28. ドレスと闇属性 「人の心を惑わす女なんか愛せない」
翌朝、朝食の後に針子たちが部屋に入ってきた。
前回は制服の採寸だったが、此度はなんだろう。首を傾げていると、イヴェットが何なのかを教えてくれた。
「来月は王太子殿下の成人祭がありますから、その際お召しになるドレスを作るのです」
「ああ、そうでしたか」
(そういえば、そんなものもあったね)
六月八日は、サイードの十六歳の誕生日。その日は平日だが学校はお休みだ。
学校に通っている年代の王子の誕生日は通常は王城では直近の週末に祝われるそうだが、十六歳の誕生日だけは平日だろうと当日に盛大に祝われる。
この辺りの国々では、十六歳で成人となるからだ。
十六になれば、結婚できるしお酒も飲める。けれど高等学校に通う者たちは結婚は学園卒業後の十八にすることが慣例だ。在学中は学業優先ということらしい。
ちなみに、王子や王女については高等部一年生が終わった春に婚約者と神殿で〝婚約式〟を挙げるのが慣例だ。学生であるうちは正式な夫婦とはならないが将来は伴侶となるということを神の前で誓う式で、結婚式と同じくらいに大事な儀式。
サイードとレティシアも、今度の三月に婚約式を挙げるはずだ。
(婚約式の赤いドレス、絶対レティシア様お美しいだろうな……)
勝手にレティシアのドレス姿を想像し、勝手にぽわんとして胸をときめかせる。
(……あ、そういえばこっちもドレスか)
しばし妄想の中のレティシアのドレス姿を堪能した後、エリエノールは自分がやるべきことを思い出した。そうだ、サイードの成人祭に着ていくドレスを作るのだった。
「わたくしって、出席することになっているのですか?」
今日までは特にそんな話を聞いていなかったので、出席するとは思っていなかった。
「はい、もちろんです。ミク様も出席なさいますよ。国内外から多くのお客様がいらっしゃると」
「そうですか」
大国の王太子の成人祭となれば、たしかに盛大に祝われるものなのだろう。当たり前だ。
……絶対、人がたくさんいる。人混みを想像すると思わずため息をつきそうになった。
(正直行きたくない)
「では、測ってもよろしいでしょうか?」
「……はい、お願いします」
やや憂鬱になりながら、針子たちに巻き尺を当てられた。
成人祭は、エリエノールにとって初めての社交の場。それはそれは心的負荷がかかることとなるだろう。こういったことにも慣れないといけないのかもしれないが、やはり面倒くさい。行きたくない。
「少し背が伸びましたね。多少ですが肉付きも良くなったようで、喜ばしい限りです」
「そうなのですか」
自分ではあまり成長を実感していなかったが、数字がそう示しているのならきっとそうなのだろう。
リュウールシエル王国に来てから、エリエノールは毎日食事をとっている。学園ではたいてい朝夕に食堂で主食の薬草粥を食べて、間食にヘレナとネルから送られてきた虫たちを食べている。
毎日食事をとれる生活なんて、屋敷にいた頃には考えられなかったことだ。
食事のおかげで痩せぎすの醜さが少しでも軽減したというのなら、エリエノールも嬉しく思う。
「ドレスのお色や形はどうなさいますか?」
針子たちが、小さな布がたくさん貼られた布の見本帳とドレスのデザイン帳を差し出した。今までエリエノールは、こんなふうにドレスを仕立ててもらったことはない。
少し戸惑いながらもとりあえずデザイン帳の頁をめくっていった――が、頁数が多すぎてよく分からない。
(何が何やらさっぱりです……)
「あの……露出の少ないドレスが良いのです。長袖で、襟の詰まっている……そういうドレスは、何処を見れば良いですか?」
おずおずと口を開き、針子に尋ねる。針子たちとは顔を合わせるのが二回目なので、まだまだ緊張するのだ。
「そういったドレスなら――こちらの頁からになります」
「ありがとうございます」
針子の教えてくれたところからドレスのデザインを見る。描かれているドレスはどれも綺麗だ。しかし、どれもこれも低身長で痩せぎすの自分には似合う気がしない。
(助けて……)
自分では到底対処できない事態に、困ってイヴェットに視線を送った。
「あの、イヴェット。すみませんが、一緒に考えてくれませんか? ……初めてで、どうしていいのか分からなくて」
「それでは、お手伝いさせていただきます。エリエノール様は、どういったデザインがお好きですか? あるいは、こういうのはお嫌だとかはありますか?」
(好きなデザインとかは、よく分かんない……)
が、嫌なものははっきりしているから答えやすい。エリエノールは頷いて答えた。
「できるだけ、肌を出したくないです。あと、あまり派手な形や色は嫌で……できるだけ目立たない、地味なものが良いです」
「スカートも、あまり大きく広がるものはお嫌ですよね? パニエが多く重くなりますから」
「はい。控えめなスカートが良いです」
初めて参加する祝祭であんまり重いスカートで行ったら、足の筋肉が発達してないエリエノールはきっと転ぶだろう。この国に来た日の夜だって、サイードが支えてくれなければきっと転んでいた。だからできるだけ軽やかなものが良い。
「でしたら、こちらはいかがでしょう? シンプルなラインでスカートがあまり広がらない形です」
イヴェットが指差したデザインは、きちんとエリエノールの要望を満たしていた。これなら満足だ。
「では、その形にします」
「はい。次は生地ですね。あの形には柔らかい色味の生地が合うはずです。地味な色となると難しいですが……わたくしは、紫系の色をおすすめしたいです」
「紫ですか」
「はい。六月というと紫陽花の季節ですが、あの花のような淡い紫色がエリエノール様には似合うと思うのです。きっと可愛らしくなりますわ」
(別に可愛くしたいわけじゃないけど……)
いくら目立ちたくなくなって、参加する以上は見た目に配慮したドレスでなければならないのだろう。こんな体型ではどんなドレスも似合わないと思うのに。
イヴェットの微笑みを見て、思わずぽつりと呟いた。
「……イヴェットは、楽しそうですね」
その言葉に、イヴェットは笑みを深めて頷く。
「はい、楽しいですよ。わたくしも一応伯爵家の娘ですから、学生時代はパーティーにもよく参加したものです。最近では仕事ばかりで、着るのも普段着のドレスとローブばかりですが……やはり、可愛いドレスは好きです。もうわたくしもいい年なので可愛いドレスなんて着ていられませんけど、エリエノール様はまだ若く可愛らしいお方ですので存分にお洒落してくださいね。――なんて、つい長く語ってしまってすみません」
「いえ、イヴェットの話を聞くのは楽しいので。あの……今いくつでしたっけ?」
「今年で二十二です。二十歳過ぎても嫁の貰い手がいない行き遅れです」
イヴェットはそう言って、自嘲的な笑みを漏らした。その笑みは棘を含み、憂いと色香を纏いながらもどこか可愛らしい。
(イヴェットは、ピンク系のドレスが似合いそう)
彼女の濃い桃色の瞳を見ていると、そんなことを思ったりした。けれどイヴェットは美人で身長も胸もあるから、ピンク系でなくとも何でも着こなせるのかもしれない。
「行き遅れなんて……。イヴェットは美人さんですし、大人の色香もあって可愛いところもあって、こんなに優しくていい人なのに……」
「もう、褒めても何も出ませんよ? でもありがとうございます。わたくしも結婚はしたいのですが、何せ闇属性適性な上に結構強いですからね。一部の男性には敬遠されるわけです」
「どういうことですか?」
この世界の魔法には、火、水、地、風、闇、聖の六属性があり、人間にはそれぞれ適性というものがある。多くの人間は一属性適性で、適性のある属性の魔法は特にうまく使える。
例えば火属性適性なら火属性魔法が得意で、火を出す魔法の魔力消費が少なかったり、違う適性の人より強い勢いの火を出せたりする。
(イヴェットが闇属性適性なのは、見れば分かるけど……)
それが何故敬遠されるということになるのかは、分からなかった。
イヴェットは少し悲しそうに目を伏せ、その問いに答える。
「闇属性魔法の中には悪質な精神魔法もあります。代表的なところで言うと、錯乱魔法とか……。もちろん適性でなくても使えますが、闇属性適性だと人の心を自分の思い通りに動かす魔法が得意だということになりますよね。だから、人の心を惑わす女なんか愛せない――って人もいて。でも、良いところもありますよ。人は同じ属性適性の魔法や魔力を察知しやすいのですから、闇属性魔法から守ることは得意です。味方につければ便利ではあると思いますが……」
イヴェットは数秒黙った後、少しためらうように言葉を続けた。
「あと……大きいのは、魔王の存在です。エリエノール様はご存知ないかもしれませんが、わたくしの幼い頃は魔王が生きていてとても恐れられている時代でした。魔王は約十五年前に倒されましたが、その後に実は魔王には娘がいるとかという噂が立って……。魔王存命中に生まれた闇属性適性の女性を、魔王の娘かもしれないと思っている人もいるのです。馬鹿みたいな話ですよね。……そういうわけでわたくしには男が寄って来ず、仕事に熱中して今に至ります。また長話をしてしまいました。エリエノール様が聞き上手なのでつい。――ドレスの色でしたよね」
「……あっ、そう……ですね」
なかなか衝撃的な話だったので、しばらくぼーっとしてしまっていた。
(知らな、かった)
闇属性適性の女性の苦難なんて、今までの引きこもり生活では知る由もなかった。この世界にはエリエノールの知らないことがまだまだたくさんある。やはり、本から学べることが全てではないのだ。
もやもやしているエリエノールとは違ってイヴェットはもう気持ちを切り替えたのか、楽しそうに布の見本帳をめくっていた。
「うーん……これ……は違う。これか、これ……。ああ、ここらへんですね。どれが良いでしょうか? この辺りの色が控えめで可愛いです。おすすめです」
エリエノールはイヴェットが指差す見本帳へと目を向けた。いろいろな紫色の布がたくさん貼られている頁だ。その紫色を見ていると、もやもやは少し落ち着いてきた。
(あ、これ――)
小さな四角形を眺めていると、ふとそのうちの一つがよく目に止まった。そっと布に指を伸ばしてみる。
紫陽花みたいな薄い青紫色に、雨雲みたいな灰色を少し混ぜたような色。落ち着いた色味ながらも綺麗な色だと思った。
「ああ、綺麗な色ですよね。わたくしもその色好きです。それになさいますか?」
「はい、これが良いです」
「では、メインの布はこれで決まりですね。あとはスカートのチュールとこの部分のレースと――」
それからかれこれ一時間ほどかけて、サイードの成人祭で着るためのドレスのデザインが決まった。考え始めたときはおろおろしていたエリエノールだが、だんだん考えるのが楽しくなった。
(成人祭は絶対緊張するし少し嫌だけど、ドレスを着るのはちょっと楽しみかもしれない)
その後はミクと一緒に学園に戻り、休日らしく趣味の刺繍をしたり授業の課題をやったりして過ごした。良い休日だったと思う。




