小さな悪女の忠告
談話室には幾つか卓と長椅子があり、壁際にはぐるりと書架がある。
この部屋に有るのは、飲食をしながらでも気軽に読める書物が並んでいた。
希少本ではなく、物語や辞書や図鑑など。
さらりと目でなぞってから、フローレンスは長椅子に座る。
「カッツェお従兄様、ミカエルお兄様も一緒にお茶を頂いても宜しくて?」
「ああ、いいよ」
固辞する前に、フローレンスは自分の隣の座面を笑顔でぱむぱむと叩く。
ミカエルは苦笑してそこへと座った。
「優秀な騎士だと伺っています」
「そうで在れればと存じますので、これからも研鑽を積んで参ります」
傍らに座るフローレンスに優しい眼差しを注いで言う姿に、カッツェは静かに頷いた。
ディアドラの不興を買った、という事だけはシヴィアからの手紙で知っていたけれど、実際の細かい事情については分からない。
その手紙も祖父への近況報告であり、詳しい事情は書かれていなかった。
手紙という残る物にしたためたくは無かったのだろう。
「カッツェお従兄様は、お姉様がお好き?」
「……な、……いや、うん……好き、だが」
唐突に尋ねられて、カッツェは動揺して紅茶を零しそうになる。
けれど、大きな目を瞬いてからフローレンスはにっこり笑う。
「では、お祖母様の事はわたくしに任せて、お姉様を幸せにする事だけをお考え下さいませ」
「何をするつもりなんだい?あの人は危険だ。君の手に負えるような人じゃないだろう。危険な真似はよすんだ」
眉を顰めてカッツェは言う。
あどけない顔をしたフローレンスはまだ五歳だ。
突然何を言い出すのだろう、と訝し気に見ていると、フローレンスはふう、とため息を吐いた。
「お従兄様は甘いのですね」
「家族を心配するのが甘いというのならば、俺は甘くていい。君に何かあったら、シヴィアが悲しむだろう?」
カッツェの言葉に、フローレンスは少しだけ考えてから、紅茶を一口飲んだ。
「お言葉が過ぎました。でも、心配なさらずとも、わたくしはお祖母様に既に命を狙われておりますの。今更大人しくしたところで何も変わりませんわ。寧ろ、身を隠して逃げたところであの方は執拗にわたくしを追い詰めようとするでしょう。だったら、きちんと対処しないと」
「……だが」
「ええ、お姉様もきちんとお祖母様を捕らえるに足る証拠を探しておいでですけれど、わたくしは王宮で暮らして色々学ぶ中で思ったのです。正攻法ではどうにもならない悪もいるのだと」
色々な史実や物語を読んで、辿り着いた答えでもあるし、直感でもある。
もし、ディアドラの犯した今までの罪が正しく裁かれてきたのであれば、彼女はこの世にいないはずなのだ。
だが、その正義が為されていない。
これからも、為されるかどうかは分からない。
「だが、君だけが背負うべき物ではないだろう」
「ふふ。お優しいのですね?でも、そんな事を仰っているとお姉様を誰かに攫われてしまいましてよ?……お姉様は誰の元へも嫁ぐ気はないと仰せなの。分厚い氷の様な意思を溶かせる方が居れば良いのですけれど」
「それは……」
カッツェにとっては初耳だった。
確かに自分自身の血を憎み、祖母の行いを嫌ってはいたけれど。
だからといって、誰とも関わらない様に生きていくなんて事は、聞いていない。
昨年は、アルシェン王子と踊り、頬に口づけを受けていた。
その事に焦燥を抱いたカッツェは、衝動的にシヴィアの唇を奪うという最低な行為をしてしまったばかりだ。
なのに、そのどれもを、彼女は無にしてしまうのだろうか、と。
「よくよくお考えになって?わたくしはお姉様に幸せになって頂きたいの」
わたくしの獲物ですわ!




