41話『二枚のチケット、向かいにはギャル』
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林間合宿二日目。
昨日はいろいろと昔のことを思い出してしまったが、一晩経って体の調子はそれなりによくなった。
山の澄んだ空気を味わいつつラジオ体操にも参加し、気持ちのいい朝を迎えられたと言える。
今回の告白三人衆の一件を敢えて失敗に終わらせたことで、長く続いた噂にも決着をつけられただろう。
これで涼子さんの忠告通り、平穏なる学生生活が送れるというものだ。
そして俺の身の回りが静かになれば、本格的に例の事件の調査に乗り出すことができる。
決して警察を、涼子さんを信じていないわけではないけれど、それでも義父さんと義母さんを、何より十七夜月さくらを殺した犯人を俺はこの手で捕まえたい。
この手で捕まえて償わせるまで、復讐するまで、俺は何も終わらせることができないのだから――。
と、決意を新たにしたところでこれっぽっちも楽しめなかった林間合宿が終わった。
まあ二日目はラジオ体操をして朝食をとり、あとは下山してバスで学校に戻るだけなので、一日目が終わった時点でもう何も期待してはいなかったのだが、本当に何もなかった。
強いて言うなら。
「――楓、昨日はありがとう。ホント、助かったよ」
「ん? ああ」
下山の最中、昨日俺が倒れた際に合宿所まで運んでくれたという友人、高砂楓へのお礼をした。
「まあ俺は、俺の目が届く範囲でお前が倒れたから普通に助けただけだ。けどいつでも助けてやれるわけじゃないしさ。それに琴平がすごく心配してたんだ。だからそういうとこにも目、向けろよな」
怒っているというわけではなく、優しく諭すように楓はそう言った。
彼自身が純粋だから、嫌味は一切感じない。むしろ爽やかさすら感じる。
「……ああ、そうだな。昨日、本人から言われたよ。反省する」
もう少し、寄り掛かってもいい。花灯から言われた言葉がフラッシュバックする。
俺はこの一ヵ月あまりの学生生活において、少なからずの交友関係を手に入れた。
手に入れてしまった。失うことが怖いくせに。
だったらせめて努力はするべきなのだろう。
相手を傷つけない努力。そして自分が傷つかない努力を。
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帰りのバスの中で再び眠りこけた俺は、これまた再びパーキングエリアでの休憩中に目を覚ました。
「――おや、起きたかい?」
楓のものではないハスキーな男の声。
横を向くと、四組の男子、雅が座っていた。
「……やあ、調子はどう?」
「悪くないよ。告白には失敗したが、君の言う通り何か以前の自分とは違った感覚がある」
「それはよかった」
花灯から一応、告白に失敗した三人から文句を言われる心配はないと聞いていたが、実際に会ってこう言われると気持ちは楽になる。
「それで、これはちょっとしたお礼なのだが……」
雅はジャージのポケットから小さな封筒を取り出した。
察するにそれを渡すために、こうして俺に会いにきたのだろう。
封筒を受け取り、中身を確認する。
「これは……水族館のチケット?」
俺たちが通う桔梗高校のある水波市歩風町の中でも、それなりに名を馳せたデートスポットだと、以前楓から聞いた覚えがある。
そこの入場券が二人分。
「告白が成功したらと早まって用意したものだが、結局不必要になった。きっと君のほうが有意義に使ってくれるだろうと思ってね。遠慮せず受け取ってほしい」
「……じゃあ、そこまで言うなら」
俺がチケットを貰い受けると、雅は嬉しそうに笑った。
「それじゃあこれで。ありがとう、冬馬くん」
そう言って彼はバスを降りた。
じきに休憩時間も終わり、クラスメイトたちが戻ってくることだろう。
密告されて教師に没収されても困るので、俺はチケットを鞄にしまい込んだ。
うーむ。有意義に、か。妙なお土産を手に入れたもんだ。
はてさて使うにしても誰と一緒に行けばいいのか。
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林間合宿を終えた一年三組と四組の生徒は昼頃に学校に到着し、そのまま午後の通常授業を受けて、帰宅する運びとなった。
そして放課後。ジャージから制服に着替えた俺はクラスメイトである花灯、そして二年生である夏野と共に喫茶店『バタフライウインド』にてまったりとした時間を過ごしていた。
「んーで、どだったの、林間合宿」
最近気温が上がってきたからか、髪型をポニーテールに変えた夏野がそんなことを言う。
「結構楽しめましたよ」
「全然楽しめなかった」
「いやいや同時に真逆のこと言うなし……。なんで陰と陽、光と闇出ちゃってんの」
「まあ冬馬くんは体調崩してましたもんね。ずっと死んだ顔してましたよ。何なら写真とか見ますか、美原先輩」
「え?」
「ちょっと待って、写真撮ってるの?」
さらっと衝撃的事実を告げた花灯に、夏野が首を傾げ俺が疑問を呈する。
はて、写真を撮られた覚えはない。
となると……盗撮ということになるのだが。
「いえまあ、本当は可愛い寝顔でも撮って美原先輩に送り付けようと思ったんですけどね。思ったより心霊写真っぽくなったので扱いに困っていたんですよ」
ってことはバスの中か一日目の夜、俺が倒れたときに写真を撮ったのか。
「じゃあ何も言わず消せし。……うん、消しな?」
若干見たそうな様子の夏野だったが、さすがに自重したようだ。
「つか、体調崩したって今は大丈夫なん? 山登りとか超しんどそうじゃん」
「まあ……いろいろあったけど、とりあえず大丈夫」
「ホントいろいろありましたよね。三人の告白を手伝ったり、倒れたり、女湯に入ったり――あ、やべ」
「……女……湯……?」
口を滑らせた花灯。そして女湯というワードを聞き逃してくれない夏野。
俺はただ明後日の方向を見ながら、あ~今日の夕飯は何にしようかな~、と呟くしかなかった。
が当然それで誤魔化しきれるはずもなく。
「ちょいちょい、それ詳細希望。え、なに? 白雪くん女湯入ったの? アオハルしちゃったの? それとも大学のテニスサークル的なノリで乱れちゃったの? その辺どうなの」
いや怖い。前のめりになってすごい目力で聞いてくるじゃん。
「と、とりあえずテニスサークルへの偏見は置いといて。別に何も、ただ俺が起きたときにはもう男湯が使えなくて、仕方なくそっちを使わせてもらったというだけで……」
「そ、そうですよ、美原先輩。意味深に言っちゃいましたけどいやらしいことは何もないです。はい」
「いや、なんで琴平ちゃんがそんなこと断言できんの。もしかして一緒に入ったん? ええ? ああ?」
「ぐっ……⁉」
妙なところで鋭い……。
けれど変なことは一切なかった。神に誓って。
何なら俺はさくらと二年も一緒に暮らしていたんだ。女子の裸への耐性はできている。
と、言い訳すれば余計に話がこじれるので、とりあえず俺は花灯に、この場から離脱するよう視線を送る。
「あ、あー、そういえばわたしは用事があるのでした! ではこれで! お金はここに!」
あとは任せましたよ! 的な視線を返して、花灯は疾風の如く店を出ていった。
残ったのはとりあえず紅茶を飲んで心を落ち着かせる俺と、断固として説明を求めている夏野。
「俺と花灯は別に邪推される関係じゃない。あれは事故だったんだ。だから本当に、神に誓って変なことはしてないよ。オーケー?」
「……あっそ」
「あ、そういえば水族館のチケットが二人分あるんだけど、使う?」
「……物で誤魔化すってなんかダメ男っぽい」
「俺も言っててそう思った。でも俺はともかく、花灯とはせっかく友達になったんだしさ。二人で行ってくればいい。友達は掛け替えないよ」
「……つか、別に怒ってねーし。白雪くんがそういうなら本当に何もしてないんだろうし、琴平ちゃんもいい子だし。ただその、ちょっと嫉妬しただけ。仲いいなーって。ダサいのはウチって話」
「いや、ダサくなんかないよ。それは夏野の心が生きてる証さ」
「……」
どことなくいじらしい姿を見せる夏野。
たまに彼女の本心が読めなくなるときがある。でも、多分、夏野が今考えていることは。
求めているものは。
「……んじゃ、ウチと行こ。水族館デート」
目線を逸らして、頬を赤らめて、夏野はそう言った。
俺は分かっていて、彼女に言わせてしまった。
「ああ、そういうことなら、一緒に行こう」
……これじゃあ俺も、七瀬の告白を受け入れた八木原と同じだ。




