23. 魔法の絨毯の上で繋ぐ手 「やはり馬鹿なのか」
昨日の舞踏会はあの後はサイードとミクが踊り、その後にも他の何人もの女子生徒とサイードは踊っていた。
ミクはサイードと踊り終わってからエリエノールの元に来て夕食を載せた皿を持ってきてくれたり、話し相手になってくれたりした。
その間、ミクにしては珍しくあの小説の話をしてくることは一度もなかった。
ミク以外には古代魔術で一緒のメンバーもエリエノールのところに来た。そうして彼らと話をしながらサイードを眺め、舞踏会は終わった。
終わった後はサイードが再びエリエノールを抱えて医務室まで運んだ。関わるのをやめて欲しいという話をしようとしたが、「もう夜だからまた今度」とか言われて話をする時間は与えてくれなかった。
そして翌朝、合宿三日目。
すなわち合宿最終日である今日は、午前中は自由時間及び任意の飛行魔法練習。昼食後から飛行魔法試験で、合格だと判断された者から順に飛行魔法で学園へと帰っていく。
現在エリエノールは昼食をとっていたところなのだが、またサイードが医務室を訪ねてきた。今日はそこまで機嫌が悪そうではない。今度は何用かと見上げると、サイードは言った。
「昼食が終わったら帰るぞ」
「……ええ、そうですね」
何を当たり前なことを彼は言っているのだろう。エリエノールがぼんやりとしていると、サイードはため息をついた。
「君は、自分がどうやって帰るか分かっているのか?」
「……飛行魔法試験で合格しなかった生徒は徒歩で山を下りると聞いております。そもそも試験を受けられないわたくしは、歩いて帰るものと思っておりますが」
「本気か? その足で山を下りるだと? やはり馬鹿なのか」
(今日も馬鹿って言われた……)
最近どうにも人から「馬鹿」と言われることが多い気がする。自分が優秀だとは思っていないが、こうも馬鹿にされる筋合いもないと思う。
(あんまり馬鹿馬鹿言われたら自信なくなっちゃうじゃん)
「では、どのように帰れば良いとおっしゃるのですか?」
「元から君は僕と一緒に帰る予定だろう」
「知りませんが」
「じゃあ、いま知ったから良いな。君は僕と共に絨毯に乗って帰る。僕は君のペアだから」
(ペアだからですかそうですか)
大きくため息をつきたくなった。何故こんなにもサイードと一緒にいなければならないんだ。
エリエノールがサイードに関わってしまう要因のひとつとして、確実にこの学園の制度が挙げられるだろう。ペアで一緒にいないといけないことがあまりにも多すぎる。
エリエノールが魔法を使えないから優秀なサイードがペアなのだとサイードは前に言っていたが、王太子である彼がこんなエリエノールなんかのせいで余計な手間が増えているのはおかしい。
というか、魔力が解放されていないのに学園に通わせるというのが間違っていたのではないかとも思う。
(やっぱり、わたくしは学園に相応しくないんだ)
エリエノールを学園に通わせるのは王と王太子のふたりが決定したことなので文句など言えないが、魔力が解放されてから学園に通わせてくれた方が誰にも余計な負担をかけずに済んだだろうに。
「……拒否権はありますか」
「ない。怪我人を山の中を徒歩で帰らせるなんて、僕が許すはずないだろう」
「……畏まりました」
神の血をひくお姫様としてリュウールシエル王国に来てからの周囲からの期待や心配、気遣い――嬉しく思うこともあるが、時に重い。
そして同時に向けられ始めた、嫉妬や敵意――こちらが望んだわけでもない状況にそんな感情を向けられても、どうしたら良いか分からない。
(周囲に流されて慎ましく生きるというのも、難しいものなのね)
なんだか頭が痛い気がする。
エリエノールは昼食と支度を終えるとサイードと共に医務室から広場へと出た。その際サイードにまた抱えられそうになったが、どうにか断って松葉杖をついて自力で来ている。
もう何人かは試験に合格して学園へと帰っていったようで、次々に試験を受けて飛び立っていっていた。
サイードが広場に敷かれた絨毯の前で足を止め、エリエノールもそのそばで止まる。幾何学模様の華やかな絨毯はところどころに金糸や銀糸も使われていて、見るからに高そうな品物だ。
「……これは何ですか」
「見ての通り〝魔法の絨毯〟だが。ちなみに僕の私物だ」
たしかに先程サイードは「絨毯に乗って帰る」と言っていた。なるほどこれのことかと、エリエノールは魔法の絨毯を眺める。もちろん見るのは初めてだ。
魔法の絨毯は、飛行魔法道具のひとつである。歴史的に見ると箒の次に開発された飛行魔法道具で、かなりの高級品だ。
箒はピンからキリまであり安いものなら平民でも持っていたりするが、魔法の絨毯は貴族でも持っている者は珍しい。
単純に箒よりも面積が広いので乗せられる人数が多いが、その分魔力も多めに必要とする。
(これを個人的に所有してるなんて、さすが王子様)
サイードに言われるがまま、エリエノールは彼の手を借りて絨毯に座った。サイードは胡座をかいた上にエリエノールを乗せ、後ろから抱きしめようとする。
(いや、ちょっと待ってよ)
エリエノールは振り返ってサイードの腕を押さえた。
「あの、殿下」
「うん、何だ?」
「この体勢で飛行魔法試験を受けるのですか?」
「ああ、そうだ。安全を考えれば自然とこうなると思うが、何か不満か?」
(いや、そうなんですけど。そうなんですけどね)
これは、どうするべきなのだろう。エリエノールは頭を抱えた。
昨日カリンに言われたことを考えれば、サイードとかなり密着しているこの体勢はまずいような気がする。エリエノールに何があろうと別にどうでもいいが、態度次第ではカリンはミクに何かしてきそうな様子だった。
エリエノールのせいで誰かに迷惑がかかってしまうのは避けたい。けれど、この状況ではいったいどうすればいいのだろうか。
箒や魔法の絨毯といった魔法道具は、特定の魔法を使うのを補助する道具に分類される。
このような魔法道具の製作に使われている魔法陣は自然エネルギーを用いる一回で使い切りのものではなく、外部から魔力を与えることで恒久的にその効果を持続させるものだ。
ここで言う特定の魔法は〝飛行魔法〟。魔法道具を使うことで、自分の体を直接飛行させるよりも少ない魔力消費で、安定した調節のしやすい飛行が可能になる。
つまり箒や魔法の絨毯を使って空を飛べるのは魔力があってこそのことで、滅多にないことだがもし飛行中に魔力が尽きたら真っ逆さまに落下する。
物は魔力が供給されている飛行魔法道具の上に乗っていればそのまま飛ばしておくことができるが、人間は違う。
人間は飛行魔法道具の上に乗っていても、自分の魔力を消費して飛行魔法を使うか、あるいは飛行魔法を使っている人に直接触れて魔法の影響を受けるかをしていないと飛ぶことができない。
(つまり殿下に触れていないと、わたくしは飛べない)
そういうわけで、魔力のないエリエノールがサイードに触れていないといけないのは確かで、より安全に飛行するためにはしっかりと体を抱えてもらっていた方が良いことも事実なのだ。
(でも、カリン様的にはどうだろう……? 駄目かな? 駄目そうだよね……)
安全に飛ぶためにはサイードに抱きしめられていた方が良いが、サイードと関わっているとカリンがミクに危害を加えてくる可能性がある。
致し方ない接触には目を瞑ってもらいたいところだが、カリンの言っていることは半分くらいはいちゃもんな気がするので、理解を得ることを期待するのは難しそうだ。板挟み状態になってしまい途方に暮れる。
(詰んだ。どうしよう)
やはり歩いて帰るべきかと考え始めると、サイードに声を掛けられた。
「何か思いつめたような顔だな。どうした?」
大して表情は変化していないと思っていたのに、よく分かったものだ。またこうやって突然優しくしてこられると戸惑う。
心配そうにこちらを覗き込んでくるサイードから顔を逸らしながら、エリエノールは言った。
(もうちょっと、くっつかない体勢になりたいかな)
「……その、殿下の先程おっしゃっていたことは尤もなのですが……できるだけ、離れていたい、です。申し訳ございません」
「うん、分かった。じゃあ少し体勢を変えよう。とりあえず少し前にずれてくれ」
「はい。ありがとうございます」
意外にもすんなりと聞いてくれたサイードは、エリエノールが彼の脚の上から退くと右隣に座ってきた。そしてエリエノールの手を取り、指を絡めてしっかりと握る。
「分かっていると思うが、この手は離すなよ。絨毯だから僕から離れてもすぐに落ちたりはしないだろうが、危ないから」
「はい」
「では行くぞ。不安になったらいつでも僕に掴まれ。〈魔法の絨毯よ、浮かび飛び立て〉」
サイードが唱えると魔法の絨毯はゆっくりと浮き上がった。ゆっくりと、飛行魔法試験のスタートラインまで移動していく。
人が揃うと、先生が声をかけた。
「揃いましたね。では、試験内容について確認します。事前に告知している通り、笛の合図と共にここを出発。館の屋根の周りをぐるりと回って、競技場の方へ。競技場ではいったん下降し、中心に置いてある籠から林檎を取って、その後上昇。館の屋根の上を通って広場の向こう側のゴールラインまで向かいます。ここまでを十分以内に無事に終えたら合格です。不合格者は今日の十八時までは再試可能。それでも不合格だった場合は徒歩で学園まで帰ってください。不合格者は、夏期休暇中にもう一度試験を受けてもらいますからそのつもりで。……分かりましたね?」
「はい」
「質問がなければ、先に進みます。――ないようですので、十秒後に試験を開始します」
エリエノールは、心の中で十秒数えた。
笛の音が聞こえると、絨毯が上昇を始めた。絨毯は意外にもゆっくりと進み、館の屋根の周りを回り始める。試験だからだと思うが、一昨日の不安定な飛行とは大違いだ。
「姫。……大丈夫か?」
「何がですか?」
「なんか今日は元気がなくないか? まあ、いつもあまり健康そうではないが」
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
サイードがまたエリエノールの様子を心配してくれている。今日は遭難したわけでもないのにこんなふうにサイードに心配されるなんて、なんだか妙な気分だった。彼らしくない。
「これから下降するぞ」
「はい」
こうしていちいち次の動作を教えてくれるのも変だ。サイードがエリエノールに優しいなんておかしい。頭が何故かふわふわしていた。
(殿下の手、あったかいな……)




