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【第4章開始!】断罪令嬢の飯テロ食堂  作者: 九葉(くずは)
第3章

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第6話

 ヤマト皇国の下町に、革命の嵐が吹き荒れて数日。

 私たちの屋台『月待ち食堂・ヤマト出張所』は、連日大盛況だった。


「天丼うめぇ! 一生ついていきます!」

「油って、こんなに美味かったのか……」


 禁忌とされていた「揚げ物」の美味しさを知ってしまった民衆たちが、こぞって屋台に押し寄せている。

 あまりの忙しさに、私もライオネル様も嬉しい悲鳴を上げていた。


「ふぅ……。今日はここまでね。食材が切れちゃった」


 夕暮れ時。私は完売の札を出して、大きく伸びをした。

 すると、屋台の裏で片付けをしていたサクラ皇女(町娘に変装中)が、顔を赤らめながら提案してきた。


「シェリル殿、騎士殿。……今夜は店を早く閉めて正解だぞ」

「あら、どうしてですか?」

「今夜は『星待ちの祭り』なのだ。ヤマトで最も賑やかな夜祭り……。せっかく異国に来たのだ、二人で見て回るといい」


 サクラ皇女は、どこからか調達してきた包みを二つ、私たちに押し付けた。


「これは余からの礼だ。……ヤマトの民族衣装『浴衣ゆかた』である。これを着て、息抜きをしてくるとよい」


「浴衣……!」

「俺も、着るのか?」


 ライオネル様が戸惑っている。

 私は包みを受け取り、満面の笑みで頷いた。


「着ましょう、ライオネル様! せっかくの旅行なんですから!」


   ◇ ◇ ◇


 着替えを済ませ、私たちは運河沿いの橋で待ち合わせをした。

 ヤマトの夏は湿気が多いが、夕風は心地よい。

 私は紺地に朝顔の柄が入った浴衣に身を包み、少しドキドキしながら彼を待っていた。


 カラン、コロン。


 下駄の音が近づいてくる。

 振り返った瞬間、私は息を飲んだ。


「……待たせたな。どうも、帯というやつが苦しくて慣れん」


 そこに立っていたのは、渋い灰色の浴衣を着流したライオネル様だった。

 普段の銀の鎧姿も素敵だけれど、浴衣姿の彼は、なんだか「色気」が凄まじかった。

 鍛え上げられた胸板が浴衣の襟を押し広げ、太い腕が袖から覗いている。無造作にかき上げた髪と、少し照れくさそうな表情。

 ……破壊力が高すぎる。


「に、似合ってます! すごく……格好いいです」

「そうか? ……お前こそ」


 ライオネル様が私の目の前に立ち、熱っぽい瞳で見下ろした。


「綺麗だ、シェリル。……うなじが露わになっているのが、その、目のやり場に困るが」

「っ……!?」


 彼は大きな手で、私の髪飾りをそっと直した。


「行こうか。……はぐれるなよ」


 差し出された手。

 私はその手をギュッと握り返した。

 ゴツゴツとした剣士の手と、浴衣の袖が触れ合う距離。

 私たちの初めてのデートが始まった。


   ◇ ◇ ◇


 祭りの会場は、提灯の明かりで昼間のように明るかった。

 太鼓の音、笛の音。

 たくさんの屋台が並び、人々が楽しそうに行き交っている。

 ……けれど。


「……やっぱり、食べ物の屋台は寂しいわね」


 私が呟くと、ライオネル様も頷いた。

 並んでいるのは『焼きトウモロコシ(味付けなし)』や『蒸し芋』、『冷やしたキュウリ』など、素材そのままのものばかり。

 醤油の焦げる匂いも、ソースの香りもしない。


「ヤマトの民は、この祭りで一時の憂さを晴らしているのだろうが……やはり食事が貧しいと、笑顔に力が足りないな」


「そうですね。……あ、ライオネル様。ちょっとあそこへ」


 私は人気のない神社の裏手へ彼を引っ張っていった。

 そして、たもとから小さな包みを取り出した。


「お腹、空いてますよね? こっそり作ってきたんです」

「これは……?」


 包みを開けると、串に刺さった鶏肉が入っていた。

 ただの焼き鳥ではない。

 醤油と砂糖、みりんを煮詰めた『秘伝のタレ』をたっぷりと絡め、炭火でじっくりと焼き上げた『焼きタレ』だ。

 冷めないように保温魔法をかけておいたおかげで、甘辛く香ばしい匂いがふわりと漂う。


「『清貧の令』のせいで、屋台で美味しいものが売っていないと思って。……はい、あーん」

「……お前というやつは、本当に用意周到だな」


 ライオネル様は嬉しそうに苦笑し、私の手から直接串にかぶりついた。


 ――ムグッ。


「……美味い」


 彼は目を細めた。

 炭火の香ばしさと、濃厚な甘辛タレ。鶏肉の脂が口の中で弾ける。


「祭りの喧騒の中で食う焼き鳥が、これほど美味いとはな。……酒が欲しくなる」

「ふふ、お酒は宿に帰ってからにしましょう。……さあ、私も」


 私は彼が一口食べた残りを、そのままパクリと食べた。

 間接キスなんて、もう気にしない。

 甘いタレの味と、彼と共有する秘密の味。

 胸がいっぱいで、焼き鳥がいつもより美味しく感じる。


 食べ終えた後、私たちは再び人混みの中へと戻った。

 混雑する通りで、ライオネル様が私の肩を抱き寄せ、人波から守ってくれる。

 その背中の広さと、体温の温かさに、私は身を委ねた。


 ドン、ドン、ヒュルルル……ドーン!


 夜空に大輪の花火が咲いた。

 人々が歓声を上げ、空を見上げる。

 色とりどりの光が、ライオネル様の横顔を照らしていた。


 彼は花火を見つめたまま、静かに口を開いた。


「シェリル」

「はい」

「俺は、ここに来て良かったと思っている」


 彼は私の方を向き、真剣な眼差しで言った。


「異国の地で、お前が料理で人々を笑顔にする姿を見て……改めて思ったんだ。お前はすごい女性だと」

「そんな……私はただ、美味しいものが好きなだけで……」

「それがすごいんだ。お前の料理には、世界を変える力がある」


 ライオネル様の手が、私の頬に触れる。


「俺は剣しか知らなかった。だが、お前が教えてくれた。温かい食事の尊さを。誰かと食卓を囲む幸せを。……俺は、お前の作る『未来』を一番近くで見ていたい」


 ドーン! と大きな花火が炸裂し、私たちの影を地面に焼き付ける。


「この旅が終わって、国に帰ったら……俺は、お前に伝えたいことがある」


「ライオネル様……」


 それは、実質的なプロポーズの予告だった。

 私の心臓が、花火の音に負けないくらい大きく跳ねる。

 言葉にならなくて、私はただ頷いた。

 彼の顔が近づいてくる。

 花火の光の中で、唇が触れ合おうとした――その瞬間。


「そこまでだッ!!」


 無粋な怒号が、ロマンチックな空気を切り裂いた。


 ザッ、ザッ、ザッ!

 提灯の明かりの下、武装した役人たちが一斉に現れ、私たちを取り囲んだ。

 その数は三十人以上。

 先頭に立つのは、あの陰気な式部卿の部下だ。


「貴様らだな! 禁忌の油料理を広め、民を堕落させた異国人は!」


「なっ……!?」


 ライオネル様が私を背に庇い、瞬時に腰へ手を伸ばす――が、そこにあるのは剣ではなく、帯だ。

 私たちは丸腰の浴衣姿なのだ。


「抵抗するな! 抵抗すれば、この女も同罪として斬り捨てる!」


 役人が私に槍を向けた。

 ライオネル様の動きが止まる。


「……汚いぞ。女を人質にするとは」

「黙れ! 貴様には『皇女誘拐』および『国家転覆罪』の容疑がかかっている! 神妙にお縄につけ!」


 皇女誘拐? そんな馬鹿な。サクラ様は協力者なのに。

 だが、これは罠だ。

 私たちが流行らせた天丼が、式部卿の逆鱗に触れたのだ。そして、私たちを排除するために、最も厄介なライオネル様を狙い撃ちにした。


「ライオネル様、逃げてください! 貴方なら囲みを突破できるはず……!」

「ダメだ」


 ライオネル様は静かに首を振った。


「俺が逃げれば、お前が狙われる。それに、ここで騒ぎを起こせば、サクラ皇女の立場も悪くなる」


 彼はゆっくりと両手を挙げた。


「……俺一人でいい。この女はただの料理人だ。連行するのは俺だけにしろ」

「ふん、殊勝な心がけだ。連れて行け!」


 役人たちがライオネル様に縄をかける。

 彼は抵抗せず、最後に私を振り返って、強い瞳で微笑んだ。


「心配するな、シェリル。俺は頑丈だ。……少しの間、留守にするが、必ず戻る」

「ライオネル様……ッ!」


 人波に紛れて、ライオネル様が連れ去られていく。

 幸せなデートから一転、最悪の事態。

 私は拳を握りしめた。


 許さない。

 私の大切な人を、理不尽な理由で奪うなんて。

 料理を冒涜し、恋まで邪魔するなんて。


「……待っていてください、ライオネル様」


 私は花火が消えた夜空を見上げ、決意を固めた。


「私の料理で、必ず貴方を助け出してみせます。……式部卿、覚悟なさい。この国の『食』ごと、貴方を断罪してあげるわ!」


 夜の闇の中、私の戦いが始まろうとしていた。

 武器は包丁。盾はエプロン。

 そして味方は――屋根の上からこちらを見下ろしている、一匹の聖獣(神様)。


『みゃう(やれやれ。ようやく我の出番か)』


 シロが青い瞳を光らせ、夜の街へと消えていった。

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