45話『二人の歌姫に、俺はただ拍手を送る』
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謎の少女との邂逅もそこそこに、サブカルチャーなどで埋め尽くされた店内を練り歩いて、俺と夏野はそれぞれの買い物を済ませた。
夏野はコミックとラノベの新刊、それと以前に花灯と話していたアザレアというアイドルの新譜を購入。時折デュフだのぐへへだの変な声を漏らしていたので相当に嬉しかったらしい。
一方で俺は安売りされていたDVDの中から、一本で完結するアニメ映画、かつ配信サイトでは見られないものといった条件で、おすすめを何本か見繕ってもらった。
ジャンルはファンタジー、アクション、ミステリーと様々で、どれも見たら興奮して眠れなくなるほどの作品と、お墨付きをもらった。
元々俺が鑑賞するアニメを求めていたのは、不眠症のおかげで眠れない夜を、退屈せずに過ごすためというのが主な理由なので、いい気持ちで眠れるならまだしも興奮で眠れなくなるのはいささか本末転倒というか、目的を見失っているようにも思えるが、まあいいさ。
俺が現在生活しているあの洋館には使っていない家具が沢山あり、テレビもその中の一つ。
せっかく持っているんだから、使わないとな。持っていないわけじゃなく、持っていて使わないなんて贅沢だ。
店を出た俺たちは適当に大通りを歩き、気づけば時刻は午後六時になるところ。
「ね、白雪くんはほかにどっか行きたいとこある?」
「んー、特に思いつかないな。そういう夏野は?」
「……あー……、んー……」
考える夏野。
ふとその思考を遮るように、遠くから救急車のサイレンが聞こえてくる。
一秒、二秒と時間が進むごとに音は近づいてきて、ついに救急車が横を通り過ぎた。
確かサイレンの音は、あえて不安を煽るというか、絶対に聞き逃すことがないように、注意を引くような音階で作られていると聞いたことがある。
黒猫が目の前を横切ると不吉、ではないけれど、サイレンを鳴らした救急車が真横を通り過ぎると、どうにも心に残るものがある。
「…………」
夏野もどこか、重い表情をしていた。何かを思い出すように、左上に視線を向けて。
「……あ」
隣を歩いていた俺の袖がちょいちょいと引っ張られた。
「ね、あれ行こうよ。定番ちゃあ定番っしょ?」
夏野の細い指が示したのは、とあるカラオケ店の看板だった。
今も昔もカラオケに行く機会なんてなかった俺だが、夏野曰く、最近はドリンクだけでなく幅広い種類の料理が注文できるそうで、言ってしまえば食事を行うためだけにカラオケ店に入る、なんてこともできるらしい。
なんて晴天の霹靂。
例えばちょっとつまむためのフライドポテトなんかは想像に容易いが、サラダなどの前菜からステーキなどのメインに至るまで、コース料理を提供できる店舗もあると教えられては驚嘆するしかない。
そりゃあ確かに、デートにしても友達同士の付き合いにしても、定番になるわけだ。
ということで今日の付き合いは、カラオケで好きな曲を歌い、心地のよい気分になりながら夕食も済ませ、それで解散しようという流れになった。
「夏野はよく行くの? カラオケ」
「まー、たまに? つっても喉強くないから一時間かそこらで疲れて帰っちゃうんだけどさ」
「ふーん。……ん、ってことはいつも一人で行ってるってこと?」
「……勘のいいガキは嫌いだよ」
恐ろしく感情がこもってない声で言われた。怖い。
とまあ、そんなこんなで歩くこと数分。
カラオケ店を目前にして、俺は再び驚嘆、というか単純に驚くことになった。
「――おや、これは何とも奇遇だな、二人とも」
なんと、パンツルックに着替えた風見織姫と、入口の前でばったり本日二度目の遭遇を果たした。
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「んじゃ、お二方、頼みたいものピックアップよろです」
「とりあえずドリンクバー」
「では私も。あとフライドポテトを。ここのは揚げ具合が丁度いいんだ」
「あ、わかりみ深いっすね。……えーとじゃあドリンクバー三つとフライドポテト、と」
注文をまとめてタブレットに入力する夏野。
「それにしても空いてる個室が一部屋しかないなんて、カラオケって結構人気なんだね」
と俺が呟く。
そう。織姫と店の入口で再開した直後、受付で二組分の個室がすぐには用意できないと言われた俺たちは、三人以上だと割引きになるプランがあると提案され、流れのままに同席というか相席をすることになったのだ。
「まあ時間帯もあるだろうがな。冬馬君はあまりこういった場所には来ないのかな?」
「多分、人生で初めて」
「ほほう。人生初カラオケで両手に花とは、自慢できるシチュエーションではないか。だが美原君だけで両手が塞がっているというのなら、私は今から退席するのもやぶさかではないぞ?」
「やー、気にしないでくださいよ会長さん。料金は三人分で割引き貰ってんですから。それに完璧超人な会長さんがどんな歌声を披露してくれるのか、そこが気になって誘ったみたいなとこ、ありますし?」
俺もそれに頷く。
というか徹底して俺と夏野が恋人同士だと思われている点を否定したかったのだが、本人を目の前にして言うのはさすがに言い出しづらいもので、頷くしかなかった。
「ふむ。それでは不肖風見織姫、精一杯パフォーマンスさせていただくとしよう!」
しなやかな指を使った華麗なマイクさばきを見せ、織姫が壇上に立つ。
「あ、あ、あー、アー、あ~……んんっ」
選択した曲が流れるまでの間、俺も何か歌えそうな曲があったら予約しておこうと、ランキングやら何やらで探してみる。
のだが、ぱっと見た感じ流行りの曲は見事に知らないし、何なら昔から好きな歌手やバンドも特にないので、見事に何も歌えないことが判明してしまった。
まあ強いて言うなら学校の校歌が俺の唯一の持ち歌と言っても過言ではないのだけれど、当然機材側が曲を登録していることもなく。
つまり水族館から続いて、この場での俺も観客という立場になることが決定した。
今日という日――俺はどこまでも傍観者で在り続けるようだ。
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スマホで時間をチェックすると、時刻は午後八時になろうとしていた。
あれから織姫はクールなロックやら可憐でポップな曲やらを幅広く披露し、いずれも高い歌唱力を発揮していた。
相変わらず完璧超人というか、非の打ち所がないその様に自然と拍手してしまう。
そして夏野はアニソンだったりゲーソンを中心に、ちょっぴり切ない歌詞だったり、一般の曲にはないような演出が仕込まれたものを披露し、これまた拍手をさらっていった。
ひとしきり歌い終わったあとは、ピザやらパスタやらサラダやらを頼んで食事を済ませ。
それからまた少し、バラードなど落ち着いた曲を歌ってくれる二人に、拍手を送る。
もはや何かそういうロボットなのかってくらいそれしかしない俺。
音声認識でいろいろしてくれる最近のAI技術のほうが便利なまであるので、時間が経つにつれてなんだか申し訳ない気持ちが大きくなってきた。
次の機会があるかは分からないけれど、いつかに備えて、何か歌えるようにしておかないとな。
なに、話についていくために漫画や映画を見るとかは結構聞く話だ。
それで新たな趣味に目覚めたり、才能を開花させることもある。
ポジティブに考えて、青春への下準備を重ねよう。
「――君は、少し変わったな」
「え?」
夏野がドリンクの補充に向かい、離席している間、そんなことを織姫から言われた。
彼女は革張りのソファーに行儀よく座り、束ねた髪を解く。
「一か月前と比べると、今の冬馬君は少し丸くなったというか、柔らかくなった印象がある。もっとも私が知らなかっただけで、普段の君はそうなのかもしれないがね」
変わった――そう指摘されると、思い当たる節はあるかもしれない。
それなりに普通の学生生活を送り、友達や好意を寄せてくれる人ができて。
以前と何も変わりないなんて言ったら嘘になってしまうだろう。
もののついでだと思っていたこの生活で、失われたと思っていた青春を、いつの間にか享受しているようにも感じる。
「心を開いてもいいと思える相手を、見つけたからかな? 美原君は気が利くし、いい彼女だと思うよ」
「夏野は……恋人じゃないんだ。多分今は、友達ともちょっと違って……なんて言えばいいか、よく分からないけど」
友達以上、恋人未満。あるいは片思い。あるいは三角関係。
どれも違う気がする。その答えを出すことは、今の俺には難しい。
「そういう織姫先輩は? 心を開いてもいいと思える相手、見つけてるの?」
容姿端麗、品行方正な生徒会長。校内で浮いた話は一切聞いたことがない。
けれど彼女とて人間。ストレスが溜まることもあれば、誰かに話を聞いてほしいと思うことだってあるだろう。
「そうだな……」
近すぎず、遠すぎず。そんな距離感で話せる関係に当てはまるものがあるならば、お互いに距離を測りかねている俺と夏野にとって、何か参考になる部分があるかもしれない。
そういう意図で尋ねてみると、織姫はそっと体を傾けて。
「……君、かな」
俺の目をじっと見て、少し恥ずかしげにそう言った。




