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【第4章開始!】断罪令嬢の飯テロ食堂  作者: 九葉(くずは)
第4章

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第3話

ミスっていたので投稿し直しています!!

厨房への「司令塔」としての復帰から一ヶ月。

 王都は本格的な夏を迎えていた。

 蝉の声が響き、アスファルトならぬ石畳からは陽炎が立ち上る猛暑日。

 そんな暑さも和らいだ深夜二時。

 私は、寝室のベッドの上で目を覚ました。


「……はぁ」


 ため息をつき、天井を見上げる。

 隣では、ライオネル様が規則正しい寝息を立てて眠っている。

 彼の寝顔は、戦場での鬼のような形相とは程遠く、無防備で子供のようだ。

 起こしたくない。彼は日中、私の護衛と店の手伝い、そして騎士団の書類仕事で多忙を極めているのだから。


 けれど。

 私の体は、理性の言うことを聞いてくれなかった。


「……酸っぱいものが、食べたい」


 強烈な渇望だった。

 口の中が、酸味を想像するだけでキュッと痛くなる。

 ただの酸っぱさではない。

 突き抜けるような爽快感と、キュンとするような香り。

 黄色くて、瑞々しくて、太陽の光を凝縮したような果実。


 レモン。

 それも、砂糖とバターで煮詰めた甘酸っぱいレモンカードと、サクサクのタルト生地が合わさった『レモンタルト』が食べたい。

 今すぐに。

 一秒でも早く。


「うぅ……」


 我慢しようと寝返りを打つが、頭の中は黄金色のタルトで埋め尽くされている。

 お腹の赤ちゃんが「ママ、レモンだよ! レモンを持ってきて!」と暴れているような気さえする。

 布団の中で身を捩っていると、隣の気配が動いた。


「……シェリル?」


 眠たげな、しかし瞬時に覚醒した低い声。

 ライオネル様が上半身を起こし、暗闇の中で私を見下ろした。


「どうした? 気分が悪いのか? 腹が痛いのか?」

「い、いえ。違うんです。ただ……」

「ただ?」


 彼は心配そうに私の額に手を当てた。熱はない。

 私は恥ずかしさを忍んで、正直に告白した。


「……レモンが、食べたいんです」

「レモン?」

「はい。酸っぱくて、甘い、レモンタルトが……どうしても……」


 言いながら、情けなくて涙が出てきた。

 こんな真夜中に、子供みたいなわがままで夫を起こすなんて。

 しかし、ライオネル様は真剣な顔で頷いた。


「わかった。レモンだな」


 彼はベッドから降り、素早く着替え始めた。


「待ってろ。厨房に在庫があったはずだ」

「あ、でも……普通のレモンじゃダメなんです」

「なに?」

「市場のレモンは、酸味が足りなくて……もっとこう、ガツンとくるような、鮮烈な酸っぱさがないと……」


 面倒くさい妊婦だ。自分でもそう思う。

 だが、ライオネル様は嫌な顔一つせず、腕組みをして考え込んだ。


「ふむ。最高の酸味か……」


 その時。

 開いていた窓から、白い影が音もなく入り込んできた。

 夜の散歩から帰ってきた聖獣シロだ。


『みゃう(騒がしいな。夫婦喧嘩か?)』

「違う。シェリルが『究極のレモン』を求めているんだ」


 ライオネル様が事情を説明すると、シロは青い瞳をピカリと光らせた。


『ほう。酸味か。……ならば、心当たりがあるぞ』

「本当か、シロ?」

『うむ。ここから南へ一飛びした孤島に、「サンシャイン・レモン」という幻の果実が自生しておる。その酸味は雷のごとく、香りは香水のごとしと言われておるな』


 南の孤島。幻の果実。

 魅力的な響きだが、ここから南へ行くには船で数日かかるはずだ。


「無理よシロ。今すぐ食べたいの」

『ふん。我を誰だと思っている』


 シロはニヤリと笑った。


『我の背に乗れば、あんな島など一時間で往復できるわ。……どうする、騎士よ。行くか?』

「当然だ」


 ライオネル様は即答し、剣を帯びた。

 え、剣? レモン狩りになぜ剣が必要なの?


「シェリル。一時間だけ待てるか?」

「え、ええ。でも、危ないんじゃ……」

「安心しろ。お前と子供のために、最高の果実を持ち帰る。……タルトの生地だけ、用意しておいてくれ」


 彼は私の額にキスを落とし、シロと共に窓枠に足をかけた。


『しっかり掴まっておれよ、人間!』

「行くぞ!」


 ヒュンッ!

 風切り音と共に、一人と一匹は夜空の彼方へと消えていった。

 残された私は、呆然と星空を見上げた。

 レモン一つで、夫と神様が出動するなんて。

 私は苦笑しつつ、のっそりとベッドから這い出した。


   ◇ ◇ ◇


 一時間後。

 私は厨房で、タルト生地を空焼きしていた。

 バターと小麦粉、砂糖、卵黄を混ぜて寝かせ、型に敷き詰めて焼く。

 サクサクとしたクッキーのような香ばしい匂いが漂う。

 これだけでも美味しいけれど、主役がいなければ始まらない。


「遅いなぁ……」


 時計の針は三時半を回っている。

 本当に帰ってくるのだろうか。

 心配になって勝手口を開け、夜空を見上げたその時。


 ズザザザーッ!!


 裏庭の芝生に、何かが墜落……いや、着陸した音が響いた。


「ライオネル様!?」


 慌てて駆け寄ると、そこにはボロボロになったライオネル様と、毛並みが逆立ったシロがいた。

 ライオネル様の服は所々破れ、煤で汚れている。シロもどこか焦げ臭い。


「だ、大丈夫ですか!? 何があったんですか!?」

「……問題ない」


 ライオネル様は煤けた顔で、ニカっと白い歯を見せた。

 その手には、麻袋がしっかりと握られている。


「ただちょっと、レモンの木を守っていた巨大な蜂と、火を吹くトカゲと喧嘩になっただけだ」

『みゃう(久々に運動したわ。あやつのブレス、なかなか熱かったぞ)』


 サラリと言うけれど、それは命がけの冒険だったのでは。

 私は感動と呆れがないまぜになった感情で、彼にタオルを渡した。


「無茶しないでくださいって言ったのに……」

「約束しただろう。最高のものを持ち帰ると」


 彼が麻袋を開ける。

 中から転がり出てきたのは、私の拳ふたつ分はある、巨大なレモンだった。

 皮は眩しいほどの黄金色で、表面はツヤツヤと輝いている。

 袋を開けただけで、部屋中に爽やかな香りが爆発した。


「すごい……! これが『サンシャイン・レモン』……!」


 香りを嗅いだ瞬間、口の中に唾液が溢れた。

 これだ。私が求めていたのは、この圧倒的な存在感だ。


「ありがとう、ライオネル様、シロ! 早速作ります!」


 私は彼らの手当てを後回し(ごめんなさい)にして、レモンを抱えて厨房へ戻った。

 

 まずはレモンの皮をすりおろす。

 黄色い粉雪のようなゼストからは、精油の強い香りが立つ。

 次に果汁を絞る。

 ナイフを入れると、プシュッ! と飛沫が飛ぶほどの瑞々しさ。

 溢れ出る果汁は、酸っぱいだけでなく、花の蜜のような甘い香りを帯びている。


 ボウルに卵、砂糖、そして絞ったばかりのレモン果汁を入れる。

 湯煎にかけながら、絶えず混ぜ続ける。

 とろみがついてきたら、バターを少しずつ加える。

 バターが溶け、乳化することで、艶やかで濃厚なクリーム『レモンカード』が出来上がる。


 最後に、すりおろした皮を加えて風味を増強する。

 味見を一口。


 ――キュンッ!


 強烈な酸味。

 目が覚めるような刺激だが、その後に濃厚なバターのコクと、砂糖の甘みが追いかけてくる。

 完璧だ。


 焼きあがったタルト生地に、熱々のレモンカードを流し込む。

 粗熱を取り、冷蔵庫(氷室)で冷やし固める。

 仕上げに、卵白と砂糖で泡立てたイタリアンメレンゲを上に絞り、バーナー(火魔法)で軽く焦げ目をつける。


「完成!」


 『究極のレモンタルト』。

 黄金色の断面と、焦げ目のついた白いメレンゲのコントラスト。

 深夜の厨房に、紅茶を淹れる。


「お待たせしました。お二人とも、お疲れ様でした」


 私はシャワーを浴びて綺麗になったライオネル様とシロの前に、タルトを切り分けて出した。


「……いただきます」


 ライオネル様がフォークを入れる。

 サクッという音と共にタルトが割れ、とろりとしたレモンカードが顔を出す。

 口に運ぶ。


「……っ!!」


 彼の目が大きく見開かれた。


「酸っぱい! だが……美味い! 疲れが一気に吹き飛ぶようだ!」

『みゃう(うむ。あのトカゲを倒した甲斐があったな)』


 シロもペロリと平らげている。

 私も一口。


 サクサクの生地。

 フワフワの甘いメレンゲ。

 そして、それらを貫くレモンの鮮烈な酸味。

 口の中がキュッとなり、その後に幸せな甘さが広がる。


「おいしい……。生き返ります……」


 欲求が満たされ、体中の細胞が喜んでいるのがわかる。

 お腹の赤ちゃんも、ポコポコと動いて「美味しい!」と言っているようだ。


「よかったな、シェリル」


 ライオネル様が、優しい目で私を見ていた。

 その頬には、魔物との戦いでついた小さな傷がある。

 私は胸が熱くなり、思わず手を伸ばしてその傷に触れた。


「痛くないですか?」

「こんなもの、かすり傷だ。……お前が笑顔になるなら、ドラゴンの巣にだって飛び込んでやる」


 彼は私の手を握り、指先にキスをした。


「次はなんだ? 桃か? それとも氷河の氷か?」

「ふふっ。今のところは大丈夫です。……満たされましたから」


 私たちは夜明け前の静かな時間、甘酸っぱいタルトと紅茶を囲んで、穏やかなひと時を過ごした。

 こんな無茶な願いを叶えてくれる家族がいる。

 それだけで、これからの妊娠生活も乗り越えられる気がした。


 窓の外が白み始める頃。

 満腹になったシロは丸くなって眠り、ライオネル様も椅子に座ったままウトウトし始めた。

 私は彼に毛布をかけ、心の中で呟いた。


(ありがとう、パパ。……この子はきっと、食いしん坊で、とびきり強い子になるわね)


 夏の一夜の、小さな冒険。

 それは、これから始まる子育てという大冒険の、ほんの序章に過ぎなかった。

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タイトルと内容が前話と重複してる。 なんで前話から1週間経過してるのに、また司令塔に就任したの?
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