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【第4章開始!】断罪令嬢の飯テロ食堂  作者: 九葉(くずは)
第4章

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第4話

 レモン騒動から二ヶ月が過ぎた。

 私は妊娠五ヶ月、いわゆる「安定期」を迎えていた。

 つわりの苦しみは嘘のように消え去り、今では旺盛な食欲と戦う毎日だ。

 お腹も少しふっくらとしてきて、服の上からでも妊婦だとわかるようになってきた。


 秋の気配が深まるある日の夜。

 『月待ち食堂』の営業を終え、片付けをしていると、店のドアが勢いよく開かれた。


「シェリル! 待たせたな!」

「準備は整ったぞ、店主!」


 入ってきたのは、作業着姿の父・ガラルド公爵と、袖をまくった魔術師ルーカス様だった。

 二人の背後には、布で覆われた巨大な物体を抱えたセバスチャンや、魔術師団の部下たちが控えている。


「いらっしゃいませ。……随分と大掛かりですね」


 私が目を丸くすると、父は自信満々に髭を撫でた。


「当然だ。初孫のために私が設計し、ルーカスが魔術回路を組み込んだ『至高の逸品』だからな」

「そうだ。これさえあれば、育児の悩みなど全て解決する」


 二人は顔を見合わせてニヤリと笑った。

 数日前から「ベビーベッドを作る」と張り切っていたのは知っている。

 父の財力とルーカス様の技術があれば、きっと素晴らしいものができるだろうと期待していた。

 最高級の木材を使った、彫刻入りのベッドなどを想像していたのだ。


 この時までは。


「では、披露しよう! セバスチャン、布を取れ!」


 父の合図で、覆いが取り払われた。

 

 バサッ!


 そこに現れた物体を見て、私は思考を停止した。


「……え?」


 それは、ベッドではなかった。

 どう見ても『要塞』か『コックピット』だった。


 素材は木ではない。銀色に輝く金属――おそらくミスリルだ。

 四隅には鋭利なスパイクが立ち、側面には複雑な幾何学模様(魔法陣)が刻まれている。

 天蓋からは怪しげなクリスタルがいくつもぶら下がり、赤や青の光を明滅させていた。


「な、なんですか、これ……?」

「ふっふっふ、驚いたか。名付けて『全自動・絶対防御・育児支援型ゆりかご・マークⅡ』だ!」


 父が得意げに胸を張る。

 ネーミングセンスが兵器のそれだ。


「説明しよう! まずフレームだ。これはドワーフの国から取り寄せた最高純度のミスリル合金を使用している。ドラゴンのブレスでも傷一つ付かん!」

「そ、そんな頑丈さ、必要ですか……?」

「当然だ! 万が一、家が倒壊しても、このベッドの中だけは無傷で残る!」


 父は熱弁を振るう。


「そして、このクッション材だ。伝説の魔獣『カイザー・シープ』の毛を織り込んだ布を使っている。肌触りは雲のごとく、かつ防刃・耐火性能も完備だ!」


 防刃。耐火。

 赤ちゃん用の寝具に求めるスペックではない。


「次は私のターンだ」


 ルーカス様が前に出た。

 彼は眼鏡を光らせ、ベッドの側面にあるパネルに触れた。


「このベッドには、最新の環境制御魔法が組み込まれている。気温、湿度を常に最適に保つのは序の口だ」


 ブゥン……と低い駆動音が響く。


「このクリスタルを見ろ。これは『泣き声センサー』だ。赤子の不快指数を感知すると、自動的に『安眠のスリープ・ミスト』を噴射し、強制的に眠らせる」

「ちょ、ちょっと! 赤ちゃんにスリープ魔法なんて使わないでください!」

「安心しろ、人体に害のない成分に調整してある。……さらに!」


 ルーカス様はパネルを操作した。

 すると、ベッドの底から機械仕掛けのアームが二本、ニョキッと伸びてきた。


「これは『自動授乳・おむつ交換アーム』だ。親が寝ていても、このアームが全て世話をしてくれる。ミルクの温度調整から、排泄物の処理(焼却)まで全自動だ」


 ウィーン、ガシャン!

 アームが空中でミルク瓶(空)を振る動作をする。動きが早すぎて残像が見える。あんなもので世話をされたら、赤ちゃんが目を回してしまう。


「どうだ、シェリル。完璧だろう?」

「これなら、お前もライオネルも育児疲れとは無縁だぞ」


 二人は「どうだ凄いだろう」という顔で私を見ている。

 私は助けを求めて、カウンターの端でエールを飲んでいるライオネル様を見た。

 彼は視線を逸らし、「……俺は止めたんだぞ」と小声で呟いた。


 私は大きく深呼吸をした。

 そして、努めて冷静に、しかし断固として告げた。


「……いりません」


「なっ!?」

「なぜだ!?」


 二人が衝撃を受けたように後ずさる。


「こんな金属の塊、冷たくて可哀想です! それに、機械のアームにお世話なんてさせたくありません! 自分の手で抱っこして、ミルクをあげたいんです!」

「し、しかし、お前の負担が……」

「負担じゃありません! それが母親の喜びなんです!」


 私はベッド(兵器)に近づき、ミスリルの冷たいフレームを叩いた。


「それに、こんなスパイクだらけじゃ、つかまり立ちをした時に怪我をします! 防御魔法だの耐火性能だの、家の中で戦争でもするつもりですか!?」


「うっ……」

「そ、それは……万が一の刺客に備えて……」


「刺客なんて来ません! 来てもライオネル様とシロが撃退します!」


 足元でシロが「みゃう(当然だ)」と同意した。


「作り直してください」


 私はきっぱりと言い放った。


「普通の、木のぬくもりがする、安全なベッドを。……魔法も機械もいりません。ただ、お爺ちゃんと、おじ様(ルーカス様)の『愛』だけがこもっていれば、それでいいんです」


 私の言葉に、二人は顔を見合わせた。

 そして、シュンと肩を落とした。


「……そうか。普通の、木製か……」

「機能美を追求しすぎたか……。愛、か……」


 父が寂しそうに呟くのを見て、少し言い過ぎたかと反省する。

 彼らは彼らなりに、生まれてくる孫や弟子の子を思って、全力で空回りしただけなのだ。


「……あの、柵の彫刻とかは、お任せしますから」

「本当か!?」


 父がパッと顔を上げた。


「獅子の彫刻はどうだ? 我が家の紋章を入れるぞ!」

「いいですね。……あと、ルーカス様」

「なんだ?」

「夜泣き防止の魔法だけなら……少し、弱めにかけておいてくれると助かります」

「……任せろ。副作用のない、最高の子守唄ララバイを術式に組み込んでやろう」


 二人は再びやる気を取り戻し、「おいセバスチャン、設計図の修正だ!」「最高級のヒノキ材を手配しろ!」と騒ぎ始めた。

 その背中は、なんだか楽しそうだ。


 私はやれやれと息をつき、隣に来たライオネル様を見上げた。


「……まったく、男の人ってどうしてこう、メカとか機能とかに拘るんですか?」

さがだな。……だが、俺も正直、あのアームは怖かった」


 ライオネル様が苦笑して、私のお腹に手を添えた。


「普通のベッドでいい。俺たちがついていれば、それが一番の安全地帯だ」

「ええ。そうですね」


 私たちは、騒がしく作業を再開した父たちを眺めながら、穏やかな時間を過ごした。

 生まれてくる子は、きっと賑やかな人生を送ることになるだろう。

 最強の騎士のパパ。

 料理人のママ。

 そして、ちょっと過保護すぎるお爺ちゃんたちに囲まれて。


 数日後。

 店には、美しく磨き上げられた白木のベビーベッドが運び込まれた。

 シンプルだが、角は丁寧に丸められ、手触りは絹のように滑らかだ。

 柵には可愛らしい獅子と猫の彫刻が施され、微かに安らぐ魔力が漂っている。


「……うん。これなら合格です」


 私が言うと、隠れて様子を窺っていた父とルーカス様が、物陰でガッツポーズをしたのが見えた。

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