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虫食い姫は隣国の王太子殿下から逃れたい。  作者: 幽八花あかね
隣国の王太子殿下から逃れたい。1章

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22. 接触嫉妬疎外感脅迫 「もう虫が付かないように」



「すまない。でも、ひとりは寂しいから仕方ないだろう?」


「殿下は最初のダンスはおひとりだったとしても、後から大勢の女子生徒が誘いに来るでしょう。山登りのときにも誘われていたではありませんか。あと、さりげなく手を繋ぐのはおやめください」


 エリエノールはサイードの手を振り解いた。今日のサイードは何故か、いつにも増して接触が激しい。女子生徒の視線が恐ろしいのに気づいていないのだろうか。


「君は、今日はいつにも増して冷たいな」

「殿下こそ、いつにも増して気――いえ、何でもありません」


「いつにも増して気持ち悪い」と言いそうになったが、さすがにまずいだろうと思ってエリエノールは踏みとどまった。


(踏みとどまれたわたくし、偉い)


「何だ? 何と言おうとしたんだ?」

「別に何も。もうすぐ最初の曲が終わりますから、どうぞ他のご令嬢方とダンスをしてきてください。さようなら」


 最初のダンスが終われば、サイード目当ての女子生徒がたくさん現れるはずだ。いつまでもエリエノールと一緒にいるのは良くない。

 すでに殺気のこもった視線をしばしば感じているのだから、あんまり度が過ぎると本当にやられてしまう。


(嫉妬されて私刑(リンチ)に遭うとか嫌なので)


「本当に冷たいな。まあ、君の言う通り僕は人気者だから僕と踊りたい女の子はいっぱいいる。だがその間君はどうするんだ?」


「何処ぞの誰かさんのせいで自力では何処にも行けないので、大人しく座って待っていますわ。もしもご親切な方が現れてわたくしを運んでくださると言うなら、まあ話は別ですけれど」


 サイードのせいで松葉杖がない上に裸足なので、エリエノールは誰かの力を借りないと少しも移動することができない。嫌味混じりで言うと、サイードは不機嫌そうな顔になった。


「駄目だ。ちゃんとここにいろ。親切な誰かさんが来ても断れ」

「わたくしが誰かに連れていかれるのがお嫌なのですか?」

「ああ、そうだ。君が僕を見てくれないと嫌だ」


(駄々っ子か!)


 なんて我儘(わがまま)で自己顕示欲が強い人なんだろう。優秀で顔も良くて地位もあれば、誰からも注目されることを当たり前に思ってしまうのだろうか。

 いくら他の部分が良かろうと、エリエノールはサイードの性格については苦手だ。


「そんなに見て欲しいのでしたら、分かりました。今回はずっと見ています。武闘会のときは、始めの方に殿下がアベル様に打たれているところしか見ていませんでしたけど」


「なっ……! やはり見ていなかったのだな! ジャンといちゃついていたものな」


「身に覚えがございません」


 エリエノールはジャンといちゃついていた覚えはない。サイードと違ってジャンは適度な距離感でエリエノールと話してくれたし、頭から蝶を取るときだっておそらく髪にすらほとんど触れていない。


 彼の目は節穴なのだろうか。というか、試合をしながらエリエノールの方を見ていたと言うのか、この人は。


(そんなにわたくしのことを見て楽しいの?)


「君は、ジャンと話しているときの方が楽しそうだった」

「そうですか?」

「ああ。もう曲が終わるところだから少し離れるが、変なやつに絡まれないように気をつけるのだぞ。何かあったら誰かに助けを求めるんだ」


 変なやつに絡まれないようになんて、いつもエリエノールに絡んでくるサイードには言われたくない。それに気をつけろと言ったって、何をどう気をつければいいのか。


(まあ、一応聞き入れておくか)


「はい、分かりました。ではいってらっしゃいませ」

「うん、行ってくる」


 サイードは椅子から立ち上がってエリエノールから一旦離れたが、何故か数歩歩いた後また戻ってきた。どうしたのだろう。


「殿下、どうなさいました?」

「ちょっとな」


 サイードが椅子に座っているエリエノールを見下ろす。彼は背が高いので、この位置(アングル)からだと威圧感があるなと改めて思った。彼が屈むと右の側頭部に何かが触れ、温かい吐息を感じる。


「もう虫が付かないように」


(虫……?)


 サイードは耳元でそう囁き、姿勢を戻すと悪戯(いたずら)っぽくにやりと笑った。彼がみんなが踊っていた方に行くと、にわかに女子生徒たちに囲まれる。


「……はぁ……?」


 エリエノールは意味不明な彼の行動に首を傾げた。サイードは何がしたかったのだろう。


「虫が付かないように」というのは昼間の蝶のことを言っているのだろうか。エリエノールとしては、蝶に止まられても全然気にしないのだが。


(むしろ、可愛い蝶々なら来て欲しいくらい)


 言われた通りサイードの方を見ていると、女子生徒の幾人かが先程よりも強い殺気のこもった瞳でエリエノールを見てきた。


(なんか、寒気がする)


 背筋がぞっとしたのは、裸足のせいで足が冷えて寒くなってしまっただけだろうか。





 もうすぐ次の曲が始まるという頃になってもまだサイードは女子生徒に囲まれていた。正直、ただ人だかりを見ていてもあまり面白くない。


(さあ、いったいいつ決まるのでしょう)


 その様子をしばし眺めていると、周りの女子生徒たちがひとりを除いてサイードから離れた。残った女子生徒はレティシアだ。


(レティシア様は殿下の婚約者だから、一番なのは当然ね)


 今宵のレティシアは真っ直ぐの長い純白の髪をハーフアップにして、後ろの方をバレッタで留めていた。

 バレッタは落ち着いた色合いの花がたくさん集まったようなデザインで大人っぽく、かつ可愛らしい。


(はぁ……綺麗……)


 エリエノールは今になってようやく、みんなが制服を着ながらもお洒落(しゃれ)をしているということに気づいた。

 髪型や髪飾り、ベストの下に着ているブラウス、靴などを工夫していつもより美しく、あるいは可愛らしく見せているのだ。


(それ比べてこっちは……)


 服は部屋着の上にサイードのローブを着ているだけ、髪はいつも通り梳かしただけで、もしかしたら昼寝の後に寝癖がついているかもしれない――エリエノールは、やはり浮いている気がする。

 そもそも踊れないのにここにいる時点で、疎外感をひしひしと感じているのだが。



 エリエノールがサイードとレティシアを見ていると、すぐに曲が始まった。ふたりは優雅に美しく踊っていて、どの場面を取っても一枚の素晴らしい絵画になりそうだ。


 婚約者であるふたりはきっと、一緒に踊るのにも慣れているのだろう。息が合っていて、ふたりとも楽しそうに見える。


 レティシアは、やっぱり美しかった。制服姿で踊っていても美しいのだから、正装用のドレスで踊ればもっと神々しく美しいに違いない。

 サイードはレティシアと一緒にいる今は全く不機嫌そうな素振りは見せず、穏やかに笑っている。


(本当に、お似合い)


 仲睦まじい王太子と公爵令嬢。誰が見てもお似合いの婚約者。


 先程サイードの周りにいたどの女子生徒も、レティシア以上に彼の隣に相応しくはなれないのだろう。エリエノールだって、きっとそう。


〝エリエノール〟と〝サイード様〟が結ばれるのは、あくまでも異世界の小説での話。

 現実のエリエノールは痩せぎすで傷だらけで醜くて、侯爵家の養女と言えど何処の誰から生まれたのかは分からない。あまりにも、エリエノールとサイードは釣り合わないのだ。


 エリエノールはサイードが苦手だ。嫌いではないが、好いてもいない。そしてサイードはエリエノールと一緒だと不機嫌なことばかりだから、きっとエリエノールのことが嫌いなのだ。


 あんなに絡んでくるのはただ単に、自分に(なび)かない女がいることが気に食わなくて構って欲しいだけのはずだ。本当に、面倒くさい人。




「こんばんは、エリエノール様」

「……こんばんは、カリン様」


 エリエノールのそばにやってきて、平然と隣に座ってきたのはカリンだった。エリエノールはサイードの方を気にしながら、カリンの方を見る。


「何かご用ですか?」

「ええ。エリエノール様が愚かにも理解してくださらないようなので、もう一度申し上げにきたのです」

「わたくしが、いったい何を理解していないと言うのでしょう」


 そう言うと、カリンはエリエノールの耳元に顔を寄せてきた。周りに聞こえないような声でひそひそと囁く。


「殿下を惑わすのはおやめください。レティシア様に迷惑がかかっているのです。貴女の軽率な行いが、殿下とレティシア様の評判に傷をつけています。何故分からないのです? 馬鹿なのですか?」


「……わたくしは殿下とレティシア様の仲を裂くつもりはありません」


「口ではそう言っても、実際はどうです? 殿下と一緒にいられて嬉しいなどと思ってはいませんか? 貴女の態度が改善されないようなら、普段貴女にしていることを今度はご友人にもしますわよ。そうね……まずはミク嬢かしら」


「普段貴女にしていること」が何のことなのかはさっぱり分からなかったが、この口ぶりは脅しであるからおそらく良くないことを企んでいるのだろう。

 エリエノールの態度が気に食わないからとミクにも危害を加えようとするなんて、下劣だ。


「ミクさんは関係ないでしょう。巻き込むのはやめてください」

「それはエリエノール様次第です。殿下から身を引いてください」


(何よ、その言い方)


 正直ムカついた。エリエノールだって、サイードと関わりたくて関わっているのではない。しかしこう言われるということは、今の拒否体制では不足だということだ。


「畏まりました。では、今後は必要以上にわたくしに関わらないように殿下にお願いいたします。わたくしも、自ら殿下に関わろうとはしません」

「……はい。今のお言葉、お忘れなく」


 カリンはエリエノールから顔を離してにこりと笑うと、人が集まっているところへと去っていった。


 もうすぐ今の曲が終わるところだ。あとどのくらい舞踏会は続くのだろう。エリエノールはため息をついて、笑顔で仲睦まじく踊るサイードとレティシアの姿を目に焼きつけた。


 サイードとレティシアは、やっぱりお似合いだった。



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