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シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む  作者: ジルコ
第一章 シンデレラになった化け物は悪役令嬢と再会する
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閑話:クルーズ商会の麒麟児

「お前たちは商会のために生きるのだ。そのためには何より優秀でなければならない。無能な者は損しか生み出さないからな」


 僕たちはそう言われて育ってきた。

 僕たちの家が経営しているクルーズ商会はこのスカーレット領でも最大の商会だ。でもカラトリア王国全体として見るとそうでは無い。他の2侯爵の領地にも同じような商会があるし、何よりこの国最大の商会は王都に拠を置いている商会だ。地の利、そして脈々と受け継がれているであろう繋がりから考えてもそれを覆すのには奇跡のような出来事でも起きなければ無理だと僕でもわかる。


 周囲にいるのは僕の兄弟姉妹たちだ。とは言え家族と言う感覚は無い。一応父親は同じはずなので血の繋がりが無いと言う訳ではないんだけど、この家の子供として扱われるのは優秀な者だけなのだ。

 そう、認められるためには他の奴らを蹴落とす必要がある。実際そのために醜い争いが起こったりしていた。


 幸いにして僕は優秀だった。競い合うと言うことを他の皆が考えられないほどに。だからこそ僕には誰もちょっかいをかけては来なかった。父親からの覚えも良く、そしてこのままいけば次期商会長となるのは必然なのだから当たり前だ。将来、自分たちを使う側の人間になる者に悪印象を植え付ける馬鹿は流石にいなかった。


 本当にくだらない。


 負け犬根性が染みついた兄弟姉妹たちも、無謀な野望を持っているクルーズ商会も何もかもがくだらない。でも僕はきっとそんな思いを抱いたままこのクルーズ商会の為に一生を過ごすことになるんだろう。今までの歴代の商会長がそうしてきたように。


 ははっ。なんだ、僕がもっともくだらないじゃないか。


 コーラルの街に疫病が蔓延しはじめ、父親から街を脱出する計画を聞かされた時、僕はそれをチャンスだと思った。

 この疫病騒ぎは大きなきっかけになる。クルーズ商会の頭と言うべき本部がまともに機能しなくなっているのだ。他の商会はきっと少しでもクルーズ商会から顧客を奪おうとしてくるだろう。


 今までスカーレット領の中で争うようなことはほぼなかった。ただご機嫌伺いのようにやって来る商人たちを相手にする、そんな退屈な未来が待っていることがありありと想像できていた。

 この騒ぎがきっかけになって少しでもそんな未来が変わればいいんだけどなとそんな風に考えていた時だった。父から本店へと来るように指示があったのは。

 その指示に内心首を傾げながら向かう。なぜなら父自身が、僕が疫病に万が一にもかからないようにと屋敷から出ることを禁じていたはずなのだ。


 可能性として考えられるのは僕が必要なくなったか、疫病の心配をする必要がなくなったか……まあ後者だろう。他の兄弟姉妹で僕の代わりになるような者は現状居ないのだから。

 しかし使用人たちに聞いても疫病が終息したという話は無かった。むしろ拡大していると言った方が良い。と言うことは僕が呼ばれた理由で考えられることは多くない。


 そして商会の父の執務室で言われたのはその予想の範ちゅうだった。治療薬を開発した薬師を僕に迎えに行って欲しいらしい。どうやら一度この本店に来たその薬師を帰してしまったようで、その後迎えをやっても来ないそうだ。

 どうせいつもの調子で上から目線で話しているんだろう。普通ならそれで通じるけど、今回は相手の方が立場が上だ。そんな判断さえ従業員が出来ないからクルーズ商会はこの程度どまりなんだ。


 それにしても相手はどんな人なんだろうか。街の外から来た旅人らしいけど普通なら自分の優位がわかっていても大きな商会が相手となれば臆するはずだ。それを何度も追い返すなんてどんな神経の持ち主なんだろう。

 僕よりも小さい女の子もいるらしいけれどきっとお飾りでその従者が今回の黒幕だろうな。そんなことを考えながら僕は馬車に揺られ薬師たちの待つ宿へと向かった。


 薬師たちと会い、少しだけ丁寧な対応を心がけて話すと嘘のようにあっさりと招待することに成功した。聞いていた話とあまりに違いすぎて少し驚いたけど本当に拍子抜けだ。しょせん彼らも商会長の息子程度が出てきたくらいで満足してしまうような人だったわけだ。


「僕は先に戻って父へ知らせてきます」


 落胆を隠して笑顔でそう言って背を向けて帰ろうとした瞬間だった。まるで心臓を鷲掴みにされたように胸が痛くなり、冷や汗が全身から噴き出した。振り返りたい、でも振り返っては絶対にダメだ。そんな根拠が不明な直感に従い僕は宿の扉までわざと軽い歩調で歩く。直感なんて今まで信じたことがなかったはずなのに。

 そして出る際に少しだけ振り返ったけれど3人が何か話し合っているだけで特に変な所は見当たらなかった。先ほど僕が感じたものは勘違いだったのかと自分で自分を納得させたが心の奥に突き刺さった何かが消えることはなかった。


 本店での話し合いはこちらの優位に終わるかと思ったけれど、あの女の子、シエラにすべてひっくり返された。父は10にも満たない少女にあしらわれたのだ。とは言ってもそれは仕方のない部分もある。漏れるはずのない情報が漏れていたのだ。少なくとも調査が終わるまでは対抗することなど出来るはずがない。


 クルーズ商会にとって今回の契約は大きな誤算だったはずだ。でもそんなことは僕にとってはどうでも良かった。


 僕は魅せられたのだ。


 自分よりも年下の女の子に。

 自分の理解をはるかに超えた存在に。

 決められた運命を軽く飛び越えていくその力に。


 彼女なら、彼女と一緒にいることができれば僕もクルーズ商会という退屈な檻から抜け出し、いや檻ごとぶち壊し縛られることなく自由に生きることが出来るのではないかと。そう思ってしまったのだ。

 その皮肉げにこちらを見ながら笑うその姿さえ愛おしく思えるのだから間違いない。


 僕は生まれて初めて恋に落ちたのだ。

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わりとゆるゆるな現代ダンジョンマスター物です。殺伐とはほぼ縁のないボケとツッコミのあるダンジョンの日常を描いています。

「攻略できない初心者ダンジョン」
https://book1.adouzi.eu.org/n4296fq/

少しでも気になった方は読んでみてください。

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