幕間『悪魔のリスト』
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「て、照れてなんかないわよ! いいからさっさと行きなさい!」
そう言って受付のほうへと背中を押された俺は、仕方なく一度ロビーに戻ることにした。
夏野は無事、予定通り空野六花の病室に入っただろうか。
そうであれば悪いけど、やはり医師の診察を受けている暇などない。
決して俺の医者嫌いとは関係なく、単純にネタばらしのタイミングを見極めるためにも、できる限り近くにいなければならないのだ。
それに風邪の症状なら市販の薬である程度抑えられているし。
とりあえずマスクだけはちゃんとしておこうと、両端を指で整え直すために通路の端で立ち止まった。
そのとき。
「失礼――君。もしかして冬馬君かな?」
不意に後ろから声をかけられた。しかも聞き覚えのある、男の声。
振り返るとやはりそこには見知った顔があった。
もっとも、ピンとした背筋に埃一つないスーツを着用しているその姿には、少し違和感を覚えるが。
「仁科さん? まさかここで会えるなんて。仕事ですか?」
いつものだらしない格好じゃないですね、と暗に言ってみると、彼はネクタイを緩めながらまあねと答えた。
「ちょっと資料を取りにね。君は旅行かな? 先生の葬儀以来だが元気……とは言えそうにないな」
先生――そう。仁科さんは、俺に心を読む技術を叩き込んだ先生の助手をしていた人。
同じ精神科医である彼は、先生の死後その跡を継ぐべくして奔走していると聞いている。
「ええ、まあ。風邪引いちゃって」
「そうか。例のニュース、見たよ。私にできることがあったら遠慮なく言ってくれ。きっと先生もそうするはずだ」
例のニュース、というのは楓が逮捕された神無月の一件のことだ。
ホワイトキラー模倣犯の存在――俺がヤツを追っていることを知っている彼としては、心配せざるを得ないのだろう。
「そうですね」
ただしそれでも止めるのではなく協力する姿勢なのは、やはりホワイトキラーへの復讐心なしには生きられなかった冬馬白雪を知っているから。
「あー」
ふと腕時計をチェックした仁科さんが言った。
「残念だがもう行かないと」
「あ、仁科さん。最後に一つだけ、質問をしてもいいですか?」
俺はとっさに肩を掴んで、踵を返しかけた仁科さんを止めた。
そうまでしてでも聞きたいことが、問わなければならないことがあったのだ。
ここで偶然会わなければ、いずれ俺のほうから会いに行こうと思っていたほどに。
「ああ、もちろん。なんだい?」
「仁科さんがぱっと思いつく範囲で、先生の教え子や知人に群を抜いて天才だった人っていますか? 最高の教え子、反対に最悪の教え子とか」
「質問の意図は分かりかねるが、そうだなぁ。私は自分で言うのもなんだが天才ではないし。最高の生徒は間違いなく君だろうが、ほかにぱっと思い浮かぶ人はいないかな」
彼が話しているとき、俺は彼の仕草から目を離さなかった。
視線や手指の動き、まばたきや唇の渇き、汗など。
それらから判断しても――鳥越仁科は嘘を言っていない。
少なくとも俺にはそう見えた。
なんて、ここまで勘繰るのは慎重すぎるだろうか。あるいは臆病なだけか。
「そう、ですか。分かりました。ありがとうございます」
「うん。それじゃあ」
この場を去っていく仁科さんを見届けながら、俺は考えていた。
ホワイトキラーは俺に執着している。なら少なくとも過去に一度は俺、もしくは俺に近しい人物と接触しているはずだ。
ヤツは狡猾で周到、相当に賢い犯罪者。
だとすれば先生の教え子という線もあり得たが、望みは薄そうだ。
仁科さんがホワイトキラーだった場合はその限りではないが、見れば分かる。彼には無理だ。
いずれにしてもこれで、またホワイトキラーの候補者が僅かに少なくなった。
現時点で一番怪しいのは、やはり警察。
警察内部にはホワイトキラーの内通者がいる。だからこそヤツは一昨年も今回も、一切の手がかりを残すことなく人殺しができた。
内通者だけでなく、ホワイトキラー自身が警官だったとしても、何らおかしくない。
可能性としては、事件当時に捜査を主導していた人間。
しかし捜査の中心にいた警官は、かつて一度涼子さんが調べてシロの判定を下している。
となるとそれ以外の――。
あるいは、ホワイトキラーが俺に執着するようになった原因を考えると、自然と思い当たるのは俺の両親だ。
詐欺師として逮捕された冬馬夫妻によって、人生を狂わされた人間――その人物による復讐という線だって出てくる。
ほかにも桔梗高校の教師、失踪中の八木原炯依など、まだまだ『候補者』は絞り込みの段階にあるが、けれど確実にヤツには近づいている。
間違っても遠ざかっているなんてことはない。
「――やってやる」
一つ一つ情報を分析し、精査し、慎重に――そうやって可能性を潰していって、俺は必ず真実に辿り着いてみせる。
それがたとえ、どんなに残酷なものであったとしても。




