13話『瞳を閉じる? それとも真実が欲しい?』
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「――やあ、元気そうで何よりだよ。楓。二週間ぶりだね」
水波署の面会室。ここに来るまで、随分と時間がかかってしまった。
アクリル板越しに俺――冬馬白雪は、高砂楓と対面する。
たった一枚の板で隔てられているだけなのに、今となってはこの境界線が果てしなく遠い。
「そっちも、とは言えないか。悪い。いろいろ迷惑かけてるよな」
楓は以前と比べて少し雰囲気が変わったように見える。
落ち着いたというか、垢抜けたような印象だ。
「そういう台詞を言うには後悔が足りてないな。救われたと感じているなら謝るな。ああ、裁判官の前ではもっと曇った表情をするといいけど」
皮肉交じりに言ってやると、楓は苦笑いを浮かべた。
一方で俺は、正直どんな顔をすればいいのか分からずにいた。
――『なら七瀬汐音はどうなる? 二年前、彼女が引き金を引かなければもっと大勢の人間が死んでいた』。
フラッシュバックする神無月の言葉。
俺はまだ、その問いの答えを出せていない。
だから楓の犯した罪にも、明確にどう向き合えばいいのか分からない。
楓が神無月を殺さなければ、あの場にいた全員が殺されていた。
だとしても――。
いや、このことは一旦置いておこう。今はほかに優先するべきことがある。
「まずは近況報告から」
「助かる」
楓としてもやはり、自分が逮捕されて以降の周囲の動向を気にしているようだ。
「時系列順に行くと、まず神無月の死亡から数分後に警察の応援が来て、手足を撃たれていた涼子さんと、監禁されていた夏野たちは病院へ。全員命に別状はなし。ここまでは楓も一緒だったね」
「ああ」
「その後、警察の事実確認があって楓が逮捕。その二日後――七瀬汐音も逮捕された。本人の自白と、二年前のあの場所にいた人から証言が取れたからだ」
「……そうか」
「ただ彼女は情状酌量で不処分になる可能性が高い。事情が事情だからね」
非常事態下での出来事と、周囲の大人による隠蔽。何より七瀬汐音自身は罪の意識から精神的に不安定になっている。
決着まで多少時間はかかるだろうが、彼女が何年も牢屋に入れられることはないというのが弁護士の見立てだ。
「だけど死者一名、未成年の逮捕者が二名出た今回の事件は、マスコミとネットを大きく騒がせてる。しばらくは収まりそうにない」
俺がそう言うと、楓は僅かに表情を強張らせた。
仮に裁判で無罪が決定したとしても、世間による私刑がないとは断言できない。
すでにネット上では楓や汐音の実名、学校、住所などが特定されており。
授業を再開した桔梗高校には抗議の電話が殺到し、事情を知らない人たちからの誹謗中傷が飛び交っている。
今後どうなるかなんて、できれば考えたくないものだ。
「……会長たちは?」
「織姫先輩と花灯と七海は自宅療養って形で学校には来てない。念のため、時々カウンセリングを受けてるよ」
「美原先輩は? その、一番近くで見たんだろ。神無月の……」
「夏野は今のところ何も。ああそれと、神無月の内通者から七海を保護してたっていう八木原先生の消息も分かってない。――まあ近況はこんなところかな。で、ここからが本題」
そう、俺は何も近況報告をするためだけに来たわけじゃない。
「実はどうしても訊きたいことがあるんだ。あの日、楓を含めた五人は手錠で拘束されていた。でも神無月が銃口を俺に向けたとき、楓はすぐに動くことができただろ? あの手錠、どうやって外したんだ」
ここ数日、落ち着いて振り返ってみると、やはりそのことがどうしても引っかかった。
ロープならいざ知らず、手錠だなんて普通鍵がなければ外せないし、ピッキングできるような針金などもなかった。
神無月が敢えて手錠を外せるようにした、なんてことはあり得ないだろう。
「どうなんだ」
「正直言って覚えてねぇ。気付いたら手錠が外せる状態だっていう認識だけがあったんだ」
事情聴取でも同じことを話したのか、楓はあっさりとそう言った。
しかしそれでは困る。
大げさな言い方をすれば、手錠が外せる状態だったからこそ、楓は神無月を殺すに至ったんだ。
ここは絶対に謎のまま終わらせてはいけない。
「ならほかに何か違和感を覚えたことは? 何でもいい。どんな些細なことでも、何か」
「そう言われてもな……」
「なら無理やりにでも一つ、何か言ってみろ」
「無茶言うなって。まあ……強いて言うなら……いつもより体の動きが良かったかな。アドレナリンが出てただけだろうけど、とにかく神無月を止めることに精神が研ぎ澄まされていたっつーか」
「……精神、か」
――結局、それ以上の情報を得ることはできないまま、面会時間は終わってしまった。
それから俺は水波署内のロビーでソファーに座り、一人考えごとにふけっていた。
無闇に外に出ても記者に追い回されるだけだから、とりあえず考えがまとまるまではこの場所にいようという算段だ。
改めて、楓の言葉を思い出す。
「――精神が研ぎ澄まされていた」
言い換えれば集中していた、それしか考えられなかった、ということだろうか。
確かにあのとき、楓は迷いなく動き出し、拳銃を奪い、神無月を無力化しようとした。
反撃を受けた際も即座に受け身を取って拳銃を拾い、冷静に照準を合わせて――。
おかしいと言えばそうかもしれない。
いくら危機的状況だったとはいえ、一日半も監禁されて衰弱していた少年が、あれほど動けるものだろうか。
意志の力。火事場の馬鹿力。それこそアドレナリンによって感覚が麻痺していた部分はあったかもしれないが、それが仮に外部からの干渉によるものだとしたら、どうだ?
つまりは何者かに思考を誘導された。俺が内通者の警官を眠らせたように――催眠や暗示で。
一旦そういう方向で考えてみるがしかし、あの場で楓の手錠を外せるものは神無月しかいなかった。
だがそれじゃあ神無月は、わざわざ自分を殺すよう楓の思考を誘導したことになる。
辻褄が合わない。
誰かほかにあの場所を知っていた人物――単純に神無月が邪魔だった存在。
「はッ――!」
俺はすぐにスマホを取り出して写真フォルダを開いた。
表示した写真に写っているのは、あの日に神無月経由で渡された手紙。
今は指紋等を調べてもらうために警察に預けているが、重要なのはこの手紙があの建物にあったということ。
そうだ、もう一人いたじゃないか。
俺と涼子さんが突入する何時間も前に、あの場にメッセージを残した――ホワイトキラーが!
ヤツが楓の手錠をいつでも外せるようにして、神無月を殺すよう暗示をかけ、俺にメッセージを残した可能性は決してゼロじゃない。
そして、もしホワイトキラーがあの地下室まで来ていたとするなら――一刻も早く確認しなければならないことがある。
神無月が扉越しに銃撃することができたのは、センサーとカメラが仕掛けてあったから。
直接確認したわけじゃないが、そうとしか考えられない。
となるとそのカメラには――おそらく警察が証拠品として押収したであろう、それには。
あの場を訪れたホワイトキラーの姿が映りこんでいるはず。
「――――」
幸いここは水波署内。涼子さんはまだ療養中だから頼ることはできないが、どうにかしてカメラの中身をチェックしないと。
ようやく掴んだかもしれない。
これまで影も形もなかった殺人鬼――ホワイトキラーの尻尾を。
はやる気持ちを抑えきれずに立ち上がった瞬間。
「――失礼、冬馬白雪くんですか?」
ふとスーツを着た女性に声をかけられた。
一瞬、記者かと警戒したが冷静に考えればここは警察署内。彼女は刑事だろう。
「何か?」
「私は桐野江警部補の部下で、宮下と言います。まずはいち警察官として謝罪を。犯罪者に手を貸す不届きものが署内にいたこと――本当に申し訳ありません」
涼子さんの部下。ということは強行犯係の人か。ちょうどいい。この人を通してカメラのチェックができないか確認しよう。
「いえそれは全然。それよりもちょっと聞きたいことが」
「質問ですか? 実はこちらも、君に確認したいことがありまして」
彼女はそう言うと、懐からいくつか写真を出した。
「これらの人物に見覚えは?」
見せられたのは警察官の写真だ。全部で五人。そのうち三人には見覚えがあった。
二人は洋館で会った警官。もう一人は車の中で俺が眠らせた男だ。
「右から三人には見覚えが。神無月の内通者だ。もしかして残りの二人も?」
「はい。内部調査によって、この五人が外部に情報を漏らしていた疑惑が浮かびました。しかし捜査に乗り出そうとした直後。具体的には今朝――この五人が遺体で発見されたのです」
「なッ――⁉」
「さらに殺害の手口が十七夜月事件の犯人、通称ホワイトキラーと同じでしてね」
なんてことをあっさり言ってくれるんだ、この人……!
「ちょっと待って、真ん中のこの男は薬物の売買をしようとしていた。そっちは?」
「そちらは昨日、外部からリークがあって工場も売人も摘発されました」
思わず言葉を失った。さすがに話が出来過ぎている。
神無月の内通者は情報を漏らす前に消され、売買を目論んでいたドラッグも回収済みだって?
それに加えてこの人、俺を疑う目をしている。
「それで、こちらから改めて冬馬くんに警護の申し出を、と。例のメッセージもそうですが、ホワイトキラーは君に固執しています。内通者と薬物は君が受けた被害の報復だという考えも――」
「つまり警察は、俺がホワイトキラーと繋がっている――もしくはホワイトキラー本人だと思ってるわけか」
宮下は何も言わなかったが、否定しなかっただけで充分な返答だ。
「なら現場から押収したカメラをチェックすればいい。そこにホワイトキラーが映っているはずだ」
「カメラ? そんなものは証拠品になかったと記憶していますが」
怪訝な表情を浮かべながら宮下は首を傾けた。嘘じゃないことは目を見れば分かる。
涼子さんの部下なら捜査に関わっているだろうし、回収していたら絶対に知っているはずだ。
となるとまだカメラは回収されていない。
――いや、おそらくは現場で即座に隠蔽されたと考えるべきだろう。
「……もう言葉も出ないよ」
危うくため息が漏れそうになった。
手がかりのカメラがない。さらにそのうえ、警護だって?
俺の無実を証明するためには、提案を受けたほうがいいのだろうが――ダメだ。
神無月が二年前、射殺体を隠蔽できたことを思い出せ。
ホワイトキラーが十七夜月事件において、一切の手がかりを残さなかったのは、同じように警察内部に協力者がいたからじゃないのか。
自分らとは別の内通者がいる――その事実が漏れることを恐れて、例の五人は消されたのかもしれない。
つまりまだいるんだ。警察内部に、協力している人物が。
ここで警護を申し入れれば、その協力者が常時俺を監視することになるかもしれない。
だったら。
「悪いけど警護はお断りします。まだ警察もマスコミ対策などで忙しいでしょうし。それに俺は、ホワイトキラーに追われる側じゃなく――追う側で在りたいので」
そうして俺は、逃げ出すように水波署を出た。
もう誰が味方で誰が敵か分からない。自分の身は自分で守るしかない。
だけど――今、俺とヤツの距離は徐々に縮んできている。
そのことは純粋に喜ばしく思う。
俺がヤツに近づいているのか、ヤツが俺に近づいてきているのかは分からないが――もうすぐだ。
必ずホワイトキラーの正体を暴き、何があろうとも復讐を果たす。
俺の家族――義父さんを、義母さんを、さくらを殺した"ヤツ"だけは絶対に赦さない。
赦してたまるものか。
模倣犯編、了。




