流された悪女の痕跡
滞りなく旅も終わり、公爵家から迎えに来た騎士の一人が先触れの為に隊から離れて馬を駆る。
シヴィア達が館に着くと、使用人一同と当主のエルフィア、従兄のカッツェも出迎えてくれた。
「お祖父様、わざわざお出迎えされなくても……身体の方は大丈夫でございますか?」
馬車から降りて、シヴィアは心配そうに小走りで祖父に駆け寄った。
「ああ、最近は体力づくりの為に乗馬も再開したのだよ。カッツェに領地の案内と顔見せもしたくてな」
眼を細めて祖父がカッツェを見れば、カッツェも日焼けしていてまた少し背が伸びている様だ。
「お帰りシヴィ。……あと、フローレンスもいらっしゃい」
「お久しぶりでございます。お祖父様にカッツェお従兄様」
すっかり板についた淑女の礼に祖父は目を瞬いた。
「ふむ。美しい礼だ。努力をしたのだな、フローレンス。見違えたぞ」
努力を認めて目を和ませた祖父に、フローレンスは満面の笑みで応える。
「はい。お姉様と王妃様と王太子妃様と家庭教師のヴァレリー先生のおかげです」
感謝の言葉に、シヴィアも優しく微笑んでフローレンスの頭を撫でる。
「それだけではないわ、フロー。一番偉いのは教えを守って努力した貴女だもの。わたくしの自慢の妹よ」
「嬉しいです、お姉様」
ぎゅっと抱きつくフローレンスを笑顔で抱きとめるシヴィアに、祖父も微笑んで頷き、使用人達もほっこりと笑顔を浮かべたのである。
「談話室にお茶の用意が出来てございます。どうぞ」
執事の促す言葉に祖父が鷹揚に頷き、シヴィアとフローレンス、カッツェにミカエルが後に続く。
「お祖父様、少しだけ二人でお話をさせて頂いても?」
「ああ、ではカッツェ、フローレンスと談話室で先にお茶を頂きなさい」
「はい。お祖父様。行こうか、フローレンス」
「はい、カッツェお従兄様」
廊下を分かれて、祖父とシヴィアは執務室へと足を向ける。
執事が、その後ろに続きながら問いかけた。
「こちらへお茶をお持ち致しますか?」
「いえ、いいわ。すぐに談話室へ参りますから」
シヴィアが断ると、静かに頭を下げて、執事はそのまま廊下を通り過ぎていく。
執務室では、以前よりも健康的になった祖父とシヴィアは向かい合って座った。
「お手紙でもお知らせは致しましたが、フローレンスもお祖母様の不興を買ってしまい、命を狙われております」
「……あやつは……とことん腐りきった性根の女だな……血を引いた実の孫にまで容赦が無いとは」
深く眉間に皺を刻んで、祖父は額に手を当てて俯く。
「全ての元凶を作ってしまった私が一番愚かといえば、愚かだが……」
「いえ……お祖父様はその分苦しんで来られましたもの。これ以上ご自分を責めるのはお止めになられませ」
「……そうか……大事なのはこれから、お前達を守る事だな」
重々しく頷き、祖父は窓の外を見る。
外ではシヴィアとカッツェが何度も競走した林檎の木が枝を広げていた。
「王妃殿下と王太子妃殿下がフローレンス専属の騎士を付けてくださったので、談話室に戻りましたら紹介致します。彼も、祖母の被害者でございました。……両親と妹を馬車の事故で喪っております」
「……証拠は、出なかったか」
苦々しい顔で尋ねる祖父も、答えは半ば分かっているだろう。
シヴィアはこくりと頷いた。
「折悪しく雨が降り、全て洗い流されてしまったと」
「……そうか」
何と言葉を紡げば良いのか分からないというように、祖父はゆるゆると首を左右に振った。
ディアドラの悪辣さは、手に負えるものではない。
何故か、強運か偶然か、彼女を糾弾出来る証拠もないのだ。
シヴィアが得たのは、祖父の毒殺未遂の犯人達だけで、カッツェの両親やミカエルの両親の事故の謎はまだ解けない。
「この屋敷に居る限りは、騎士達にもお前達を守らせる。シヴィア、其方もアレに狙われてはいないとはいえ、自身の身も守るよう、配慮するのだぞ」
「はい、お祖父様。ご心配ありがとう存じます。……では、談話室に参りましょう」
「ああ」




