第84話 密会
フロウラは特に背後を気にした様子もなく校舎裏へと進んでいく。気づかれる心配がなくて好都合ともいえるがこれはあてが外れたのかもしれないな。
私はソドスからこういった追尾の訓練を受けたが、その中で相手の仕草からその警戒度を読み取って追尾する距離や場所を決めるということを徹底的に仕込まれた。もちろんそれに当てはまらない化け物もいるとはソドスが言っていたが、フロウラの仕草は私の感覚では全く警戒していないように見えたのだ。
とは言えどんなことが起こるかはわからないのでそのままこっそりと後をつけていくと、校舎裏の行き止まりの手前にぽつんと生えた木の元でフロウラが止まった。そしてその根元にゆっくりと腰を下ろす。
うーん、もしかしたら避難場所というやつだろうか。前にクリスが言っていたように学園生活で張りつめた糸を人の来ないここで緩めているのかもしれない。それにしては表情にどこか陰があるような気もするが。
わからん。クリスとの人生を6回送ったわけだがわざわざこいつをつけるようなことをクリスはしなかったしな。普段のこいつの生活についてはわからないところがまだまだある。
仕方ない。少し距離が離れてしまっているがここでしばらく監視するか。
監視を続けていたがフロウラはそこから動く様子はなかった。いや、時間が経つにつれて少しそわそわとし始めたように見えるがその理由はわからない。誰かと待ち合わせでも……
そんなことを考え始めた時だった。その木の上からいきなり黒ずくめのローブをすっぽりかぶった怪しい人物が降ってきたのは。フロウラが驚きの声を上げそうになり慌てて口をふさいでいる。
いつも笑顔を崩さなかったあいつにしては珍しい反応だ。しかしその仕草で理解した。フロウラの待ち人はこいつだったのだ。
2人は何かを話しているようだが当然のことながら私にまで聞こえるほどの声量ではない。こっそりと近づいて会話の内容を聞き取ることが出来れば一番良かったのだが、遮蔽物がないためそれも無理だ。
「仕方ないな」
覚悟を決めて腰のショートソードを引き抜く。普段の相棒の斧とは比べ物にならないし、剣としては児戯のような技量しかないが斧の柄の部分だと考えて扱えばそれなりに戦える。まあ剣としては使い物にならなくなるかもしれないが別に飾りのような物だしな。
それよりも今は学園に忍び込んだ不審者を捕らえることの方が重要だ。それとフロウラを道連れに出来れば尚良し!
隠れていた園舎の角から飛び出し、全速力で2人の元へと駆ける。チッ。不審者がこちらを向いた。察知されたか。一拍遅れてフロウラもこちらに気づき、驚情に目を見開いている。
地面を蹴る足にさらに力を籠め、さらに速度を上げようとしたその時だった。
「くそっ!」
私を覆うように現れた高さ5メートルに近い水の壁に無理やり進行方向を曲げて横っ飛びでかわす。手を地面につき態勢を整える私の横で水の壁が先ほどまで私がいた場所を押しつぶす音が聞こえた。そして視線をフロウラたちに戻したその時にはまるで先ほどまでそこに居たのが幻だったかのように不審者の姿はどこにもなかった。
あの魔法は私を倒すと言うよりも視線を隠して逃げるためと言う訳か。してやられた。
視線の先にいるのは事態についていけていないのかこちらを見て間抜け面をさらしたままのフロウラだけだ。
こいつに聞くしかなさそうだな。どうせ笑顔でかわされるのだろうが、私はクリスとは違う。聞く方法は言葉だけじゃない。
「聖女候補者、フロウラ。貴様に問おう。こんな人気のない場所で、怪しい他国の者と何を話していた? 答えないつもりであれば……」
ヒュンとショートソードを振り、その眼前へと突きつける。そしてこの胸の内から湧き上がるような殺気を開放する。この程度で効くはずがないがな。こいつは自身の体に重傷を負わされても夢のような持論を笑顔で語るような狂った女だ。こいつにしてみれば本当は殺す気のない殺気などそよ風のようなもののはずだ。
あの不審者を捕らえていれば、心置きなく本当の殺気をぶつけられたんだがな。
不審者が魔法を使った時、陣は描かれなかった。身動きをしている様子もなかったからおそらく詠唱などによる魔法だろう。陣魔法だけでなく詠唱魔法も習得している者がこのカラトリア王国にいないと言う訳ではないが、それならばこうしてこそこそと会う必要はない。なぜわざわざ学園内で? とは思うがな。
魔法を使った痕跡でも残っていればまた違ったのだろうが一度潰した後、水が拡散するように魔法が構築されていたようで芝生に水滴がついている程度しか証拠はない。これでは無理だ。
密談の現場を自身で目撃する。こんな好機が再び訪れるとは思えない。だからこそここで……何としても落とす!
「裏切り者として、ここで殺す。お前の体に十分に聞いた上でな」
ショートソードを鼻先に触れるまでに近づける。ほんの少し力を入れればその先端がフロウラの眉間を突き刺すだろう。触れるか触れないかのギリギリを保ちながらフロウラを睨みつける。そんな私に対してフロウラは……
何かが流れるような音と共につんとした匂いが私の鼻孔へと入って来る。その匂いを理解しているのに私の頭は状況の理解が出来なかった。続いてフロウラの瞳から涙が溢れる。何だ、何が起こっている。
失禁し、涙を流すフロウラに剣を突き付けたまま私はしばし動くことが出来なかった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「この話を読んで不謹慎な事を思いついた奴そこに並べ」
ΩΩΩΩΩ
プシュ、プシュ、プシュ、プシュ、プシュ
(╹ω╹) 「うわっ、なんですか。この惨状?」
(●人●) 「変態共の成れの果てだ」
(╹ω╹) 「あのー、意味がわからないんですが……」
(●人●) 「あれっくすはそのまま真っ直ぐに育てよ」




