悪夢の種を蒔いたのは
小さな子供への暴力表現がありますので、ご注意下さい。
コーブス伯爵家のお茶会から戻ってきたのは、倒れた嫁と怒れる孫娘だった。
呆れた、と無様な姿を見てディアドラはため息を吐く。
娘の躾一つ出来ないリアーヌも、その躾の行き届いていない母親似のフローレンスも。
どちらも目障りで仕方がなかった。
今日、シヴィアは不在だ。
王子殿下のご学友として、毎日城へと勉強に通っているので、今日も同じ用事かと思っていた。
だが、午後になって知らされたのは、大事な国の用件でアルシェンと共に高貴な来賓のお相手をするという事。
公爵邸には数日戻らないという報せだった。
晴れがましい気持ちでディアドラはうきうきと心を弾ませていたというのに。
何と言う失態かしら!
家に届けられた時に、同行した使用人を呼びつけて話を聞く。
「は……?主催したコーブス伯爵令嬢の娘にフローレンスが暴力を!?」
わなわなと身体が震え、足がふらついたディアドラは、近くの家具に手をついて身体を支えた。
「連れてきなさい。今すぐ此処へ!」
まるで過去から悪夢が甦ってきたようで、ディアドラは怒りと不安と焦燥が体の奥からどろどろと湧き出てくるようだった。
連れて来られたフローレンスは、憎たらしい位に不貞腐れている。
見た目の色はあの出来損ないの嫁に似ているのに、中身は。
「何故、暴力など振るったのです!」
「うちでお茶会を開いて王子殿下に参加してもらうって言ったら、出来る訳ないって言われたの!」
出来る訳ない、と言われたのはそれを、フローレンスが言ったからだろう。
公爵位を継ぎ、王子と親しい間柄のシヴィアが言えば、そんな事で否定されはしない。
「それは、お前の力ではないでしょう!!優秀な姉が居てこそなのがわからないのですか!」
思わずディアドラは怒り任せにフローレンスの頬を扇で叩いた。
痛みに、フローレンスが泣き出す。
「痛い!お祖母様が叩いた!」
「当たり前でしょう!せっかく!上手くいくところなのに!姉の足を引っ張るなんて!この疫病神!」
手を止めることなく、泣きわめくフローレンスの頬を何度も扇で容赦なく叩く。
「うあああん、おっ、お祖母様だってっ……暴力を振るっているじゃないっ……!」
泣きながら正論を言われて、更にディアドラは手に力を籠める。
「いいえ、これは躾です!お前とは違うの!違う!違う!」
まるで過去の自分を消したいかのように、腕を振り上げて力いっぱい振り下ろす。
「……男爵令嬢の、くせにっ」
突然言われた言葉に、ディアドラは呆然と手を止めた。
「な、んですって……」
過去の事は祖父の世代、親の世代では有名かもしれない。
でももう、20年以上公爵夫人として生きて来たのに。
「あの嫌な子が言ってたもん。ディアドラは男爵令嬢で悪魔だって!」
赤く頬を腫らして泣きながらも、かつての自分の様に睨み付けてくるフローレンスを見て、ディアドラはへなりと椅子に崩れ落ちた。
「連れて行きなさい、この子を、あの部屋に閉じ込めて……!」
あの部屋、というのはフローレンスには分からなかったが、執事のカルシファーが、フローレンスを連れて階下へと降りていく。
使用人達の働く階下のもう一つ下に、石畳の冷たい部屋があった。
粗末な木の扉を開けて、その中にフローレンスはカルシファーの腕から下ろされた。
木の扉には鉄格子が嵌っていて、部屋には汚い便器と、粗末なベッドしかない。
それを見て、ヒッとフローレンスは悲鳴を上げた。
ドアをどんどん叩いても何の返事も無い。
「出して!ここから出して!」
泣いても叫んでも、誰も来ない。
打たれた時は、怒りに目の前が真っ赤に染まり、絶対にディアドラを許さない!と思っていた。
でも冷たい石壁に囲まれた牢獄に押し込まれて、身体の芯から冷えていく。
気持ち悪い。
冷たい。
寒い。
汚い。
早く出たい。
殺してやる。
怒りと恐怖に苛まれながら、フローレンスが幾ら泣いても叫んでも、誰も来なかった。
大晦日にこのお話いれる形にしたくなかったので、更新回数増やしました。
夜にも更新します。




