#こちら葛飾区亀有公園前配信所
お待たせ。
難産。
日本の食に対する熱意は狂っている。
そのせいもあって、冷凍食品などの技術は世界でもトップクラスだと思う。
もはや料理スキルにポイントを振らないでも生きて行ける。
それなんてSA○?
春風桜に広告を託したファミリーレストラン『ゴスト』。
そのファンタジーな頭のレストラン企業から、事務所経由でレトルト食品が送られて来た。
案件失敗による在庫処分、ではなく味を知ってもらっての宣伝効果増大が目的らしい。
そして、実際、くっそ美味い。
もうキッチン要らなくね?
電子レンジさえあれば生きていけるぞ。
毎日ゴストメニュー食べ放題だね!
そこまでいったら中毒だね!
これがホントの食中毒ってか。
おっと不謹慎だな。
これじゃスポンサー外されちゃう。
俺無関係だけども。
「兄者の前のハンバーグよりおいし〜」
「企画のために生贄になったやつと比べるなよ。ゴストさんに失礼だろ」
「お〜なんか素直に褒めてる〜」
「マジで店の味そのままだから、マジで美味い」
「わかるぅ〜種類も多いね〜」
「ハンバーグだけでもソースで味が三種類あるからな」
「しばらくこれで生きてけるわ〜」
「……なんでCMみてぇな会話してんだ?」
「さ〜?」
どっかにプロモーションを含みますって注意書き出てね?
いくら配信に染まった奴でもここまで案件動画みてぇな会話しねぇよ普通。
まぁ、本当に良いものを褒め続けたら宣伝みたいになるか。
なんか家族分送られて来てる関係で量もすげぇんだよな。
実質二人暮らしだから、マジで倍の量を貰ってる。
一週間はレンチンだけで飯が食えるな。
現代技術万歳。
「さて、練習やっか」
「あ〜もうすぐだっけ〜?集まるの〜」
「なんでお前は気楽なんだか」
時計はもうすぐ11時を指し始める。
まぁ、大丈夫だろう。
今週は飯当番をレトルトさんに代わってもらった分、負担も減ってるしな。
わざわざ音無に借りてリビングへと運び込んだ電子ドラムのセット。
その中心にあるドラムスローンに腰掛ける。
そして、曲を体で覚えるまでひたすらバチを振る。
久しぶりのガチ練習である。
「そんな……地下に、こんな空間があるなんて……!?」
「八重咲ー、そのくだりは前のバンド練習で散々やったぞー」
「つい」
「お前は本能だけで生きてんのか」
音無家の地下室。
そこは演奏用のスペースになっており、防音も完璧な簡易ライブハウスである。
いつかのP.S歌謡祭に向けた練習は、途中からはここで行っていた。
一曲を通すならこういう場の方が色々と都合がいい。
「しっかし、まさか兄者からバンドメンバーに集合がかかるとはな!」
「珍しいよね。兄者くんがこういう頼み事をするのって」
「無茶言ったのは悪かったよ」
「本当ですよ。一週間で曲を覚えろとか、どんな無茶振りですか」
「とか言ってるが、仕上げて来ただろ」
「「ふっ……まぁな?」」
「厨二で共鳴すんな」
「体のどこかにARMSが埋め込まれてるかもしれませんね?」
「力を欲してんじゃねぇ」
みんなも力が欲しいか?とか聞かれても答えちゃダメだよ。
絶対ヤバい組織に追われるんだから。
かつてP.S歌謡祭のために結成された、バンド名のないバンド。
そのイカれたメンバーを音無家へと集合させた。
理由は他でもない。
「んじゃ、メインボーカル交代のための練習、始めるぞー」
「交代するか〜!勝手に決めんな〜!」
「歌うことしかできないバカに居場所があると?」
「あるよ〜!」
「音無なら歌いながらギター弾くし、なんなら同時進行で足DJできるんだぞ」
「それはむり……」
「普通に〜一緒に歌えばいいじゃん〜」
「まぁ、そのための練習なんだがな。って感じで、大体分かったかー?」
「なんとなく、かな?」
「何でわざわざ漫才式の説明なんだ?」
「この兄妹の公用語みたいなものだから、ですかね」
「漫才が公用語って何?俺ら関西人?」
「関西の公用語は日本語や!」
今回、姉御と愚妹は見届け人、もとい聞き届け人だ。
音無の歌を録音しつつ、アレンジ症の状況把握をしてもらう。
一方の演奏組だが、音無の依頼については話していない。
余計な気を回すと目的達成が難しくなりそうだからな。
「なぁ、兄者。この曲、確かアンズが作ったんだよな?」
「ああ」
「歌詞も、アンズ作なのか?」
「いや、親父の知り合いに頼んだ」
「どんな人脈してんだ……」
「大学の同級生なんだと。変人で、気に入った曲には一晩で歌詞付けて返してくるとか」
「それなんてジェバンニ!」
「紅葉ちゃん〜確か日本人だったよ〜?」
「兄者くんって、友だちが多いんだね」
「いや、俺は面識すらないんだわ。使えそうなツテを辿った結果ってだけで」
親父は変人との繋がりがクソ強いからな。
類友ってやつだ。
無料で爆速作詞をやってくれる人はどう考えても変人だ。
まともなルートで見つかる相手じゃない。
親父もまともじゃない。
そういや頼んだ次の日に歌詞が届いたし、相当気に入ったんだろうな。
流石は音無と言ったところか。
その音無は、歌詞を見ながらボソボソと何かを呟いている。
練習をして来たとはいえ、全員まだまだ完璧には程遠いはずだ。
楽譜をチラ見しつつ演奏することになるだろう。
「んじゃ、行くぞー。ワン、ツー、さん──」
だからせめて、ドラムだけでも正確に進める。
合わせる指針さえあれば、どうにか形にはなる。
逆に狂うと一気にバラバラになってしまう。
メトロノームという装置が、指揮者という役目がなくならないのはそのためだ。
まぁ、それでもぶっ壊す相手が目の前にいるんだが。
案の定、音無のアレンジは止まらない。
「うわ〜すご〜!」
「せやな」
だが、それでいい。
それはもう、地下でチンチロするくらいそれでいい。
ここにいる誰も、音無のアレンジにマイナスな感情を持っていない。
それどころか、張り合うように弦を弾き始める奴まで出て来た。
八重咲はこうなる事まで織り込み済みだったのだろう。
最初から練習通りにならない通しが終わった。
「愚妹、姉御。どうだ?」
「すごかった〜!やっぱ〜なっしー歌うま〜!」
「CD出せるポテンシャルあるんちゃう?」
「でも、また……」
「アンズ、全然問題ねぇわ!てか、途中からは紅葉の方が遊んでただろ!?」
「仕方ないじゃないですか!あそこで転調されたらテンション上がっちゃいますって!」
「私もあそこのアレンジ好きだよ!ね、兄者くん?」
「ああ。今回はちゃんとアレンジだったしな」
「ちゃんとって、どういうことかな?」
「いや、どうでもいいことだわ。よし、次行こう」
前に姉御から聞いていた通り、自分で作った曲はアレンジの幅が狭い。
別曲と思えるほどの変化を今回はしていない。
とはいえ、ほぼ全箇所にアレンジが入っているあたりは流石のセンスか。
それも気持ちよくハマっている。
やっぱこの道で食っていけよ。
一時の休憩を挟み、その後は曲合わせを数えるのが面倒な回数繰り返した。
途中からは音無だけでなく、八重咲も夜斗も好き放題に楽器を弾いていた。
なんなら愚妹も混ざって歌い始め、それぞれが思い思いに音を奏でる。
即興曲にすらなっていない。
完成度なんて度外視の演奏。
それは、ただただ純粋に、音を楽しむだけの時間だった。
少なくとも、彼女らの背中からはそう感じられた。
「ちょう待ち」
心地よいだけの反復記号を終止させたのは、姉御の一声だった。
聞き手に徹していた彼女は、自分でも驚いているように言った。
「アンズ、ちゃんと歌えてへんか?」
「え……?」
「アンズが歌っとった音程、一個前と同じやったと思うねんけど」
「そう、でしたっけ?」
「すまん、桃。オレそういうの全然気にしてなかったわ」
「私も……ごめんね、桃ちゃん」
「それはええねんけど……どうや?アンズ」
「えっと……」
「兄者〜どうだった〜?」
いや、何故こっちを見る。
しかも全員。
知らねぇよ。
こちとら全集中でリズムキープしててそれどころじゃなかったっての。
「とりあえず、もう一回通してみるか」
「よし!全員グラス持ったな?それじゃ、祝!アンズのアレンジ病克服にっ!!!」
「「「「「「乾杯〜!!!!!!」」」」」」
「か、かんぱーい……」
「お前ら、なんでそんな元気なんだよ」
姉御と甘鳥はともかく、バンド組は数時間演奏した後だろうに。
元気過ぎて祝われる対象の方が引いちゃってるじゃん。
いや、単に陰キャが陽のオーラに圧倒されてるだけか。
てか、サラッと合流してるけど、甘鳥は今回呼んでねぇぞ俺。
音無家が広いとはいえ、まだ人数増やすのかよ。
「で、なんでいんだよ」
「アタシが呼んだんだよ〜なんかかわいそうだったし〜」
「そうそう!こういうことで仲間外れは無しッスよね〜!」
「いや、お前演奏しないし」
「バンド活動っていうのは、優秀なPがいてこそ成り立つんッスよ?」
「今のところ飲み会の使いっ走りしかしてねぇぞ甘鳥P」
「裏方の辛いところッスね!」
ああ言えばこう言う。
まぁ夕食を作る手間を省いてくれたことは感謝するが。
結果だけを言うなれば、音無は同じ音程を正しく歌えていた。
複数回繰り返しても問題はなかったため、遂に悪癖を克服した。
……わけではない。
現状、今回歌った曲のみ正しく歌えるということが分かった。
それだけでもかなりの進歩だが、音無の癖を完全に治すにはまだ時間がかかるようだ。
やれバンド名だの、やれ正規メンバーに誰を入れるだのと、取るにならない会話で時間が浪費されていく。
ふとスマホの通知に目をやると、姉御がベランダに来いとヤンキー顔負けの脅迫メッセージが残されていた。
会話の邪魔にならないように立ち去り、少し肌寒い外へと足を踏み入れる。
「……煙草、吸うんだな」
「先輩の影響や。スマン、消そか」
「いや、気にしなくていい」
「そら、おおきに」
「始めて見たな」
「普段は吸わんからな。気分ええ時、たまに吸いたなんねん」
「そういうもんか」
こういう考えは古臭いのかもしれないが、大人の女性という印象を受けた。
年上なんだから当たり前のはずなんだよな。
普段がアレだから忘れるけども。
気分がいいのは、音無の件が上手くいったからだろう。
「今度はどんな魔法を使うたん?」
「……音無のアレンジってのは、もう編曲じゃなくて作曲なんだよ」
「ほんで?」
「音無は今まで、歌うのを避けてたんだろ?それはつまり、作曲を避けてたってことだ」
「今回んは作曲したから上手くいったゆうことか?」
「正しくは、作曲の練習になったから。音無は歌う練習はしても、作曲の練習をしたことはなかった」
「確かにな」
「そして、どんな天才でも、一発で納得のいく作品が作れるとは限らない」
「……アンズが、自分で作った曲でもアレンジしてまうんは──」
「作曲の途中だから」
「……なるほど、な」
「という設定を考えたんだが、どう思う?」
「今までの全部適当かい!」
うん、ごめんね。
半分本気ってところだろうな。
正直なところ、音無の天才すぎる感覚も悩みも分かったもんじゃない。
だから何故、上手くいったかも分からない。
こんなのは俺の妄想と仮説で固めた机上の空論だ。
「俺が今回やろうとしたのは、音無を満足させることだ」
「それは悩みの解決とちゃうんか?」
「先週言ったろ。皆で仲良く歌いましょう的なことを」
「自分でもうろ覚えなんかい」
「歌なんて気持ちよく歌えればそれでいいんだよ」
「他人事みたいに言うやんな」
「まぁ音無の気持ちが変わる前にってことで、急ピッチで進めた努力は評価してくれ」
「ほな、アンズが歌えるようになったんは、なんでやと思うとるん?」
さっきの仮説が正しかったとして。
俺はその事象を狙っていたわけではない。
歌うことを楽しませようとした結果、音無が歌える曲を作曲するための練習になった。
こんなの、どう考えても答えは一つだ。
「運が良かったな」
「……ほなら、サクラを呼んだんは正解やったな」
「ハッ、違ぇねぇわ」
「アンタら兄妹にはお礼でもせなな」
「……んじゃ、それ一本くれ」
「アンタも吸うん?」
「昔、試しに一回だけな」
「これでええ言うんなら、ほれ」
「どうも」
二本の指で支えながら咥え、受け取ったライターで火をつける。
少しづつ漂ってくる煙を口内で受け止め、ゆっくりと、細く、静かに吹き出す。
アメリカではなく日本で親父に習った吸い方だ。
「ウチよりも珍しいんちゃう?」
「気分がいい時に、吸いたくなるもんなんだろ」
「アンタもそうなん?」
「いや、二度と吸わねぇ」
「今ので既に二度目やろ」
いや、前のはチュートリアルってことでノーカンにしない?
まぁ言葉の綾を訴える必要もないレベルで今後吸うことはないと思いますけども。
それどんな尺度だ。
今でこそ減ったが、喫煙所ってのはコミュニケーションの場だった。
同じ趣味を共有している相手とは打ち解けやすいという心理的な作用が働くからかもしれない。
だから、らしくないことを言ってしまうこともある。
「アンズのこと、天才やと思うか?」
「思う」
「ウチも思う。やけど、なんか助けたなんねんな」
「気持ちは察するよ」
「……ホンマはな、嫌なことあった時にも吸いたなんねん」
「嫌なことあったのかよ」
「何もできんかった自分が、悔しいねんな」
「俺にそういうフォローを求めんなよ」
「ただの独り言いうことにしといたってや」
そんなことはない、とかそんな無責任なセリフを言う気にはなれなかった。
それを言う資格は俺にはない。
紅上桃のことを、そして音無杏のことを俺は全然知らない。
ネット上でも、リアルでも繋がりがある。
逆に言えば、それだけの関係でしかない。
踏み込むことは、躊躇われる。
だから、これから言うらしくない言葉は、煙草のせいにしてしまおう。
「確か、姉御がプリズムシフトを作ったんだっけか」
「ウチは初期メンバーいうだけで、作ったんはボスや」
「初期メンバーなら一緒に作ったようなもんだろ」
「かもな。それがどないしたん?」
「プリズムシフトができたから、音無も愚妹もVTuberになった。だから今回みたいな事が起きた」
「ウチのおかげやって言いたいん?」
「いや、そんな占い師適正が高いなら転職しろって言いたいわ」
「今日のことを狙っとるわけないやん」
「だろうな。だから、運が良かったな」
「……──やかましわ」
あと、書籍化しました。
現在発売中です。




