SS : 月待ち食堂の小さなお姫様と、揺れるプリン
第二子となる長女、エレナが生まれてから半年。
『月待ち食堂』は、かつてないほどの「甘い空気」に包まれていた。
「あうー! あうあう!」
「はいはい、エレナちゃん。じいじですよ〜」
定休日の店内。
父・ガラルド公爵が、とろけきった顔で赤ちゃんを抱いている。
エレナは私に似た銀色の髪と、ライオネル様譲りの金色の瞳を持つ女の子だ。
その可愛らしさは破壊的で、父もマダム・ロッテンマイも、そして兄となったレオンも、彼女の虜になっていた。
「エレナ、いい子だねぇ。ボクが兄さまだよ」
5歳になったレオンが、背伸びをしてエレナの頬をつつく。
すると、エレナはキャッキャと笑い、レオンの指をガブリと甘噛みした。
「いたっ! ……でも可愛い!」
「あらあら。この子は食い意地が張っているわね」
私が苦笑すると、横で見ていた聖獣シロが尻尾を揺らした。
『みゃう(当然だ。この娘の魔力回路は、胃袋に直結しておる。将来は兄をも凌ぐ美食家になるぞ)』
恐ろしい予言だ。
そんな賑やかな午後、私は家族のために「おやつ」を用意することにした。
まだ離乳食前のエレナは食べられないけれど、毎日お手伝いを頑張ってくれているレオンへのご褒美だ。
ボウルに卵と牛乳、砂糖を入れて混ぜる。
バニラビーンズを鞘ごと入れて香りを移す。
ザルで濾して滑らかにし、カラメルソースを敷いた型に流し込む。
蒸し器に入れて、弱火でじっくりと蒸すこと二十分。
粗熱を取り、冷蔵庫で冷やせば――。
「お待たせ! 特製『カスタードプリン』よ!」
お皿の上でプルプルと揺れる、黄色い宝石。
スプーンを入れると、適度な弾力がありながら、口の中で滑らかに溶ける「固めプリン」だ。
「わぁぁぁ! プリンだ!」
レオンが歓声を上げる。
ライオネル様も、公爵様も、マダムも、みんなでテーブルを囲んだ。
「いただきます!」
レオンが一口食べる。
卵のコクと、ほろ苦いカラメルが絡み合い、バニラの香りが鼻に抜ける。
「ん〜っ! おいしい!」
「うむ。素朴だが、奥深い味だ」
みんなが幸せそうに食べている、その時だった。
「…………じーっ」
父の膝の上にいたエレナが、熱い視線を送っていた。
その金色の瞳は、揺れるプリンに釘付けだ。
口元からは、よだれがツーッと垂れている。
「あう! マンマ!」
エレナが身を乗り出し、小さな手を伸ばした。
その手には、微弱だが確かな魔力が宿っている。
……まさか?
シュンッ!
次の瞬間、レオンの皿にあったプリンが、ふわりと浮き上がった。
「ええっ!?」
「プ、プリンが飛んだ!?」
浮いたプリンは、そのままエレナの手元へ――吸い込まれる直前、ライオネル様が超反応でキャッチした。
「危ない!」
ライオネル様の手のひらの上で、プリンがプルンと着地する。
エレナは「あうー……」と残念そうに眉を下げた。
「……無詠唱魔法か」
ルーカス様(たまたま居合わせた)が眼鏡を光らせた。
「食欲をトリガーにした念動力。……末恐ろしい才能だ」
私はため息をつきつつ、ミルクを用意した。
「エレナ。プリンはまだ早いのよ。……でも、そんなに食べたかったのね」
私が哺乳瓶を渡すと、エレナは不服そうにしつつも、チュパチュパと飲み始めた。
その横顔は、ライオネル様が唐揚げを見つめる時の目にそっくりだった。
「……こりゃあ、将来の食費が心配だな」
ライオネル様が苦笑いして、私の肩を抱いた。
兄はカツカレー好き、妹はスイーツ好き。
『月待ち食堂』の賑やかさは、これからも増すばかりのようだ。




