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【第4章開始!】断罪令嬢の飯テロ食堂  作者: 九葉(くずは)
第3章

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第2話

 翌日の朝。

 『月待ち食堂』の扉には、一枚の張り紙が掲げられていた。


 【お知らせ:店主、東方への食材探求の旅に出ます。当面の間、店主不在となります】


 その張り紙を見た瞬間、王都の路地裏に絶望の悲鳴が響き渡った。


「嘘だろぉぉぉッ!? 店主がいない!? 俺の昼飯はどうなるんだ!」

「嫌だ! あのカツカレーがないと、魔力回路が繋がらない!」

「生姜焼き……唐揚げ……私の生きる希望が……!」


 騎士、魔術師、貴族、そして近隣の住民たち。

 店の前は、この世の終わりのような嘆きに包まれていた。

 私は申し訳ない気持ちで扉を開け、彼らの前に立った。


「あ、あの、皆様! 落ち着いてください! お店自体は閉めませんから!」


 私が声を上げると、暴動寸前だった群衆が一斉に静まり返った。


「閉めない……とは?」

「はい。私が不在の間は、公爵家から来ているギュスターヴ料理長たちが厨房を預かります。レシピも全て伝授してありますので、味は保証します!」


 その言葉に合わせて、真っ白なコックコートを着たギュスターヴが、胸を張って前に出た。

 その立派なカイゼル髭を撫でながら、力強く宣言する。


「ご安心を! シェリル師匠の味は、この舌と腕に叩き込みました! カツの揚げ加減、米の炊き方、味噌汁の塩梅……師匠の留守は、我々が命に代えても守り抜きます!」


「おおぉ……! ギュスターヴ殿なら安心だ!」

「よかった、俺たちは飢え死にせずに済むんだな……」


 客たちは安堵の息を漏らし、涙を拭い合っている。

 大袈裟すぎるけれど、それだけ愛されているのだと思えば悪い気はしない。

 これで店の営業は大丈夫だ。


 問題は――身内の説得だった。


   ◇ ◇ ◇


 閉店後の店内。

 そこでは、ヤマト行きを巡る「選抜メンバー会議」という名の、醜い争いが繰り広げられていた。


「納得いかん」


 テーブルをバン! と叩いたのは、父・ガラルド公爵だった。

 彼は不機嫌を隠そうともせず、氷のような瞳で私とライオネル様を睨んでいる。


「なぜシェリルが行く必要がある? ヤマトの帝の食欲不振など、向こうの医者に任せておけばいいだろう。……どうしてもと言うなら、私も行く」


「お父様、無理ですよ。貴方は宰相でしょう? 国を空けられるわけがありません」

「有給を取る。ライオネルが取れるなら、私だって取れるはずだ」

「却下です。貴方がいなくなったら国政が止まります」


 私がバッサリ切り捨てると、父は「ぐぬぬ」と呻き、まるで親に置いていかれる子供のように拗ねた。

 隣では、魔術師ルーカス様がブツブツと言い訳を並べている。


「……ヤマトには独自の陰陽術があると聞く。これは魔術研究の観点から非常に興味深い。よって、筆頭魔術師である私が同行すべき合理的理由が――」

「ルーカス様もダメです。王宮の結界メンテナンスはどうするんですか?」

「そ、それは部下に……」

「イチゴ大福のお土産を買ってきますから。ね?」

「……くっ、大福には抗えん……!」


 ルーカス様も撃沈。

 やれやれ、と私が息をついたところで、ずっと腕組みをして黙っていたライオネル様が口を開いた。


「諦めろ、お前たち。……今回の旅は、危険を伴う長旅だ。シェリルの身を守れるのは、この俺しかいない」


 彼は立ち上がり、私の肩を抱き寄せた。

 その堂々とした「俺の女」アピールに、父とルーカス様の視線が痛いほど刺さる。


「それに、今回の旅のメンバーは最小限にする必要がある。……俺と、シェリル。案内役の皇女殿下、通訳のザオ。そして聖獣のシロ。これで定員だ」


「なんだと? 船ならもっと乗れるだろう」

 父が食い下がる。


 ライオネル様はニヤリと笑い、爆弾発言を投下した。


「邪魔者を増やしたくないんだよ。……せっかくの、シェリルとの二人旅なんだからな」


「「「はぁ!?」」」


 父とルーカス様、そして私の声が重なった。

 ライオネル様は平然とした顔で続ける。


「船の上は逃げ場がない。朝も、昼も、夜も……ずっと一緒だ。美しい海、満点の星空。……愛を育むには最高のシチュエーションだろう?」


 彼は私の耳元に顔を寄せ、甘く囁いた。


「な? 楽しみだな、シェリル」


「っ……///」


 顔から火が出るかと思った。

 公衆の面前で、しかも私のお父様の前で、なんてことを言うの!?

 父の顔色が青から赤、そして土気色へと変化していく。


「き、貴様……! 娘を公務にかこつけて連れ回す気か! 破廉恥な!」

「公務ではない。あくまで『休暇』だと言ったはずだが?」

「ぐあああ! おのれライオネル! もし娘に指一本でも触れてみろ、公爵家の全権力を持って貴様を社会的に抹殺してやる!」

「安心しろ。指一本どころか、全身全霊で愛して守り抜く所存だ」


 ライオネル様は、父の脅しを柳のように受け流し、さらに私を強く抱きしめた。

 この人、本当に鋼の心臓を持っている。


 結局、父とルーカス様は「お土産(ヤマトの珍味と魔導書)」を条件に、泣く泣く留守番を受け入れた。

 父は去り際に、「……必ず、無事に帰ってくるのだぞ」と、不器用な優しさを見せてくれたけれど。


   ◇ ◇ ◇


 そして、出発の前夜。

 店の片付けを終えた私は、二階の自室で荷造りをしていた。

 

 ヤマトまでの船旅は二週間ほど。

 着替えに、常備薬。そして何より、向こうで手に入らないかもしれない調味料や調理器具。

 商人のザオが船を用意してくれているけれど、私の商売道具である包丁と、シロお気に入りの鰹節は手荷物に入れなければ。


「……ふぅ。こんなものかしら」


 大きなトランクを閉めようとした時、窓の外からコツコツと小さな音がした。

 振り返ると、バルコニーに人影がある。

 ここ、二階なんだけど。


「……ライオネル様?」


 窓を開けると、そこには夜風に髪を揺らした騎士団長様が立っていた。

 彼はひらりと部屋に入ってくると、申し訳なさそうに眉を下げた。


「すまない。正面から入ると、また親父殿(ガラルド公爵)の密偵に見つかりそうだったからな」

「不法侵入ですよ、騎士団長」

「お前に会うためなら、泥棒にでもなるさ」


 彼は軽口を叩きながら、私が閉めようとしていたトランクに手をかけた。


「手伝おう。……重いだろう、これ」

「ありがとうございます。……でも、どうしたんですか? 明日の朝、港で会う約束でしたよね?」


 ライオネル様はトランクを軽々と持ち上げて部屋の隅に置くと、私の方に向き直った。

 その瞳は、昼間の冗談めかした色ではなく、真剣で、熱い光を宿していた。


「……顔が見たくなった」


 彼は一歩近づき、私の頬に触れた。


「明日から、ヤマトへ発つ。見知らぬ土地、言葉も通じない国だ。……不安はないか?」


「少しは、あります。でも……」


 私は彼の手のひらに自分の手を重ねた。


「貴方がいてくれますから。……最強の騎士様が守ってくれるなら、何も怖くありません」


 私が微笑むと、ライオネル様は嬉しそうに目を細め、そのまま私をゆっくりと抱き寄せた。

 広い胸板に顔が埋まる。彼の匂いと、力強い心音が伝わってくる。


「ああ。絶対に守る。……たとえヤマトの軍勢が相手だろうと、お前には指一本触れさせない」


 彼の腕に力がこもる。


「だが……俺自身の理性は、守れるか自信がないな」

「え?」

「船の上は密室だと言っただろう? ……俺もお前も、まだ独身だ。美しい月夜の海の上で、二人きり……」


 彼は私の顎をすくい上げ、顔を近づけた。

 吐息がかかる距離。

 その瞳に見つめられて、私は身動きが取れなくなる。


「シェリル。……俺は、お前を――」


 唇が重なる、その寸前。


「みゃ〜ん(腹減った)」


 足元から、気の抜けた声がした。

 

 バッ!

 私たちは弾かれたように離れた。

 足元を見ると、聖獣シロが「何イチャついてんの?」という冷ややかな目で見上げていた。


「……チッ。またお前か、猫」

「みゃう(我の夕飯はどうなっている。鰹節を出せ)」


 シロはライオネル様の殺気などどこ吹く風で、尻尾をパタパタさせている。

 甘い雰囲気は霧散してしまった。

 私は赤くなった顔を手で仰ぎながら、苦笑した。


「ふふっ、シロもお腹空いたのね。……ライオネル様も、何か食べていきますか? 冷蔵庫の整理で、余った食材があるんです」

「……はぁ。仕方ないな」


 ライオネル様は溜息をつきつつも、どこか楽しそうに笑った。


「頂こう。お前の手料理が食べられるなら、色気より食い気でも悪くない」


 結局その夜は、三人(二人と一匹)で余り物の野菜炒めと、冷凍しておいた塩むすびを食べた。

 豪華なディナーではないけれど、これから始まる旅への期待と、確かな絆を感じる、温かい最後の晩餐だった。


   ◇ ◇ ◇


 そして翌朝。

 王都の港には、一隻の大きな帆船が停泊していた。

 東方商人ザオの持ち船、『黒亀号こっきごう』だ。


「店主様ー! 準備はいいかい!」


 甲板からザオが手を振る。

 桟橋には、見送りに来た人々で溢れかえっていた。


「師匠! 留守は任せてください!」と叫ぶギュスターヴ。

「早く帰ってきてくれよー! 大福が切れたら死んでしまう!」と嘆くルーカス様。

「……無茶はするなよ」と、素直じゃない言葉で送り出してくれる父。


 そして、たくさんの常連客たちが「行ってらっしゃい!」「待ってるぞ!」と手を振ってくれている。

 私は胸がいっぱいになりながら、大きく手を振り返った。


「行ってきます! 必ず、美味しいお土産話を持って帰ってきますから!」


 隣に立つライオネル様が、私の腰を支えてタラップへと導いてくれる。

 その手は温かく、頼もしい。


 案内役のサクラ皇女が、船首で高らかに宣言した。


「いざ、出航である! 目指すは日出ずる国、ヤマト!」


 銅鑼が鳴り、船が岸を離れる。

 潮風が頬を撫でる。

 未知の国、未知の食材、そして――愛する人との二人旅。


 私の胸は、これからの冒険への予感で、高鳴っていた。

 待っていて、お米の国。

 この「月待ち食堂」の店主が、貴国の食卓に革命を起こしに行きます!

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