祖母への挨拶と新たな企みの芽
「それではお祖母様、行って参ります」
優雅なシヴィアの挨拶を受けて、ディアドラは鷹揚に頷いた。
今日はシヴィアの後ろにも、あの忌々しいフローレンスはいない。
ディアドラが目で探したのを察して、シヴィアが静かに伝える。
「フローレンスは少し体調を崩しておりまして、馬車で休ませておりますの」
「そう……あの娘も手がかかる事。いっそ置いていくのがいいのではないかしら?」
あれだけの事をしておきながら、まだ何とか手元に引き戻そうとするディアドラの悪意にシヴィアは頭を横に振る。
もしも、そんな事を許せば、フローレンスはシヴィアの居ない間に殺されるだけだ。
「いいえ。領地であの子にも学ばせたい事がございますの。領民達の生活を見せて、どれだけ自分が恵まれた環境に居るか、という事も教えねばなりませんから」
贅沢や散財が好きなディアドラにしてみれば、興味のない世界である。
すう、とその目からは光が消え、獲物から逸らされた。
領民の生活など心底どうでもよく、税収さえ上がれば満足、そういう人間なのだ。
領地について学んだことも無ければ、足を踏み入れる事すら厭う。
だからこそ、力のないカッツェやフローレンスの逃げ場所として最適なのだ。
それをよく分かっていたシヴィアは、興味を失くさせる方へと話を誘導した。
ディアドラが華やかな王都から離れて、公爵領へ行く気など間違っても起こさぬように。
「そうね。あの子はきちんと学ばないと」
「ええ。わたくしもきちんと面倒を看ます」
「貴女は自分の事を第一になさい。あの子の世話にかまけてはなりませんよ」
ゆっくりと、冷たい笑みを浮かべる祖母に、シヴィアは膝を折って応えた。
「自分を磨くことも怠りませんので、ご安心くださいませ」
今度こそ満足げに微笑んだディアドラは、優し気に声をかける。
「期待していますよ、シヴィア」
「お任せくださいませ、お祖母様」
言葉の上だけでも安心させ、未来の謀略を悟らせてはいけない。
カッツェもフローレンスもシヴィアにとっては大事な従兄と妹なのだから。
「失礼いたします」
美しい淑女の礼を執って、シヴィアは絡みつく視線から逃れるように部屋を出る。
これから数か月は安全だ。
その間に出来るだけ学び、より安心して過ごせるような体制を整えなくてはいけない。
いつまでも王家にばかり頼っていては、公爵家の後継としての威信に係る。
周囲に侮られては、女公爵として認めて貰えない。
カッツェにその座を譲るまでは、誰にも文句を言わせないようにシヴィアが守らなくてはならないのだ。
シヴィアが屋敷の者達との挨拶や指示を終え、馬車に向かおうとしたその時、遠慮がちに家令のカルシファーに呼び止められた。
「お嬢様、お耳に入れたい事がございます」
その横には王宮から借り受けた使用人のイザベラも眉を顰めて立っている。
人目を避けてこの二人が揃っているという事は、ディアドラの事だと確信しながらシヴィアは頷く。
「ディアドラ様からご実家の男爵家から紹介された小間使いを一人雇い入れるよう言いつかりました」
「そう。何かを企んでいるのでしょうね……」
シヴィアの手が入り、ハミルトン公爵家の使用人達は一新された。
主にディアドラの周囲の使用人が。
ディアドラがそれを受け入れたのは、優秀なシヴィアの心が離れるのを嫌ったからである。
溝を作るよりは、とシヴィアの好きなようにさせたに過ぎない。
イザベラは気が回るし、ディアドラの癇癪にも落ち着いて対応できる優秀な侍女だ。
王家の息のかかった人間だとしても、使い勝手の良い道具として側に置いても良いと考えているのだろう。
けれど、悪巧みには使えない。
男爵家の伝手を頼ったという事は、そういう事だろう。
「雇い入れる頃には新たに専属の監視を配置する予定ですが、一応お嬢様のお耳にも入れたく存じまして」
イザベラがカルシファーの後に、そう繋げる。
きちんと対応策まで考えてくれたことに感謝しながら、シヴィアは頷いた。
「ええ。有難う。よろしくお願いね。わたくし達も気を付けます」
安全な場所に行くからといって、終始安全だとは限らない。
ディアドラが来ないだけで、他の者を寄越す事はあり得るのだ、とシヴィアは心を引き締めた。
今、フローレンスには専属の騎士がいるとはいえ、自分の考えの甘さに少しだけ焦燥を感じる。
「何か変わった事があったら、知らせて頂戴ね」
「は。気を付けて行っていらっしゃいませ」
カルシファーとイザベラのお辞儀を受けて、シヴィアは改めて馬車へと向かった。




