#ご注文は配信ですか?
けたたましいアラームで目が覚める。
午前6時から何度もなっているであろうスヌーズを止め、8時を過ぎた時計を確認する。
休みの日にしては早起きだ。
切り忘れていた平日設定の目覚ましを直してから背筋を伸ばす。
朝イチのあくびはそんなに気持ち良くない。
強制的に目を覚まさせられている気分になる。
二度寝したい衝動をかなぐり捨ててキッチンに向かう。
ケトルに水を入れ、今日は鍋にも準備する。
トースターに二枚の食パンをぶち込んだ後、洗面台へ向かった。
お湯の取手を回しても、蛇口から出る水はしばらく冷たい。
温まる前にコップへ注ぎ、そのまま流れている冷水で顔を洗う。
タオルで濡れた顔を拭った後、コップに入った水で口を濯いだ。
ようやくお湯になった流水を調整し、白湯としてひと飲み。
軽く身なりを整えたらキッチンに戻る。
「卵、あと3個か」
昨日わざわざプリンを作ったせいで無駄に消費してしまった。
デザート感覚でウニのジェネリックを頬張った愚妹は傑作だったが、サービスし過ぎだな。
少々少ないが、残りを全てフライパンに投入する。
沸騰した鍋でウインナーを茹でつつ、仕事を終えたトースターには残念ながら残業してもらう。
追加で二枚のパンをセットし、定時退社したトーストにはマーガリンを薄く塗る。
休憩がてらに、インスタントコーヒーをひと舐め。
プリンにならずに済んだ卵たちをスクランブルにし、塩胡椒とは別に粗挽きペッパーをふりかける。
味付けはかなり濃いめ。
これがいい。
茹で上がったウインナーをマーガリントーストと同じ皿に並べる。
空いた一角は作り置きのポテサラが埋めてくれた。
原型のない卵は浅めのお椀に流し込み、大きめのスプーンを添える。
人数分のフォークは既にテーブルに置いてある。
後付けの調味料を出す前に愚妹達が降りて来た。
眠気まなこで席に着いた泊まり組の対面に座り、手を合わせる。
テーブルの中央からスクランブルエッグをすくい、トーストにオン。
単独では強すぎる味がほど良く主張する。
卵もろともかじりつき、サクサクの感触を味わう。
そろそろこの誰得なモーニングルーティーンの話はやめるか。
うっかりほのぼの料理系日常マンガになるところだ。
あるいは急に日常が壊れてファンタジーになる。
いや既に日常が壊れて久しいが。
あっさりとした朝食を食べ始めてようやく会話が生まれる。
「うま〜。あ。兄者〜、あとでプリン作って〜。ちゃんとしたやつ」
「やるかばーか」
「うへ〜」
「つか、起きてくると思ってなかったぞ」
「ん〜?だってなっしーんちに遊びいくし〜」
「そうか。断る」
「まだなんも言ってないじゃん〜」
「歩いてけよ」
「送ってよ〜」
隣同士で顔を合わせず中身のない話を脳死で続ける。
そんなキャッチボールにもなっていない言葉に反応したのは向かいのスミレさんだった。
「やっぱり、仲良いね」
「こんなもんだ。兄妹なんて」
「そうなんだ」
「そういえば、前にコラボ誘ったって言ってたよな?」
「あ、うん。予定日はまだ先だけど」
「何用だ?ゲームか?」
「うん。ほら、もうすぐポケ○ンの新作が出るでしょう?私、前のシリーズとかもやった事ないから、教えてもらおうかなって」
「あー。いや、俺もだいぶ前に引退してそれきりだぞ」
「そうなの?」
「兄者やめたのって〜、小学校だっけ〜?」
「やんなくなったのは中学だな」
「かなり前だね」
「……他のゲームの方がハマってたのもあるな」
実際問題、誰かとやるから面白いところあるからな、あのゲーム。
交換ありきじゃねぇとコンプできないとか。
ソフト二枚買い必須はガキの財布事情には厳しすぎる。
チラリと目を向けると、音無がリスの如くパンにかじりついている。
けれど味付けは薄めのマーガリンだけのようだ。
「スクランブルエッグは苦手だったか?」
「へ……?あ、いや、全然……」
「保存とか楽だからこれだけ大皿形式なんだが、食べ辛いなら皿に移すぞ?」
「あ、いや、大丈夫……いただきます……」
なぜまたコミュ障モード?
気まずいことでもあったか?
キョロキョロと俺とスミレさんを見ながら、音無はスプーンに手を伸ばした。
たまたま視線が合ったスミレさんに無言で意見を聞くが、お互いに首を傾げるだけだった。
朝食もそこそこに、愚妹は音無と共に出発の準備をするべく自室へもどった。
「スミレさん。駅まで送るけど、出るのは昼前でいいか?」
「そんな、悪いよ」
「いやただのついでだ。卵、買いに行かにゃならん」
なんだかんだ愚妹らも送ることになったが、ついでだしどうでもいいか。
今日からまた忙しくなる。
休みが終わるのではなく、休みの日に用事が入ってくるのだ。
『兄者』さんが呼ばれてるわけだ。
【やき鳥】無茶ぶり選手権!?公開企画会議!【八重咲紅葉、甘鳥椿、兄者】
「おめぇ、今わたしの髪のことなんつったあ?八重咲紅葉です!」
「ツッコミ所が多すぎてスルーしたいんだが」
「ちゃんと、お前は第二部主人公の隠し子か?ってツッコんでくださいよ!」
「兄者先輩。この程度でダルいとか言ってたら今日は乗り切れないッスよ?あ。どうも〜、三期生の甘鳥椿ッス!」
「いつにも増してふざけんなよ貴様ら」
コメント:またとんでもなさそう
コメント:今日もしばかれるんだな
コメント:何気にやき鳥コラボに兄者出るの久しぶり
コメント:兄者出ることが前提w
コメント:今度は何をしたつばきち
ゴールデンウィークはもうすぐ後半戦。
俺の予定表には何人かのコラボ予約が入っている。
今回はそのトップバッター。
P.S最高位のオタクと、それに匹敵するオタクもといサイコパスが相手になる。
オタクはもうこの際いいよ。あれは不治の病だし。
甘鳥、君はもう少しどうかならないのか。
最近は実はいい子説とか出てきてるが、気遣いとか出来るのに最終的に自分の本能を優先するのがまさにサイコパス。
お前は奇妙な四部のラスボスか?
「んで、まぁとりあえず、色々聞きたいんだが」
「はいはい何ですか?」
「どうでもいい所から聞くが、やき鳥ってなんだ」
「どっからどう見てもコンビ名じゃないッスか」
「どっからどう見ても料理名だ」
「八重咲紅葉と甘鳥椿は、略したらやき鳥です」
「切り抜き方独特だなおい」
「リスナー命名なんでしょうがないッス」
「あそう、まぁいいが。んで?例に漏れず企画内容の説明ゼロなわけだが」
「今回はタイトル通りです。今この時この瞬間、この配信内で企画を決めるんですよ!」
「それが公開企画会議か、なるほどな」
「兄者先輩、ツバキ達はバカじゃないんッスよ。勝手にやるから怒られる。なら、勝手にやらなければいいんッスよ!」
「無茶ぶりする気満々なのどうなんだ。あと内容次第では普通に折檻だからな」
コメント:命知らず共
コメント:攻撃全振りコンビ
コメント:企画会議(決まるとは言ってない)
コメント:公開処刑のまちがいでは?
コメント:DV宣言w
コメント:家庭内じゃないからセーフ
コメント:ただのバイオレンスなの草
「そんなわけで、いっぱい集まってますよ企画案」
「という名の舎弟リクエストッスけど」
「採用されることないんじゃねぇのかそれ」
マシュマロ
『兄者の声真似ゲームソロ配信』
「却下だな」
「待って下さい兄者さん。まず冷静に考えましょう」
「端から至って冷静な判断だが」
「確かにずっと声真似しながらソロで配信は大変です」
「まぁそうだな」
「なら!ペナルティとして声真似をすることにすればどうですか!」
「いや声真似以前にソロ配信をまずする気がねぇんだが」
「でも前にやってたじゃないッスか。ほら、桜先輩が遅れた時」
「なんでそんなこと覚えてんだよ。あと、あれは一応場繋ぎだからな」
「じゃあ相方がいればいいんッスね?ならば不肖このツバキが」
「次」
「ちょっ!?」
『P.S四天王と兄者で愛してるよゲーム』
「これ企画じゃなくてただの罰ゲームだろ」
「兄者さんと罰ゲームかけてゲームしても大体負けるから企画倒れになるんですよね。ホント勘弁して欲しいですよ」
「お前らが用意してくるものがエグすぎるせいだろうに」
「しかも嫌すぎる企画には来ないんッスよ?ほんとそういうのやめて欲しいッスよね」
「なんで俺が悪いみたいになってんだよ」
コメント:兄者が悪者で草
コメント:デレる兄者は見たい
コメント:兄者は誰にも媚びない
コメント:退かぬ!媚びぬ!省みぬ!
コメント:そりゃ騙されて呼ばれる
コメント:中身教えなければ来てくれる兄者優しい
そうだよな。俺は優しいよな。
俺以外の人間が俺に対して優しくない。
もうVTuberは人間以外の分類で見た方がいいのかもしれない。
2D世界で生きてるバケモノ的なやつか。
本部のコンピュータをハックして攻撃して来そうだな。
「そろそろまともな企画案を出せよ。不採用前提で出すな」
「ちょっと見てみたいので言うと、ベストコンビ対決みたいなやつですかね」
「ユニットも多いし、ありッスね!」
「前に姉御と音無と似たようなことしたが」
「そうです!そのバトルロイヤル、もしくはリーグ戦ですね」
「バトルロイヤルならクイズとかになりそうだが、リーグ戦は面倒くさそうだな。勝ち数同点とかパッと見で分かりにくい部分もあるし」
「そうですね。よくあるミニゲームの得点制が一番やりやすそうです」
「規模はそんな多くない方がいいだろうな」
「兄者さんとコラボ経験ありって条件なら、4チーム作れますね」
「あー、音無姉妹にもご登場願うわけか」
「そうです!」
コメント:チームは兄者の取り合いかな
コメント:夜斗がぼっちになる
コメント:春風一家vs夜斗でいいんじゃない?
コメント:桃杏姉妹、やき鳥、春風一家、夜斗だな!
コメント:コンビ対決でトリオとソロがいるw
コメント:言っておくが夜斗はソロだ
コメント:どうやっても数の暴力www
「あの〜、ちょっといいッスか?」
「どうした」
「なんで真面目に話してるんッスか!」
「真面目に話せよ。企画会議だろ」
「いやいやいやいや!これは兄者先輩に無茶ぶりしてギリギリOKを貰う回ッスよ!?」
「何言質取ろうとしてんだこいつ怖いんだが」
「ちゃんとギリギリを攻めないといけないんッスよ!」
「ちゃんとするなら安全策を取れよ」
「兄者さん、それは聞き捨てならないです」
「何がだ」
「悟空だってちゃんと修行して界王拳を覚えてるんですよ!諸刃の剣はロマンです!」
「そういうこと言ってんじゃねぇよ」
コメント:逆ギレw
コメント:八重咲の沸点が分からんw
コメント:ほぼ流れ弾
コメント:未処理の地雷
コメント:初ターンから自爆してくる岩
コメント:唐突に絡んでくるオタクwww
「もうこの際ッス。兄者先輩のNGを聞いておきましょうよ!」
「とりあえず甘鳥椿は共演NGだな」
「それまだ続いてたんッスか!?」
「今日も普通に共演してますけど」
「俺基本騙されて呼ばれてるし」
「それだとわたしが騙したことになるのでやめてください!」
「あとやりたくないこと全般」
「広くないッスか!」
「声真似はどうなんですか?前にノリでやってくれることあったじゃないですか」
「その場のノリでやるのはまぁいいんだがな。それでスパチャが飛ぶのは嫌なんだよ」
「それは、なんでですか?」
「いや、普通に商売みたいだろ。モノマネ芸人とかがいる訳だし」
「あぁ、確かに……」
「逆に言えば、スパチャさえ飛ばなければいいんッスね?」
「まぁ、な。でも自称舎弟って息するようにそういうことするだろ」
「聞いたッスか!全国の舎弟諸君!これからは兄者先輩の声真似にスパチャを投げるのは禁止ッスよ!わかる、わかるッスよ。良いものに、推しに貢ぎたいその気持ちは超わかるッス!でも……!推しが望むなら!その気持ちに応えなきゃならないんッスよ!それが!舎弟としてあるべき姿なんッスよ!」
コメント:うおおおおおおお
コメント:誓います
コメント:神に誓う
コメント:兄者に誓う
コメント:真の魔王に誓う
コメント:感動した
コメント:早く拡散せねば
コメント:またVikiの情報増えそう
コメント:ジークジ〇ン!
なんか演説始まったんだが。
そしてコメント欄がバカほど加速していくんだが。
これ、もしや話さない方がよかったやつか?
変に金銭が動くよりマシとは思うが、どうなんだ。
実質的な声真似配信解禁みたいな流れになってそうで怖い。
「一応言っておくが、だから声真似配信を一枠やるとかはねぇからな」
「なんでですか。全舎弟が待ってるんですよ?」
「お前は舎弟じゃねぇだろ。あとさっきからそれを公式用語みたいに使うな」
「あ、自称舎弟ッスね」
「そうなんだが、それもダメな気がしてきたわ」
VTuberとは大概頭がおかしいが、それが好きな時点でリスナーやファンもだいぶやられてる方だ。
この後お試しということで某死神代行の自己紹介を真似たが、流れ続けていたスパチャが綺麗に止まった。
規律正しい軍隊じゃねぇんだからよ。
時間いっぱい企画について話し合ったが、まともなのはさっき出たコンビ対決くらいだろう。
『兄者の凸待ち遊び大戦!負けたら全力甘々セリフ』は一方的に返り討ちにするため凸待ち0人になるということで企画倒れ。
『兄者の接待ゲームドッキリ』は面白そうだが公開した時点で実現不可能。
『他事務所VTuberとコラボ』は先方にとって迷惑以外の何でもないので却下。
『春風家ユニット化』はするわけないので論外。
ろくな案がねぇ。
公開企画会議とは言っているが、ファンタジーの話をグダグダ垂れ流しているだけだ。
それもまぁ企画として成立してしまう辺り、VTuberってのは自由だな。
兄者の声真似スパチャ禁止宣言の切り抜きが早くも翌日には出回っていた。
だが、自称舎弟界隈ではもっと話題性のあるツイートに皆が食いついていた。
紅上桃
『春風兄妹描いてみたけど、こんな仲良い事ないやろな〜』
なんの脈絡もなく貼られたのは、ソファにならんでコントローラーを持つ愚妹と兄者のイラスト。
和気藹々というような雰囲気で、彩りも柔らかな印象を受ける。
というか上手い。
この人、何者?
P.Sメンバーのツイートに反応するときは愚妹のアカウントを借りてやっている。
ツッコミの一つでも入れようかと思ったのだが、コメント欄には他のメンバーもちゃっかり反応を残していた。
甘鳥椿
『言い値で買います』
八重咲紅葉
『実際はもっと殺伐とした対戦をしてるはず』
吹雪菫
『可愛い絵!やっぱり上手!』
春風桜
『兄者イケメンに描きすぎでしょ〜もっと顔怖いよ〜』
春風桜
『愚妹美化して描きすぎでしょ〜もっと体太いよ〜』
春風桜
『誰がデブだ!』
紅上桃
『人のコメ欄でケンカすんなや!』




