脅える母の処遇
部屋に入ると、リアーヌは悄然とした顔で、ベッドに腰かけていた。
顔は蒼白く、髪も先程起きたばかりなのか、手入れもされていない。
「お母様、お加減は如何ですか」
「……血は止まったけれど、痛むわ……」
フローレンスの酷い怪我を見て、一瞬息を呑んだが、苦々しい顔で見つめるだけだ。
昔なら、半狂乱になって騒いだはずなのに、とシヴィアは眉を顰める。
「フローレンスが無作法を働いた件をお祖母様に謝罪し、お祖母様からもフローレンスに酷い怪我を負わせた謝罪を受け取って参りました」
「……そう」
それだけ、ぽつりと言って、もうフローレンスを見ようともしないリアーヌを見て、シヴィアはため息を吐いた。
今まで、シヴィアを無視してまで可愛がってきたのに、である。
「フローレンスをお部屋に連れて行って。わたくしはお母様とお話してから行くわ。決して護衛と侍女を傍から離さないように。それから何も口に入れてはいけないわ、フローレンス。貴女の持って行きたい物を荷物にいれるのですよ」
「……はい、お姉様」
シヴィアが優しい言葉で指示をして、フローレンスの頭を撫でて振り返るその瞬間、見守っていたリアーヌの目に映ったのは、憎しみを込めて睨むフローレンスだった。
「っひ……!」
ガタガタと震えるリアーヌを見て、シヴィアは怪訝な顔を浮かべる。
「どうなさったの、お母様?」
「……近づけないで、もう、あの子をわたくしに近づけないで欲しいの。わたくし、殺されてしまう」
何を言っているのだろう、とシヴィアは眉を顰める。
怪我をしたフローレンスを見て、罪悪感すら湧かないのだろうかと疑問に思ったけれど、それ以上に母の脅え方は異常だった。
「フローレンスの事ですか?あんなに可愛がっていたのに何故」
「色に紛れて気づかなかったのです…!ああ、なんてこと。わたくしは、悪魔を産んでしまったのだわ」
「何を仰っているの、フローレンスは悪魔ではありません」
確かにその素養はある。
それはシヴィアにも同じ事。
だが、取り乱した母は髪が乱れるのも構わず、首を激しく横に振っている。
「あの悪魔にそっくりの、酷く恐ろしい目でわたくしを見て、癇癪を起こすの。あの子が暴力を振るったのは一度だけじゃないのよ!本もぶつけられたし、足も蹴られたの……」
まさか、とは思うが目の前のリアーヌが嘘をつくとは思えない。
錯乱している可能性もあるが、全てを否定する事はシヴィアにも出来ないのだ。
「分かりました、お母様。わたくしとフローレンスは本日から王城で暮らす事になりましたので、ご安心ください。とはいえ、お祖母様にまた鞭打たれるのもお辛いでしょう」
びくりと身体を跳ねさせて、リアーヌは何度も頷く。
自分で自分を抱きしめるように守る姿は、まるで母と言うより小さな子供にも見えた。
「わたくし達が越してきて、伯爵家の邸宅はそのままになっております。わたくし達が減る分、使用人も何人かそちらに回せるので、お母様も伯爵家の邸宅へお越しなされませ」
「……いいの……?」
涙を浮かべて震える姿に、シヴィアは頷いた。
「お一人が寂しければご実家の縁者を呼んでも構いませんが、誰かを住まわせることはご遠慮くださいね。門番も雇いますから、わたくしとお母様の許可した人間以外は全て、手紙も通さぬよう指示いたします。どうぞ安心してお過ごしください」
「ごめんなさい、シヴィア……ありがとう……ありがとう……」
ぽろぽろと涙を流す母親は弱り切っている。
もう少し見過ごしていたら、心を病んでいたかもしれない。
元々弱い人なのだろう。
優しく肩を撫でてから、シヴィアは新しい指示を与える為にカルシファーの元へと歩き出した。
母退場です。伯爵邸で静かに暮らします。シヴィアも作者も母がこんなに弱いとは思わず…もうちょっとで病むところでした。今後はほぼ出てこないと思います。シヴィアが守っているので、婆も呼び出せないし父のディーンも連れ出して何かあったらシヴィアが怖いので、時々様子を見に行くくらいです。




