遠い世界の人々
ガタゴトと揺れる馬車の中、フローレンスは退屈そうにする訳でもなく、熱心に窓の外を見ている。
その様子にシヴィアの心は少しだけ慰められた。
時折、フローレンスが小さな指先を外に向けて嬉しそうに言う。
「ご覧になって、お姉様。馬が走っているわ」
「ええ、そうね。この辺りは質の良い牧草地が多いから畜産が盛んなのよ」
「だから、牛も沢山いるのですね」
ふんふんと頷いて、フローレンスは大きな目を瞬く。
思えば、フローレンスの長旅は初めてだと気が付いて、シヴィアは手を伸ばして小さな頭を撫でた。
「普段ならはしたないのだけれど、旅は長いから疲れたら眠って構いませんよ」
「嫌よ、お姉様。沢山お姉様とお話するの」
小さく頭を左右に振る妹を見て、シヴィアは目元を和ませて微笑む。
前の旅では、カッツェと祖父が一緒だった。
悪魔の様な祖母、ディアドラに毒を盛られていた祖父の寿命は短い。
これからどれくらい生きられるかも分からないのだ。
出来るだけ長生きをして貰いたい、とシヴィアは悲痛な顔をして考え込む。
学びたい事は日々、カッツェが教えを乞うているだろうけれど、問題は後継についてだ。
シヴィアを後継にと指名されているし、王家も認めるところである。
けれど、年齢が年齢だ。
祖母や父が実権を握ろうと手を伸ばして来るだろうし、領地の管理も一人では難しい。
カッツェに任せるとしても、きちんとした大人の代行人が必要である。
「どうしたの?お姉様、何処か痛いの?」
「いいえ、フロー。難しい事を考えていたのよ」
そう、と頷いてフローレンスはまた窓の外に視線を向ける。
察して邪魔をしない選択が出来る聡い子だ。
今やカッツェよりもフローレンスの身の方が危ない。
シヴィアは元より、カッツェもスペアとして使い道があると考えているだろう。
もし何かシヴィアに起こった時に、幼い内であれば自分達が実権を握れば良いと思っている筈だ。
その為に、彼を修道院に入れたと言ってあるのだから。
祖母はきっと、カッツェは無能だと思っているだろう。
傀儡として仕える内は、命までは狙ってこない。
けれど、フローレンスは。
今は教育も順調で、賢い立ち回りも出来るし、勉強だって努力をしている。
周囲の人々とも仲良く接する事が出来ていて、決して過ぎた我儘も言わない。
成長すれば、立派な淑女となるだろう。
けれど、祖母は、一度敵とみなした者に対して容赦がない。
使い道のないフローレンスは、祖母にとって格好の獲物なのだ。
血の繋がった孫だというのに。
周囲と同じで、自分と同じ色をしているかどうかも彼女にとっては重要なのだ。
皆が羨むような金の髪に青い眼の王族としても遜色のない色は、祖母にとって重要ではない。
黒髪に紫の瞳を持つ自分と、彼女の愛息子でありシヴィアの父でもあるディーン。
そしてシヴィアだけが、彼女の認める身内なのだ。
祖母にとって、シヴィアだけが恩恵を齎す存在だと認識しているからこそ、フローレンスを守る事が出来る。
そうでなければ、彼女の陰謀に欠かせない馬車の旅など恐ろしくて出来ない。
毒も事故も、シヴィアを巻き込む事だけは出来ないから、控えているのだ。
孤軍奮闘していた祖父と違い、今は王族という庇護者がいる。
彼らを盾に出来ている間に、自分でも何もかも出来るように準備を整えなくてはいけないのだ。
フローレンスも、何があっても生き延びられるように育てなくてはいけない。
「フロー。領主館の近くの村はネセル村というの。村には同じ位の年齢の子供達がいるから、仲良くするのですよ」
「はい、お姉様。村人という者に会うのは初めてです」
「ふふ、そうね」
貴族の邸宅や王族の住まう城で暮らしてきたフローレンスにとっては、村人の方が縁遠い存在なのだ。
子供達が読む絵本の中の王子様の様に。




