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虫食い姫は隣国の王太子殿下から逃れたい。  作者: 幽八花あかね
隣国の王太子殿下から逃れたい。1章

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31. 落書きとバレッタと笑顔 (なんかすごい、青春っぽい)



 第一学期中間考査が行われた。


 高等部一年生の試験は、一日目が選択科目二科目の筆記と「基礎魔法演習」の筆記と実技。

 二日目が「実戦魔法」の筆記と実技、そして「魔法史」の筆記。

 三日目が「魔法薬基礎」と「適性別魔法」の筆記と実技である。


 エリエノールは魔力が封印されているため、実技試験がある科目は代わりに論述試験を課された。


 この論述試験には及第点や落第点は存在せず、エリエノールは魔力が解放され次第それまでに実施された実技試験を受けることになっている。


 論述試験は事情があって実技試験を受けられない生徒が受けるもので、満点が六十点に設定されている。

 学年順位を出す際にできるだけ公平にするための点数設定だそうだが、正直順位なんてどうでもいいエリエノールはあまり気にしていない。



 月曜日から水曜日が試験日で、木曜日と金曜日は試験休み。つまり試験が終わったら四日間休日があるので、多くの生徒が何処かに遊びに行っている。今日は試験後の木曜日だ。



「試験開始!」


 さて、エリエノールはと言うと、いま試験を受けている。体調不良で試験当日に受けられなかった人が受ける日でもあるが、別にそういう理由でここにいるのではない。健康状態は良好だ。


 単純に、受講科目が多いから試験科目も多いだけのこと。選択科目は通常二科目選択だが、エリエノールは九科目全て受けさせられている。〝神の血をひくお姫様〟への期待ゆえだ。


 放課後にはほぼ毎日の追加授業。自画自賛だが、エリエノールはとても頑張っていると思う。


 別に追加授業にはさして不満はない。授業は面白い。

 けれど他の人たちが休みなのにひとりだけ試験となると、それは面白くはない。しかも他より七科目も多いわけだから、試験は一日では終わらず明日もあるのだ。


(あーあ、だるーい)


 教室には生徒はエリエノールひとりで、試験監督の先生はうつらうつらと船を漕いでいる。


 ため息をつきつつ、すらすらと「リュウールシエル王国史」の試験問題を解いた。




(終わっちゃった)


 筆記試験だけの科目は試験は二時間あるのだが、三十分とかからず終わってしまった。たいへん暇である。


(つまんないよー)


 今みんなはどうしているのだろう。三日前からミクとすら会話していない。人付き合いは面倒くさいと思っているが、誰とも会話できないとなると少し物寂しいものだ。心の中の独り言も多くなってしまう。


 みんなが一日目に受けた選択科目を後日解くことになるわけだから、エリエノールは試験開始日から同学年の生徒との会話を禁止されているのだ。

 破ったからといってどうということはないのだが、律儀に守っている。


(うわーん。誰かと話したいー)


 言われたことに従っているのはエリエノール自身だが、こんなに暇だと少し不満を垂れたくもなる。約五日間会話してはいけないなんて酷い。


 エリエノールは元引きこもりで人付き合いが活発でない人間だったから耐えられたが、人が周りにいても絶対に話してはならないなんて普通の人だったらもっと辛いだろう。


(引きこもってたときは何日もひとりでも大丈夫だったのに、最近はひとりだとなんか寂しい……かも)


 誰かと話せる環境に慣れてしまうと、話せなくなったときに辛い。慣れって怖いなと思った。


(暇ぁ、つまんないー)

 

 つまらないので問題用紙にぐるぐると落書きを始めた。先生は机にべったりと顔をつけ、完全にお休みである。解き終わったらそれで試験終了でも良いのになと思うのに、融通がきかない。


(りんごが、ななつ……やっつ……ここのつ……)


 いつしか何故か林檎の絵を描き始めると、問題用紙には林檎が量産されていった。空白がたくさんの林檎の絵で埋められていく。陰影をつけたりして、写実的に描いていく。


(殿下は落書き魔だったなぁ)


 落書きをしていると、以前のサイードが授業中に教科書やノートに落書きしてきたことを思い出した。結局彼が書いた文字は読めても、描いた絵は何だか分からずじまいだったが。


 あれから二週間くらいしか経っていないが、妙に懐かしい。謎の絵は今もエリエノールの魔法史やリュウールシエル王国史の教科書に残っている。


 今回のリュウールシエル王国史の試験で出てきた〝平和に導くお姫様〟――魔力がこの地に(もたら)されてすぐ後に起こった大戦争で鎧を纏って騎士たちを導き、終戦とリュウールシエル王国の勝利に貢献した王女――の肖像画が載っていた頁にも、サイードは謎の落書きをしていたはずだ。あれはいったい何の絵だったのだろう――……



 そうこうしていると、リュウールシエル王国史の試験が終わった。先生は(チャイム)が鳴るまではずっと寝ていて、鳴ると秒速でハッと起き上がって解答用紙を回収していった。


(殿下は鳴っても起きないから、先生の方が寝起きが良いってことね)




 エリエノールはその後の科目も余裕を持って試験を解き終え、終わったら暇を持て余していた。


 早く終われと願いながら暇で暇で仕方ない試験をやっとの思いで終え、悪夢の中間考査から開放されたのは金曜日の夕方のことだ。

 


「エリエノールっ!! 久しぶり! 試験お疲れ様ー」

「ミクさん! お久しぶりです!」


 寮に戻ると、廊下で待ち伏せしていたらしいミクに抱きしめられた。試験からの開放感のせいか、べたべたされても悪い気はしない。


「頑張ったねー、偉い! そうだ、大談話室行こ?」


 エリエノールの頭を撫でながらあんまりにもな提案をするミクに、思わず白い目を向けた。大談話室なんて楽しくない。


「え……嫌です」

「いいから、いいから。ジャンもエリエノールのこと探してたし」

「ジャン様が?」

「そう! 行こう?」

「はぁ……」


 ミクに腕を引っ張られ、エリエノールは大談話室まで引きずられていった。まだ力では全然勝てない。悔しい。



「人が多い……」

「当たり前でしょ」


 やはり大談話室には人がたくさんいた。今日は吐き気は覚えていないが、人の多さから逃げたい気持ちは健全なままだ。一ヶ月経ったくらいでは、引きこもり気質はそう大きくは変わらない。


(帰りたい)


「あ、エリエノール! 試験終わったんだな」


 そう声を掛けてこちらにやってきたのはジャンだった。さすがにジャンの前でもどんよりし続けているのはまずい。エリエノールは頬に手を寄せ、ぎゅっと目を瞑ってぱっと開いた。


(よし、切り替えよう)


 なんだかにこにこしているので、試験の手応えは悪くなかったのだと見て良いだろうか。ジャンが来たからか、ミクは何処かに去っていった。相変わらず何がしたいのかよく分からない子だ。


「こんばんは、ジャン様。はい、ようやく無事に終わりました」

「お疲れ様。そうだ、これ。エリエノールにあげる。さっき買ってきたんだ。勉強見てくれたお礼」


 そう言うとジャンは、小さな可愛らしい紙袋を差し出してきた。


「えっ、わたくしに……ですか?」

「うん、エリエノールのために買ってきた。貰って?」

「あ……ありがとう、ございます」


 驚いた。まさか自分が男の人から贈り物を貰うことがあるなんて、今まで思ってもみなかった。


(なんかすごい、青春っぽい)


 まるで小説の世界に来てしまったみたいな気分だ。ミク曰く実際にここは異世界の小説の中の世界らしいが、もしそうだったら不穏なので余計なことは考えないようにしておく。


 エリエノールは不審者のように、おどおどしながら紙袋を受け取った。


「開けてみて」

「……はい」


 紙袋の中に入っていた小箱を取り出すと、白い箱には水色のリボンがかけられていた。箱にも細かな模様が入っていたりして、それすらもお洒落だ。


 リボンを解き、ドキドキしながらそっとその蓋を開けた。


「これは……バレッタですか?」

「そう。店先に飾ってあるの見て、エリエノールに似合いそうだなーって思って」


 それは、綺麗なバレッタだった。花びらが半透明なビーズで、真ん中が銀色のビーズで形造られた花が、三つ並んでいるデザインだ。きらきらとしていて可愛い。


 今まで髪飾りなんて贈られたことのないエリエノールは、思わずときめいた。


(嬉しい)


「ジャン様、ありがとうございます。とても……本当にとても、嬉しいです」


 感謝の念を伝えると、ジャンは少し驚いたような顔をした。頬が少し赤みを帯びているような気もする。暑いのだろうか。


「うん、喜んでもらえて良かった。……あと、エリエノールの笑顔も見れて良かった。やっぱ可愛いじゃん」

「またそんな、ご冗談を」


 そういえばジャンは、エリエノールに「可愛い」という言葉を使う少数派の人だった。言われて悪い気はしないが、そう言われるとなんか照れてしまう。


「いや、本当だよ。勉強会やってるときも楽しそうにしてたし今までも微笑みくらいはあったけど、ちゃんと笑顔って感じで笑ってるの見れたのは今日が初めてかも」


「そう……ですか?」


 そんなにも、エリエノールは笑っていなかったのだろうか。古代魔術の授業は毎回それなりに楽しんでいたが、それでも笑えていなかったのだろうか。


「エリエノールの笑顔見れたって、後でユーゴに自慢しとく」

「自慢できるようなことなんですか?」

「もちろん。エリエノールの笑顔は国宝級だよ」

「それはさすがに冗談ですね」

「ま、とにかく本当にエリエノールの笑顔が嬉しいんだ。ありがとう」

「どういたしまして……?」


 笑っただけで喜ばれてお礼を言われるなんてなんか変な感じだなと思いながら、エリエノールはまた笑った。



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