑張れ」とまで言ってくれて――とても、嬉しかった。


「ふふふっ」


 エリエノールは微笑を漏らしながら、箱の蓋をそっと開けて百足と対面した。


(今日は昨日より、きっと美味しくできる)





第1章 おわり



やっとエリエノールちゃんが周囲から認められる(?)「虫食い姫」になりました。第1章終わりです。


ブクマや評価くださった方、ありがとうごさいます。励みになっております。

ここまで読んでくださった方、読んでいただけて幸せです。ありがとうごさいます。

何か思うことがありましたら、感想等いただけますと嬉しいです。


第2章以降も楽しんでいただけるよう励みますので、これからも虫食い姫をよろしくお願いいたします。


幽蠱花茜

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