第十五話 エーヴェルト家の家訓その四、使えるものは全力で使い尽くそう
「なぁべー、おなべぇー。山菜、キノコ、山のさーちに、くまっ!」
「ノリノリだな。おっ、いい香りじゃねぇか」
「うん、出汁の出も悪くないね。ルー、そっちの草を取ってくれ。くまの臭みはこれでしっかり消さないと」
「わかりました。ディアードさん、これを兄さんに渡してください」
「おう。さすがはくまハンターの一族、手慣れているな」
くまは僕らのソウルフード、と言っても過言じゃないからね。当然おいしく食べられる方法は研究され尽くしている。エーヴェルト家の人間にとって、自然の食べ物関係に妥協は許されない。虫や魔物をいかにおいしく食べるかを探し続けてはいたけど、くまはきちんと調理をすれば必ずおいしく食べられる貴重な食料だった。ちなみにこの樹海産のくまは、魔石の部分を取り除いて、神力で浄化をすれば普通に食べられそうである。
あれから、それぞれの群生地に生えていた薬草をつみ終え、冒険者組合から借りた目指し石を頼りに無事に集まることができた。お互いに怪我もなく、スムーズに任務を終えられたようだ。しかし神託でイザベルにお昼ご飯をゲットしたと伝えたら、向こうも同じように見つけたみたいだと聞いていた。だけどまさか、お互いにくまをゲットしていたとは思わなかった。
くまの肉は味が濃いから、少量の肉で満足感が味わえるのだ。カブトムシは食べないので、五人分になるけど、それでもくま一匹で十分だろう。むしろ、余ってしまうかもしれない。とりあえず、今回は先に僕がこんがり焼いた方のくまを食べることにした。冒険者さんが解体してくれたから、早く食べた方がいいと思うしね。
「……それでお主ら、結局こやつはどうするのじゃ?」
「グルルゥゥ、ウゥゥ……」
「めっちゃ泣いているんだけど…」
「そりゃあ、同族がおいしく鍋にされているところを見せられたらのぉ」
「わかる、わかるぞ、魔獣よ。災厄共の容赦のなさ、理不尽さ。怖いよな、主に何を考えているかわからなくて。我はお前にものすごく共感ができるぞ。我もお土産にされた時、死を待つのみのような気持ちだった。あの時は、クゥ……」
「グゥ、グウゥゥ」
では、もう一匹の友人たちが気絶させて連れてきたくまだけど。友人に亜空間から出してもらい、とりあえずお昼ご飯を食べながら考えよう、と神力の鎖で縛っている。従業員さんが竜人間用の作業着のポケットから取り出したハンカチで、くまの涙を拭いていた。何かが通じ合えているのか、言葉の壁を越えた異種族間交流である。
「……熊鍋できたけど、みんなは食べる?」
「いや、食べるけど…」
「鍋となったものは仕方がない。せめて、おいしく食べてやるのが、自然の摂理というものだ」
「何かがひしひしと痛いが、鍋にして食べない方が可哀想じゃろう。余は蜂蜜じゃけど」
食べることは問題ないらしい。彼らも冒険者やドラゴンだから、そのあたりの割り切りはあるようだ。こうして僕らは、プルプル震えるくまを背に楽しい昼食となったのであった。
「おっ、上手いな。それで、あのくまはどうするんだ?」
「うーん、普通なら取りすぎた分は逃がすんだけど……」
「せっかくおいしそうなくまさんなのに。……保存食?」
「グルァ!?」
「あの、神官さん。ルクレツィアちゃん。さすがに可哀想だから逃がしてあげようよ。君たちの食根性はわかったから」
「この鍋は食えるが、あのくまは同情が大きくて魔竜族の我でも何かが辛い。じ、慈悲はないか?」
くまの今後について話していたら、ハベルさんとヴァーラさんが恐る恐る意見を出してくれた。うーん、とりすぎたのは事実だし、やっぱり逃がしてあげるべきだろうか。でも妹が、くまが大好きなことを僕は知っているし、普通の魔獣は討伐対象だ。保存食にする方法だって、エーヴェルト家は開発しているし。
このくまさん『リッパーベアー』は、樹海の奥にのみ生息する魔獣らしい。熊型の魔獣の中で頭が良く、その頭脳と身体能力で勝ち残ってきた猛者。樹海に住む熊と言えば、基本的にこの種だけなのだそうだ。他の熊型魔獣は、縄張り争いに負けたと聞いた。
「うぅぅ、でも、魔女の勿体ない精神が」
「……そういえば妹よ。お主はしばらく聖王都で暮らして、家の再興のために頑張るのじゃろう?」
「えっ、はい。一応そのつもりです。兄さんのあいている部屋を借りられますので。今回の薬草のいくつかを実家に仕送りして、残りの薬草を使って聖王都で方法を探しながら商売ができないかと」
「働かざる者、食うべからず。だからね」
「はいです」
ただ僕から衣食住をもらうだけでは、いくら家族と言えど駄目です、と妹自身が言ってきたのだ。僕は別にかまわないけど、ルーがそうしたいと言うのなら見守るのも家族だろう。もし聖王都での商売に成功すれば、それはそれで家の新顧客ルートの開拓にもつながる。聖王都は魔の力が豊富だから、古き魔女の知恵と組み合わせれば、新しい薬や術の開発もできるかもしれないと考えたらしい。
「つまり、またこの森に来るかもしれぬということじゃな」
「そうですね。薬草はやはり欲しいです。でも、さすがに私一人じゃ厳しいと思うので、冒険者に依頼する形になりそうですね。兄にずっとお願いする訳にもいきません。依頼料もかかりますし、そのあたりの勉強もしないといけませんね」
「おい、カブトムシ。結局、何が言いたいんだ?」
「何、余は妹の相談者になると決めたからの。出費はできる限り抑えてやりたいじゃろう。そこでじゃ、ルクレツィアよ。このくまを樹海探索のパートナーにしてみてはどうじゃ?」
『えっ』
全員の視線がカブトムシに向かった。イザベル曰く、『リッパーベアー』には高い知能がある。さらに樹海で強者として過ごしてきた彼なら、護衛としても最適であり、森の中も詳しいだろうとのこと。魔獣を使役するのは、魔物使いという職があるためできなくはない。借金ドラゴンである従業員さんだって、働けるのなら働かす聖王都である。くまを連れ歩くぐらいなら、申請をしっかりすればできなくはないだろう。
つまりイザベルの案なら、妹は心強い護衛を手に入れられるということだ。さらにもしもの時は非常食にもなるため、無駄がない。冒険者に頼まなくても、自分の力で薬草が集められる。冒険者であるハベルさんたちには悪いけど、これはお金の節約にもなると思った。イザベルからの提案だし、そのあたりは割り切ってくれているのだろう。
「でも、彼女が危険じゃないか?」
「ハベルよ、あの熊をよく見てみよ。完全にこやつらによって心をぽっきりと折られ、トラウマを植え付けられておるぞ。余らは今まで、トラウマのすごさを身に染みてわかっているであろう?」
冒険者さんは無言でぴくぴく震えながら涙を流すくまを見て、次に従業員さんの方へ視線を向ける。彼の中で何かが納得できたのか、深い頷きをカブトムシに返した。
「魔竜族よ、聖王都で魔のものを連れ歩くことは可能かのぉ?」
「むっ、できなくはないだろう。我自身がその証明だ。しかし、我の場合は組合と取引をしたから可能な手だ。もし一般人が魔物や魔獣を連れ歩くのなら、きちんと従者契約をして、国の方へ申請しなくてはならないだろう」
「へぇー、つまりその契約と申請さえすれば、くまを聖王都に連れて行くことも可能なのか」
「そ、そうでやんす」
召喚魔法を無断で使用して、お説教を食らった経験がある友人が驚いたように声をあげる。聖王都には様々な背景や事情の人が来るから、きちんと国の方に話をしておけば、ある程度なら許容してくれるのだ。柔軟な対応ができる聖王都だからこそ、できる措置だろう。
あとは、聖王都に張られている古の結界のおかげで、魔のものの力を抑えることができるのも大きい。魔族である友人にも効果があるすごいものだ。神殿でも高位の者しかその詳細を知らないので、僕はどうやって結界ができているのかわからない。それでも、勇者様の時代に作られたあの結界は、この五百年間ずっと聖王都を守ってきてくれたのである。
「申請と言うのは、要は首輪だな。聖王都の結界と繋げることで、もしその魔のものが何かをしようとしても、すぐに結界の力で押さえられる。我にも、組合製ではあるが首輪はされている。組合に害をなす者には力を出せるが、それ以外はできないようにな。聖王都内では窮屈だが、それがか弱い人間への信用の証となっているのだ」
「でもこの首輪は、魔のものを守る役割もあったと思うよ。魔のものでもきちんと申請して、誠意を見せればしっかり保障もしてくれるらしい。確か、人間が魔のものへ理由もなく攻撃をした場合は、正当防衛が認められているし、ちゃんと人間の方を裁いてくれたりね」
神殿で教えてもらった内容だが、僕も補足しておく。人間以外の他種族も、平等に受け入れている聖王都だ。種族の中には、魔物を従者にして生きている者もいる。その者たちにとっては、魔のものでも家族と同等の扱いをしている場合がある。そんな彼らと衝突しないために、作られた法だったと思う。
さて、ここまでの話をまとめると、イザベルの考えはなかなか悪くない案だ。僕とイザベルは仕事があるので、日中の間、妹を一人にするのが心配だった。でもくまと一緒なら、少なくとも変な人も手を出そうと思わないだろう。しっかり者のルーでも、まだ十二歳の女の子だ。体長三メートル級のくまの背に乗せてもらえば、広い聖王都の中の行き来も楽だろうからね。
「あの、私、従者契約の仕方を知らないのですが、どうすればよいのでしょうか」
「それなら俺が知っているぞ。ま――じゃなくて、俺たちも仕事柄、魔物を使役する術を使うからな。俺の術式でよかったら使ってもいいぞ」
「わぁ、さすがはディアードさんです!」
「えっ、そ、そうか? ふはははっ、まぁそれほどでもあるかもな!」
妹のヨイショに、友人が大変うれしそうだ。二手にわかれて探索をしている間に、仲良くなれたらしい。そういえばさっき小声でルーが、ディアードさんに足りないのは他者からの優しさです。まずは自尊心を高めてあげることが必要なのです! とやる気に満ちた様子だったけど、人に優しくするのは大切なことだよね。頑張れ、妹よ。
話し合いが終わり、熊鍋をみんなできれいに完食した。その後、ルーが笑顔でくまの下へスキップで近づく。神力の鎖でぐるぐる巻きにされているくまが、なんだか上機嫌なルーを見て、ガタガタ震えだしたけどどうしたんだろう。ヴァーラさんとハベルさんが近くにいた時は、何ともなかったのに。
「くまさん、くーまさん。私の従者になってくれませんかー? 一緒に樹海の薬草を取ったり、背中に乗せてくれたり、危ない魔物を一緒に倒したり、非常食になってくれたりしてくれませんかー?」
「クゥーン、クゥーン…」
「……妹よ、お主の本心はわかったから、少しは食根性を抑えてやれ。魔獣が強者のプライドをかなぐり捨てて、全力で命乞いをしだしたぞ」
「あっ、すみません。つい癖で」
友人から妹の従者か、保存食からの鍋行きかを聞かれ、くまは土下座して懇願する勢いで従者になることを選んだらしい。ここまで忠誠心の溢れたくまなら、大丈夫そうだろう。ちなみにヴァーラさんが、そのくまの様子に奥で号泣していた。
「ところで、契約をするには名前がいるんだが、どうする? もうくまが名前でいいか?」
「名前をつけても結局『くま』と呼ばれそうじゃが、一応つけておいてやろう。さすがに可哀想じゃ」
「くまさんの名前ですか…。くま、くま、くま肉、熊鍋、熊汁、熊の串焼き、熊の角煮……」
「ウオォォォーン、オォォォーン!」
「すごい大号泣だ」
「さすがはフェイルの妹。言葉が通じなくても、思いだけで伝えるとは。トラウマの作り方を心得ておる」
「我はもう、涙なくしてあの魔獣を見れん…」
妹とくまの様子に、後ろでハベルさんたちが遠い目をしていた。ルーは腕を組んでうんうんと悩んでいる。いきなり名前をつけるのは難しかったようだ。
「ちなみに友人なら、どんな名前をつける?」
「俺か? 俺なら、……すごいくまとか」
「なるほど。確かにせっかくつけるのなら、強くてカッコいい名前がいいよね。じゃあ、僕なら……く魔王なんてどうだろう。くまと強いの代名詞の魔王を組み合わせてみた」
「お、おう。まっ、魔王は強いもんなっ! アハハハハハ」
「きゅぅーん、きゅぅぅーーん」
「どうしよう、魔獣が俺たちに助けを求めるような目と鳴き声を」
「言葉はわからずとも、こやつらに任せたら絶対にまずいと本能でわかったのじゃろう」
「我はもう、同士としてでしかあの魔獣を見れん…」
結局名前は、イザベルとハベルさんとヴァーラさんが真剣に話し合った名前で決まった。強く生きよ、という意味を込めて『ストロング』のスーちゃんになったのだ。下手に長い名前やカッコいい名前より、あだ名をつけた方が僕らも覚えられて、呼んでくれるだろうとのことらしい。
確かに、スーちゃんは呼びやすい。ちなみに、ちゃん付けにしたのは、せめて愛着を持たせるようにすれば、熊料理フルコースルートを回避できるかもしれないという願いからのようだ。スーちゃんが、ヴァーラさんたちにペコペコ頭を下げていた。
「それでは、スーちゃん。これからよろしくお願いしますね!」
「ガウ」
「『リッパーベアー』は頭が良いと聞く。話せずとも、人の言葉をすぐに覚えるであろう」
「言葉がわかっても、彼にとって良いことかは置いといてね…」
「ハベルよ、それは言わんでおいてやれ」
それから友人が魔法陣を発動させ、妹とスーちゃんの従者契約は無事に終えられた。ルーは嬉しそうに、スーちゃんの背中に乗って、普段よりも高い目線を楽しんでいるようだ。はしゃぐ妹の様子に、僕としても微笑ましい気持ちになる。
こうして、新しい仲間を得て、僕らの樹海探索はそろそろ終わりを迎えようとしているのであった。
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「ところで、結局お前の用事はどうなったんだ? 薬草集めは終わったしよ」
「うん、最後は僕が行きたかった場所に向かおうと思っている。時間的にもちょうどよさそうだ」
空を見上げるとまだ青空が広がっているので、時間は大丈夫だろう。僕はハベルさんの持っている樹海地図と、組合からもらってきたパンフレットを見比べながら歩みを進めている。リュックは薬草でいっぱいになり、これだけあれば故郷のみんなも当分は困らないだろう。
スーちゃんの背中の上に、ルーとカブトムシが乗っている。妹は歩き疲れたのか、今はすやすやとくまの毛皮に包まれていた。ひもで括っているので落ちないだろうが、スーちゃんも気を付けて歩いてくれているようだ。良いくまである。
「パンフレットを読むには、樹海探索中の冒険者が偶然見つけた秘境らしいんだ。効能も景色もすごくいいんだけど、あまりに奥すぎて高難度の場所みたいだね」
「確かに、こんなにも樹海の奥に入るなんて普通なら命がけだろうからね。秘境扱いになっても仕方がないよ」
僕のパンフレットを覗きこみながら、ハベルさんが言葉を続ける。カブトムシ就職活動の時に、たまたま組合で見つけたものだったけど、ちゃんとこんな風に形になって何よりである。
「秘境って、そろそろどこに行くのか教えてくれてもいいだろう」
「それもそうだね。ほら、最近友人は健康に気を付けているだろう? 薬草や、聖王都のマッサージ器具や、健康グッズ関係を集めていたからね」
「あぁー、まぁな。仕事疲れとかにいいからな」
「それで前に友人がパンフレットを見ながら、行きたいけど忙しくてなかなか行けない、って愚痴をこぼしていたのを思い出したんだ。前回色々友人に助けてもらったし、せっかくならそこで疲れを癒してほしいな、って考えたんだ」
「俺がパンフレットで見ていた?」
僕からの説明に、記憶を思い出そうとしているのか友人の視線が宙に向かう。結構前のことだから、覚えていなくても仕方がないかもしれない。実際、最近の友人は以前よりも忙しそうだし。主戦派の魔族さんたちとの話し合いや、おぼん訓練もすごいらしい。今日の道中で聞いたけど、天地おぼんの構えを習得しようと頑張っているようだ。友人はやはり努力家である。
そして友人が再び口を開こうとして、何か鼻を刺激するような臭いに顔を行き先に向ける。この臭いで、ようやく目的につけたのだとわかった。腐った卵のような独特な臭いが、緑にあふれた樹海の中で微かに漂ってくる。それは足を進めれば進めるほど、強くなっていった。
そして、何時間も歩いた樹海を遂に抜け、僕たちが目にしたのは木々に囲まれた大きな岩場であった。次に、水の流れる音も耳に入った。鼻を刺激する臭いは、この水から漂ってくる。透明ではない、濁った灰色のような色の水もあれば、離れたところに褐色や緑色の水もある。本来ならこんな風に別々の色の水が存在することはないのだが、魔に溢れた樹海の影響から変質した泉らしい。効能も特別なものが多く、この場所だからこそできた天然の奇跡であった。
「……これ、全部温泉か」
「うん、友人が温泉のパンフレットを見ていたのを思い出して。ここは魔の力が強いから、効能の刺激が魔のものにとって最高の場所らしいんだ。人間も一応入ることができるし、魔族である友人の疲れをとるのには一番いい場所だと思ったんだ」
みんなには聞こえない小声で、友人に話をしておく。前回の魔族ブッパ騒動では、友人のおかげですごく助かったし、ヴァーラさんも職員なのについて来てくれたし、ハベルさんも色々教えてくれた。だから温泉のパンフレットから、人間も魔のものもみんなが楽しめる場所を探し続けたのだ。そうして見つけられたのが、この秘境だったのである。
なかなか遠かったが、来てよかったと思えるような綺麗な景色だ。切り立った崖から滝のように緑色の温泉が流れる場所や、様々な色彩の温泉が段差ごとに点在している。上に登っていくと今まで木が邪魔で見えなかったが、山のようなものや樹海の様子が見えるらしい。雄大な大自然を感じながら、疲れがとれる温泉にのんびり入る。魔物や魔獣が入って来るかもしれないのが問題点らしいが、僕が神力で外界からの侵入を防ぐ結界を張っておけば大丈夫だろう。
「噂には聞いていたが、良い温泉地だ。これほどの樹海の奥でなければ、組合もぜひ商売に使いたい場所だと言っていたな」
「最初は樹海の中にある温泉、って聞いて想像できなかったけど、これはすごいね。地下水なのかな」
「ふむ、これは身体に良さそうじゃ。妹よ、目的地に着いた故に起きるとよいぞー」
カブトムシにペチペチされ、それに妹が寝ぼけて虫料理が一品できそうになったが、すぐに温泉の様子に気づいて大はしゃぎをしているようだ。僕はそれに微笑ましく思いながら、リュックからタオルや温泉用のグッズを取り出しておく。
ちなみにカブトムシも、ちゃんと温泉に入れる素敵仕様にしているので問題はない。「だんだん聖剣の時より、ハイスペック性能なカブトムシになってきておる」とイザベルが悩ましげに呻っていたのが印象的であった。
「それじゃあ、温泉だから男女にわかれてゆっくりしようか。友人のサーチで、ここら一帯には僕らしかいないみたいだし」
「そうじゃのー、念のため一人にはならないようにすれば問題ないじゃろう」
「それではみなさん、またあとで」
「おぉ、お前もゆっくりしておけよー」
ぺこり、と丁寧にお辞儀をして、ルーは温泉グッズを片手にルンルン気分で向かう。その背中に思わず、小さく笑ってしまった。こうして僕らは、男四人、女三人にわかれて、温泉を楽しむために真っ直ぐに足を進めたのであ――
「おい、待て。男女の数がおかしいだろう」
「えっ、確かにカブトムシは角が生えているけど、女性の人格だからこの際構わなくないか。妹は角が生えているぐらいなら別に気にしないらしいし」
「カブトムシのオスメスは、もうぶっちゃけどうでもいい。いや、そういうことじゃないだろう」
友人は何が言いたいのだろう。僕は不思議に思って、周りを見渡してみる。男湯の方へ行こうとしたメンバーは、僕、友人、スーちゃん、ハベルさんの四人だ。なんだかハベルさんが、目を見開いて驚愕の眼差しで女子の方を見ている。僕も同じようにみんなの目線を辿っていくと、そこにいた従業員さんと目が合った。
「な、なんだ。なんでそんなに我をみんなで見るのだ」
「……ヴァーラさん。そっち、女湯ですよ」
「それぐらい知っている、だからどうしたというのだ」
ハベルさんが震える声で告げると、ヴァーラさんは何を言っているんだ、と言いたげに腕を組みながら堂々と返す。ハベルさんとヴァーラさんの準備は各自でお願いしていたけど、脇に桶を持ってマイ温泉グッズを持っている様子から、従業員さんも楽しみだったことが窺える。
「……魔竜族よ。いくらフェイルやディアードと一緒に、温泉に入りたくないからと言ってのぉ」
「むっ、まぁ確かに温泉に入ると聞いて驚いたが、人間は男女にわかれて入るのだろう。この時ほど、我がメスであってよかったと本気で――」
『お前、メスだったのかよォッ!?』
「なっ……! 我がいつオスだと言った!? これほど美しい鱗を持ち、しなやかなメスドラゴンは他にいないであろうッ!!」
友人たちの叫び声が、温泉地を揺らした。僕もびっくりしたけど、確かに従業員さんの性別は聞いていなかったと思い出した。ドラゴンの性別の見分け方を知らなかったし、女湯の方に行くからそうだったんだー、と感心していたんだけどな。
「友人、ハベルさん。そろそろ行かないと、夜になってしまう。スーちゃんはまるで魂を癒すような夢心地でもう入っているし、早く温泉に入ろうよ」
「待って、神官さん。なんでそんなに対応がいつも通りなの。性別女だったんですよ、ヴァーラさん」
「ん? なんで男女で対応を変えなくちゃいけないんだ? 男女平等は大切なことだろう」
「諦めよ、ハベル。こやつの余に対する扱いを見ればわかるじゃろう。本当に平等で容赦がないぞ」
「えーと、そうだよな。男女平等だよなー。ドラゴンの性別もカブトムシの性別と同じような扱いで、めんどくさいからもういいかぁー」
友人が黄昏ながら、温泉グッズを片手にいそいそと進みだした。「えー」と言いたそうな顔で止まっていたハベルさんも、すごく疲れた様子でその後に続く。確かに女性だから、プライベート的なところは気を付けないといけないけど、何か僕は間違っているだろうか。
基本的に、誰にだろうと礼儀は大切にしているし、親しい人以外には敬語を使うようにしている。身体的な差はあるからそこは考慮するけど、仕事に男女なんてないだろう。そうじゃないと、真剣にやっている相手により失礼である。エーヴェルト家では男も女も関係なく、熊狩りに出かけていたし。女性で戦う人なんて、聖王都にはたくさんいる。
「う、うーん、そう考えると。別に魔竜族がオスかメスかというのは、それほど重要なことではないのかのぉ? どうせこれからも考慮されなさそうじゃし…」
「待てッ、カブトムシよ! 我の性別が蔑ろにされる理由がわからんぞ!?」
「えーと、アレです。どんまいですよ、ヴァーラさん」
「うぅぅ、だから我がいったい何をしたというのだぁっ……!」
いつもの様にしくしく泣きながら、ヴァーラさんたちも温泉に向かった。イザベルやルーもいるし、大丈夫だろう。温泉は温かいし、効能もあるから気持ちよくなれるといいな。僕たちも女子たちから離れた温泉に進み、ようやく一息つくことができた。
温泉はかなりぽかぽかしていてあったかい。綺麗な青空が大きく広がり、薄らとだが夕暮れも遠くに見える。耳を澄ますと、鳥の鳴き声や水が流れる音が木霊していた。ハベルさんも少し離れたところで、疲れを癒しているようだ。ルーたちも明るい女子トークを、きっと楽しんでいることだろう。
ここには、人間や魔族、聖剣やドラゴンとバラバラの種族や職業や生まれの人たちが集まっている。それでも、こうやって一つの目的を目指したり、温泉に幸せを感じるような共感する気持ちを持てる。それって、すごく大切なことだと思うのだ。
よく忘れるけど、僕って勇者なんだよね。五百年前の勇者は魔王と戦って、魔族と敵対して、魔のものを切り伏せていた。それは今も変わらない部分がある。だけど、必ずそうならなくちゃいけない訳ではないとも感じる。人間の中に良い人・悪い人がいるように、魔のものにも良い悪いがあると思うのだ。種族でわけるんじゃなくて、そんな視点で見た方がきっと世界は楽しいだろう。
「あぁー、温泉はいいなぁー」
「友人がよかったのなら、僕もよかったよ」
「おう、ありがとよ。はあぁ、明日からまた頑張れるな」
明日か。そういえば、今日会った黒髪の魔族さんと、友人は明日会うんだよね。魔王城から長年離れていた、友人のお兄さんみたいな人か。今日は約束したから聞けないけど、また今度友人に会えたら誰なのか聞いてみよう。友達のお兄さんなら、仲良くなりたいと思うし。
「今日は楽しかったね」
「そうだな。色々あったにはあったが、楽しかったな」
「またみんなで来よう。温泉や他にも面白そうなところに。僕もいろんなところへ、みんなと一緒に行ってみたい」
「またうるさくなりそうだな。……まぁ、俺は別にいいけどよ」
呆れたように笑いながら、友人は自分の髪を掻き撫でていた。それから、友人は効能目当てに温泉めぐりへと出かけて行った。温泉の色によって身体に良いものが違うと聞いて、時間内に全部制覇する勢いらしい。
魔法で温泉を取り込めば、いつでも天然温泉だとすごく楽しそうであった。さすがは健康マニアである。僕はハベルさんから実家やルーのことを聞かれたので、世間話をしながら過ごしていった。
十分に身体が温まった頃には、もう夕方になろうとしていた。風に当たりながら、友人の転移魔法で帰ることで話はまとまった。ヴァーラさんの背中に乗る案もあったのだが、樹海の空には時々怪鳥が飛んでいて、それにビームや魔法の嵐になったら墜落確実と元気よく従業員さんから宣言されたためこうなった。転移の方は特に問題なく、早く帰れるということでみんなからも異論はなかった。
こうして、僕たちは樹海から聖王都に戻った。今回は大収穫だったし、温泉も気持ちよかった。ハベルさんとヴァーラさんは組合に戻るらしいので挨拶をして別れ、ルーは国の申請依頼所が閉まる前に、スーちゃんの申請をしてくることになった。申請だけなら迷子にならないし、スーちゃんがにおいで僕たちを見つけてくれるため、先に晩ご飯を食べておいてほしいとお願いされたのだ。
「それじゃあ、さすがに今日は疲れたし、外食にしようか。いつも僕たちが食べている食事処で晩御飯を食べているから、終わったらそこに来てほしい。暗くなってきているけど、大丈夫?」
「わかりました。スーちゃんがいるから大丈夫ですよ」
「ガウガウ」
「やっぱりいつものところになるんだな」
「もうお約束のようになっている気がするわい」
手を振って妹とくまを見送り、いつもの三人組になった僕たちは、いつも通り食事をするために聖王都の通りを歩き始めた。今日あったことや、グループにわかれていた間にあったことに会話の花を咲かせながら、今日は何を食べようかと僕は考えを巡らせるのであった。




