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虫食い姫は隣国の王太子殿下から逃れたい。  作者: 幽八花あかね
隣国の王太子殿下から逃れたい。1章

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27. 実験は岩の上で寝ること 「魔力を封じている恐ろしい力の片鱗だけ」



 歴史・民俗研究室は、なんだか変な部屋だった。


 部屋の中は昼間だというのに妙に薄暗く、窓に真っ黒い幕が引かれているせいで日の光が室内に入らず、控えめに点けられた緑色の照明だけが部屋の中を照らしていた。


 壁にはよく分からない何処かの民族衣装がひん曲がったように掛けられ、床には謎の置物や(ほこら)のようなものが散らばっている。

 そういった歴史・民俗らしいものたち以外にも、何かの書類は床に置いてあるし、ところどころインクをぶちまけたような染みがあった。

 

(こんなこと言うのはなんだけど……)


 この部屋は、汚い。


 雑然とした部屋の中で中心だけはある程度片付いていて――中心に置いてあった物たちを周りにずらしただけと言った方が適当かもしれないが――そこには大きな岩の表面を平らに削ったようなものと、その周りにまだ火の点いていない松明のようなものが置かれていた。


「ちょっと散らかってますが、どうぞ中へ」

「あ、はい」


(これでちょっとなのね)


 散らばっている物を踏んでしまわないように気をつけて、部屋の中へと足を運んだ。人型の置物なんて、ついうっかり踏んでしまったら罰が当たりそうだ。


「今日の実験は簡単です。エリエノール様にそこの岩の上で寝てもらって、周りに松明を焚きます。以上。何かご質問はありますか?」


「何時間寝るのですか?」


「睡眠魔法で眠ってもらって、自然と目が覚めたところで実験終了です。これは古代の東南部にいた民族が、力を回復させるのにやってた儀式です。岩の力と炎の力が神のご加護を何とかかんとか――って」


「はい、分かりました」


 つまり魔法がかけられたら普通に寝ればいいだけ。とても簡単だ。

 正直に言えば、こんなことで封印が解ける気はしない。おそらくドゥクレ室長もそう思っていることだろう。


 ただ少しでも解放の可能性があって、その上岩の上で寝るだけと実施することによる弊害がないから、とりあえず仕方なく実験しているのだと思う。


(研究職って、なんだか大変そう)


 そんなことをぼんやりと考えながら、エリエノールは言われた通りに岩の上に寝転がった。


「やっぱあれですかね。侯爵家のお嬢様が岩の上に寝るなんてきついですか?」

「屋敷にいた頃を思い出します」

「床で寝てたんですか?」

「ええ、まあ」


 岩に背をつけて横になっていると、ランシアン侯爵邸の地下室のことを思い出した。地下室の床と平らに削られた岩とは、寝心地の悪さについてはいい勝負である。起きたときに、きっと体が何処か痛いやつだ。


「魔法かけて良いですか?」

「はい、大丈夫です」

「じゃ、宮廷魔導士様に頼みます」

「ご自分ではかけないのですね。まあ良いですが。〈此の者に、安らかな眠りを与え給え〉」


 ドゥクレ室長は自分では魔法をかけず、頼まれたイヴェットが魔法をかけてくれた。


 途端に眠くなってきて、目を瞑るとすぐに意識は途切れた。長く深い、穏やかな眠りについたような心地だった。



 


「……ん」

「あら、お目覚めですね。エリエノール様。――ドゥクレ室長、エリエノール様が起きましたよ」


 目が覚めて、ぱちぱちと瞬きをした。


 今はどのくらいの時間帯なのだろうと起き上がって外の景色を見ようとした――が、そういえばこの部屋は窓に幕がかかっていたので外の景色を見ることはできなかった。


(やっぱり変な部屋)


 なんだか妙に暑いなと思ったら、岩の周りにある松明が何故か青緑色でめらめらと燃えていた。


(綺麗だけど、何故に青緑)


「おはようございます、エリエノール様。と言っても、今は夕方ですがね。気分はどうです? 力みなぎってる感じあります?」

「……普通です」


 よく眠れた感じはあるが、全くもって普通であった。特に力を感じたりはしない。予想通り、失敗だろう。


「そうですか。まあこれ以上ここではできることないんで、この後は魔力のところですよね?」

「そうです。エリエノール様、行きましょう」

「はい」


 エリエノールは岩の上から下りた。やはり肩が痛くなっている。肩に手を当てて軽く動かしてみると、骨がぱきぱきと鳴る音がした。


「では、さようなら。エリエノール様と宮廷魔導士様。また来月かなぁ」

「本日はありがとうございました、ドゥクレ様。では、失礼いたします」

「失礼いたします」


 エリエノールとイヴェットは、歴史・民俗研究室から出た。





 次に向かったのは、魔力研究室だ。ここでエリエノールの魔力がどうなったかを聞くことになっている。


「失礼いたします。エリエノール様をお連れしました」

「ああ、こんばんは。どうぞお入りくださーい」


 魔力研究室のドアを開けて顔を出したのは、研究員のアリゼ・ドラジャン。赤褐色の髪の二十代の女性だ。


 アリゼに促されて、エリエノールとイヴェットは研究室に入った。ここの部屋はきちんと整頓されていて清潔で、灰色を貴重とした家具で揃えられている。


(こういう部屋は好き)


「こんばんは、エリエノール様」

「こんばんは、ゴダン様」


 部屋の奥の方の椅子に座っているのが、この研究室の室長であるモルガン・ゴダン。


 七十歳近くの男性で、白髪と皺のある、典型的な優しそうなお爺さんといった感じの人だ。かつては魔力科医として働いていたが、五十歳のときに研究者に転身したらしい。


「ふむ……ここから見ると全く魔力の気配がありませんね。診る必要もなさそうですが、一応お手に触れても?」

「はい、お願いします」


 エリエノールの手首に、ゴダン室長は触れた。


 魔力について調べる方法はいろいろあるのだが、これは手首を通っている血管の中に流れている血液から魔力を感じ取るという方法だ。

 魔力を詳細に正確に感じ取るというのには努力が必要なものであるが、元々の素質が及ぼす影響も大きい。


 ちなみに、サージュスルス王国では魔力科医がぱっと見で判断する検査しかなかった。

 この国に来た日にミクが神殿で言っていたことによれば、そのぱっと見検査でエリエノールはサージュスルス王国では魔力がないと診断されていたらしい。


 しかし何故かみんなはエリエノールに魔力のことを伝えようとはせず、ただ病気のせいで魔法が使えないとだけ教えてきたのだ。微妙な嘘をつかれた理由を、エリエノールはまだ分かっていない。


「――やはり、前と変わりません。感じるのは、魔力を封じている恐ろしい力の片鱗だけです。貴女様の魔力の気配は全く」

「そうですよね……」


(うん、そうだと思ってた)


 ゴダン室長の言葉を聞き、やはりと頷く。恐ろしい魔王のかけた封印魔法が、寝るだけで解けるなんてあり得ないだろう。


「まあ、気を落としなさんな。そのうち解けると信じましょう。わたしたちも、日々研究に邁進(まいしん)します」

「はい、ありがとうございます」


 気を落としているというほどではない。ただ、当たり前の事実を静かに受け止めているだけだ。


 エリエノールは、まだ魔法が使えないのだと。



 研究棟から出ると、エリエノールは王城内へと向かった。今日は王城に泊まり、明日の午前中に学園に戻ることになっている。


 道中遠巻きにサイードを見かけたが、あちらは気づいていないようだったので特に何ということもなかった。

 気づいたとしてもきっと、せいぜい会釈くらいしかしなかっただろう。エリエノールとサイードは赤の他人だ。


 部屋で夕食をとるとエリエノールはベッドに入ったが、実験で寝たせいかなかなか寝つけなかった。



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