#七人の大罪
我が家の休日は騒がしい。
ついこの前まで、来るのは四天王とか呼ばれているバカトップ4が主だった。
最近では愚妹と八重咲に引きずられた音無の訪問も増えている。
姉御が来ることもあるし、もういいよ、P.Sライバーのたまり場ってのは否定しねぇよ。
しかし、何故急に全員集合?
なんか荷物多いし、もう不安しかない。
「おい、これは一体どういう状況だ?」
「兵長するなら声真似して下さいよ」
「しねぇよ」
「見て分かんない〜? 看病するんだよ〜」
「誰を」
「兄者を〜」
「なんでやねん」
何を言ってんだこの愚妹は。
思わずなんでやねんが出ちゃったよ。
しかもよりによって本家の前で言っちゃったよ。
やべぇよ、これ、いてこまされちゃうよ。
何されんのよそれ。
「いや、とっくに体力戻ってるんだが?」
倒れたのは先週だし、配信出ても問題ないくらいには回復している。
それを、なぜ看病?
「謝るついでに、ウチから説明するわ」
「おう」
「この前、あんた倒れたやん?」
「だな」
「んで、この子らが目ぇ輝かせて看病する言うとったんやが」
「命の危機だったな」
「それを止めたんがウチや」
「命の恩人じゃねぇか」
確かに、あの時は割と被害がなかった。
もはや昼飯を貰った以外は何もされていない気がする。
そうか、だから俺はまだ生きているのか。
「ただ、やる気満々なこのメンバーを止めるんは苦労してな」
「だろうな」
「ほんで、こういうことにした」
「ふむ」
「病人に看病したら迷惑やから、元気になってからやろう」
「何言ってんだこいつ」
「心の声ダダ漏れやで」
おっと、つい本音が。
姉御には悪いが、不可抗力ってことにしよう。
まぁセリフには矛盾しかないが、言ってることは合っている。
こいつらの看病だろ?
それは体力満タンからでも確定する即死コンボと同義だ。
病人なら二分と持たんぞ。
「つーわけで、今日一日! 家の事はオレ達に任せとけ!」
「夜斗よ。そんなに寝言が言いてぇんなら永眠させてやるぞ」
「キレすぎだろ!」
「お前らに任せる仕事はねぇ」
「まぁまぁ兄者先輩、ここは一つ、ツバキの顔を立てて貰えないッスかね」
「甘鳥……どうやんのそれ? アッパー? ガゼルパンチ?」
「縦にかち上げないで欲しいッスね!」
「兄者さん、今回ばかりはいつものわたし達じゃないんです」
「八重咲がいつになく真面目な顔してるんだが」
こんなに真面目なのは昨日のサンドロ〇クごっこ以来だ。
あ、ロクなことにならねぇわこれ。
「先週、兄者さんが寝込んだ時に、わたし達も反省したんです。いつも兄者さんに頼りすぎだったと」
「寝込んだの、お前らに責任ないけどな」
「なので今日は、成長したわたし達を見てもらいたいんですよ!」
「一週間で見せつけるほど成長したの? お前ら竹?」
「兄者くん、ダメかな?」
「はい」
「ダメなんだ……」
「スミレ、こういうのは頼み方ってのがあるんだよ!」
「ついさっき殺されかけたヤツがなんか言うとんで」
「兄者。オレ達が信用ならねぇのは分かる」
「ならさっさと帰って欲しいんだが」
「けどな、オレ達にも意地ってもんがあるんだよ! 見ろ! 兄者に女子力ボロ負けなこの女性陣を!」
あ、夜斗が全員にボコられてる。
手間が省けて助かるなー。
袋叩きにあっている夜斗から目を逸らすと、唯一参加していない音無と目が合った。
一秒と経たずに目を逸らされた。
ドーナツだけじゃ足りないらしい。
これ、もはや初対面の時より距離開いてねぇか?
いつの間にか床で伸びている夜斗から離れ、姉御がふぅと息を吐いた。
「すまんが、兄者。今回は受け入れてくれへんか?」
「いや、しかしだな」
「一回は死んだ身やと思って、な?」
「命の恩人が命で払わそうとしてるんだが」
まぁ、しかし、そうだな。
体調管理を怠ったのは俺が悪いし、本来であれば先週の時点で、看病は既に拷問に変わっているんだぜ! となっていた。
迷惑をかけた責任は取ろう。
……来世はダチョウがいいな。
きっと、こんな不安もすぐに忘れられるんだろうな。
俺が部屋に籠ってから、三時間が経過した。
この時間の間、俺はヘッドホンを外していない。
現実逃避である。
家事を一日代わりにやってくれるらしい。
洗濯物は干すだけだとして、飯やら掃除やらはやると言われている。
いや、知らん。
俺は何も知らない。
なんか下ですげぇ物音がするけど、何もない。
わー、テ〇リスたのしー。
「兄者〜ご飯できたよ〜」
「悪い聞こえねぇわ」
「聞こえてるじゃね〜か〜」
聞きたくない。
なんで俺は休日の昼間に毒物を食べにゃならんのか。
ここは暗殺一族の家じゃねぇんだぞ。
いや待て。
昼飯ってことは、この家にいる全員が食うものってことだ。
音無の料理スキルは未知数だとして、残りメンバーの半数は自炊ができる。
流石に食べられないものは出てこないだろう。
自分を励ましながら部屋を出て、気が付いた。
何この床、めっちゃキレイ。研磨でもしたんか?
二階でこれなら家中やったって事だろう。
人手はあるにしても、真面目にやったってことか。
「なんだよ、やればできるんじゃねぇか」
「だからみんな言ってたでしょ〜今日は違うって〜」
「正直驚いてるよ。怖すぎて部屋から出れなかったし」
「ふっふ〜舐めすぎだよ兄者〜」
忘れていたが、やべぇ奴らはやる気を出すと出力が跳ね上がるんだった。
歌謡祭なんかは普通に尋常じゃなかったしな。
演奏や歌でプロに勝つことはない。
だが、ライブとしての完成度はアイドルやアーティストと並べても遜色のないものだった。
しかし、まさか、まともな方面にやる気を出すことができるとは。
「認めるよ。お前らよくやったな──」
リビングの扉を開けた。
そこには、ご馳走が並んでいた。
「え……え?」
「兄者〜? どしたの〜?」
「いや、おかしくね? 普通に美味そうな料理並んでるんだけど?」
「何がおかしいねん。普通に美味いもん作ったわ」
「お前ら、なんか悪いもんでも食ったのか……?」
「だから美味いもん作った言うとるやろがい!」
それがおかしいって言ってんだろ。
あんなちゃんと家中綺麗にしてんだぞ。
プラスを圧倒的マイナスに振り切るやらかしをするのがこいつらだろ。
なのに、やらかしがない?
全員そっくりさんのドッキリってオチでもなく?
天地が一回転して戻って来たのか?
「今回は、ちゃんとしたメンバーで作りましたからね」
「私もミスしないように、桃ちゃんに頼んだよ」
「スミレもちゃんとやる事はやったで」
「オレ達も掃除はめちゃくちゃ気合い入れたからな!」
「それはもうピッカピカッスよね?」
「頑張った〜! なっしーもね〜!」
「あ、うん……」
「お前ら……」
困惑、というか素直に感動している。
俺の知り合いはやべぇ奴しかいない。
そんな悲しい事実を否定した瞬間だった。
良かった。これで、類は友を呼ぶ的な意味で俺もやべぇ奴という論法を否定できる。
こんなに嬉しいことはない。
勧められるがままに、目の前の料理を頂いた。
マジで美味い。
姉御と八重咲、そしてスミレさんに感謝だな。
よくぞトラブルメーカーを超えたトラブルクリエイター共を調理場に入れないでくれた。
「お前らも食えよ。すげぇ美味い」
「せやろ?」
「わ〜い! 食べよ〜! いただきま〜す!」
全員がテーブルを囲い、食事と会話を楽しんでいる。
最近、こういうのが増えた気がする。
俺が愚妹の配信に乱入してから、俺の生活は大きく変わった。
配信に出ること、他人に認知されるようになったこと、知り合いが増えたこと、変化を挙げればキリがない。
だが何より、配信に映らないこの日常こそ、変化をより強く感じる。
大人数で飯を食い、話して、遊ぶ。
こんな生活を送るなど、少なくとも二年前の俺には想像もできなかった。
VTuberという、言ってしまえばフィクションのような存在が、俺のリアルに大きな影響を与えた。
まるで、俺にとって都合のいい世界になるかのように。
「ご馳走様でした。マジで美味かった」
「お粗末。よかったぁ今回はちゃんと美味しくできたよ」
「パイセンお疲れ〜! めちゃ美味かった〜!」
「片付けもわたし達がやりますから、兄者さんはくつろいでて下さい」
「そうだな。今日ばかりは信用してみることにするわ」
「任せろッス!」
「よし! 家事苦手組は運ぶだけだぜ!」
「ウィッス! 夜斗先輩!」
「お前ら潔いな」
運ぶだけ、といってもかなりの人数分だ。
わざわざ皿や食材を持ち込んでいたみたいだし、洗い物や後始末の量も相当だろう。
流石にキッチンが狭そうだ。
もはや手持ち無沙汰になっている俺は、姉御から唐突に呼ばれた。
「兄者、それとアンズ。先、これ準備しといてくれへん?」
「人生ゲームか」
「片付け終わったらやんねん。広げんの頼むわ」
「まぁ、もう家事もやることねぇだろうしな。音無、やろうか」
「う、うん……」
皿も大方運び終わっている。
テーブルを拭き、大量のカードやコマが入ったゲーム盤を開けた。
この手のボードゲームって準備に手間かかるよな。
先に広げておけってのはかなり合理的だ。
しかし、それ以上の目論見も感じられる。
姉御なりの気遣いかね。
「…………」
「……」
別働隊に選ばれた二人は、黙々と作業をする。
姉御的には、さっさと距離感をどうにかしろってことだろうな。
音無が大人数の中では喋れない件もある。
「……ねぇ、お兄さん……」
「ん? どうした?」
「一つ……聞いても、いい……?」
その声はいつもよりか細い。
だから俺も、できるだけ圧がかからないよう注意を払う。
「ああ」
「……なんで、あたしを……倒れるくらい、助けてくれたの?」
「倒れたのは会社が原因なんだが」
「それは……でも、あたしが頼まなかったら、お兄さんは倒れてないんじゃないの?」
「どうだろうな」
「お兄さん。お兄さんはなんで、あたしを助けようとしてくれたの?」
その声は、はっきりと芯の通った声色だった。
俺も音無も手を動かしながら、しかし視線は合わせない。
答えを迷う。
誤魔化すことはいくらでもできるだろう。
けれど、それをしてはいけないと直感している。
俺は、自分語りの覚悟を決めた。
「昔、ゲームがすげぇ上手いやつがいてな」
「え?」
「そいつは地元じゃ負け知らずで、ゲーム仲間をボコボコにしてた」
「うん」
「勝つ為に努力して、その分勝って、勝って勝って勝ちまくった結果。そいつの周りには誰もいなくなってた」
「ゲーム仲間の人、も?」
「そ。俺にはそいつが、すげぇ可哀想なやつに見えたよ」
「……お兄さんは、どうしたの?」
「何もしてねぇよ。何もできなかった」
「そう……」
「音無もそいつみたいになるんじゃないかと思ってな。それが嫌だった。もうあんなやつを見るのはゴメンだ」
無様で可哀想な、そんなやつみたいになって欲しくなかった。
音無は状況も才能の有無も全然違う。
しかし、やりたい事ができない、好きなことを楽しめないってのは思っている以上に苦しい。
あんな思いはしなくていいものだ。
「それは、倒れるくらい頑張る理由なの?」
「俺の中ではそうなんだろうけど、納得できないか?」
「ごめん。嘘じゃないって分かってるけど。そんな理由って、信じられなくて」
「まぁ音無からすりゃ、変なこだわりだろうな」
「あ、そうじゃなくて。その……あたしの歌のこと、凄いめんどくさいことだと思うから」
仮説だが、音無が知りたいのは、なぜ歌えるようになったのか、ではないだろうか。
音楽のスペシャリスト達ですら、今まで解決できなかった案件。
音無からすれば、幾度となく頼った人間に諦めるという選択をされ続けた悪癖だ。
それを、ドラムをかじった事がある程度のやつが緩和させた。
この不可思議な現象の理由こそ、音無の知りたいものなのではないか。
しかし残念なことに、俺はそれを知らない。
だから、俺自身の事だけでも素直に答えたい。
「頑張ったのは多分、俺がゲーマーだからなんだろうな」
「どういうこと?」
「難しいゲームほどクリアしたいし、やる気が出る。そういう性分なんだろうよ」
「クリアできるか分からないものでも、そうなの?」
「できるか分かんねぇからゲームになるんだよ。全てが分かってできるもんは、ただの作業だ」
「ゲーマーってそうなの?」
「俺はそう思う。後で夜斗にでも聞いてみるか」
前に夜斗から言われたが、俺は負けず嫌いらしい。
ゲームオーバーになった時、それはプレイヤーにとっての敗北だ。
それが嫌いで、次こそ勝つとコンテニューを押し、クリアするまで戦い続ける。
難易度が高いからこそクリアしたくなる。
無理も無茶も無謀も無視して、目の前の試練に挑みたくなる。
ゲーマーとはそういう人間に与えられる称号なのかもしれない。
音無はしばらく黙っていた。
そして、広げ終わったゲーム盤から手を離して、こちらを見る。
「お兄さん。ありがとう」
「満足のいく答えだったか?」
「そうじゃなくて、それもそうなんだけど、あの時のお礼、ちゃんと言えてなくて」
「そうだっけか」
「うん。ありがとうございました」
「完全解決とはいかなかったんだし、依頼は未達だと思ってるけどな」
「じゃあ、また助けてくれる?」
「無茶振りは勘弁だなー」
「あ……ふふっ」
音無は小さく笑った。
キッチンの音はとっくに止んでいる。
なんとなく察した。
今日のこの異常事態はきっとこの瞬間のためだったんだろう。
「話し終わったから入ってもいいぞー」
「……なんや、気付いとったんかい」
「お前らにしては静か過ぎるんだよ」
「杏先輩、ちゃんとお礼言えたッスか?」
「あ、うん……」
「よかった〜兄者怖かったでしょ〜」
「なんだその偏見しかない質問文」
「よし! やる事やったし、ゲームやろうぜ!」
音無が言いそびれた礼を言う、ただそれだけのため。
大人数でご苦労なことだ。
ただ、ここまで機嫌を取らなくてもよくないか。
俺ってそんなに怒りやすいと思われてんの?
誰だよ俺を憤怒の罪呼ばわりしたやつ。
噛みちぎるぞ。
愚妹がバカみたいに勝った人生ゲームを終えた。
特に何も感じないのは、パーティーゲーム特有の緩さによるものだろうか。
そろそろ夕食の準備を考える時間帯だ。
暇なメンバーもいるため、どうせならオフコラボでもするかという話が出始めた。
「さっき礼を言われて思い出したんだが、あの日の配信、中々に過酷な役を音無にさせた奴らがいたらしいな」
「「…………記憶違いじゃないですかねぇ」」
「愚妹、アドフィット準備」
「らじゃ〜」
「「いやぁぁぁ!!!」」
愚妹の部屋へ連行し、いそいそと愚妹がセッティングしていく様を、八重咲と甘鳥は死んだ目で見ている。
「そういや、音無とやたら距離が開いたのは結局なんだったんだろうな」
「そりゃ気まずいですって」
「そうか?」
「杏ちゃんからしたら、自分の悩みを身を呈して解決してくれた人ですよ」
「普通に惚れるッスね」
「ほんとギャルゲーの主人公かって感じですよ」
「お前ら死んだ目で何言ってんの」
補正と主観が入り過ぎててなんの参考にもならん。
まぁ改まって礼を言うのは誰でも照れくさいしな。
コミュ障なら尚更だろう。
「準備できたよ〜」
「そうか。で、愚妹よ。お前どこ行くの?」
「みんなのとこだけど〜」
「オフコラボ、やるんだろ?」
「……え? ……え?」
【アドフィット】クリアできるまでオフコラボ続行【春風桜、八重咲紅葉、甘鳥椿】【耐久】




