初恋
「本当に、用意のいいこと」
お針子に囲まれながら、ほんの少しだけシヴィアは眉を顰めた。
いままさに、水色の生地に金の縫い取りの散らされたドレスを、シヴィアの身体にぴったり合わせるために王都から連れて来られたお針子達が一生懸命に仕上げている。
流石にアルシェンの色を纏わせられれば、彼の考えも透けて見えた。
愛や恋ではない、と思う。
防波堤なのか政略なのかは分からないが、今はどちらも答える訳にはいかないのを分かっている筈なのに。
そう思って、シヴィアはため息を零す。
もし、無事に公爵位を譲り渡した後でなら、その位の恩返しはする予定はあるのだが。
出来ればそれまでに、アルシェンにもカッツェにも良い縁が見つかって欲しいとシヴィアは切実に願っていた。
晩餐会という名の夜会が始まると、近隣の領主が美しい夫人や令嬢を伴って王子への贈り物を持ってレミントン公爵の屋敷に詰め掛けた。
交流を持とうとしていたのを、のらりくらりと躱していた高位貴族達も、招待されていないのに押しかける始末である。
貴族って本当に。
出番を控えながら、傍らに立つ貴公子然としたアルシェン王子を見上げる。
二年前は7歳と5歳でそこまでの差が無かった身長も、9歳と7歳になると少し見上げる形になっていた。
思えば、そんな不義理で浮ついて打算的な貴族との付き合いに、生まれ落ちた瞬間からアルシェンは付き合わされ続けているのだ。
王子という名の役目を負ったアルシェンもまた、窮屈で大変なのかもしれないとシヴィアは同情する。
「どうした?私に見惚れたりして」
「自惚れ屋さんは、嫌われましてよ」
辛辣な答えに、愉しそうな笑みを浮かべて、アルシェンが腕を差し出す。
シヴィアも笑みを浮かべて、その腕に手を置いた。
王子の登場に、会場は一瞬の間を置いて沸き上がった。
まさか、公女と共に出てくると思わなかったのだろう。
「皆の者、歓待に感謝する。今宵は共に楽しもう」
王子の言葉を受けて、あちらこちらで乾杯が始まり、音楽が流れ始める。
恭しく、アルシェンが手を差し出して見つめた。
「シヴィ、君と踊る栄誉を」
「殿下、はい、喜んで」
完璧な美しい所作で、美しい容姿の二人が踊り始めるのを、ただただ人々は驚きを持って見つめた。
ディアドラという酷い女性の幻想を思い浮かべていた貴族達が、思わず姿勢を正す。
権力を笠に着て王子と共に出て来たのかと思えば、王子が親しく愛称で呼びかけたのだ。
踊り始めれば、やはり美しく模範的に二人は見事な踊りを見せる。
いずれ公爵位を継いで女公となる美しい少女を、令息達は熱心に見つめた。
王子が気に入っているとはいえ、妻には出来ない女性だと知って、少女達も憧れと安心を持って二人を見つめる。
そして、次に王子と踊るのは自分かもしれないと小さな胸を浮き立たせた。
食い入るように見つめるカッツェを、エルフィアは静かに宥めた。
「お前が成長すれば、公爵位を与える事になっているのは承知しておるな?そうなれば、シヴィアを娶る事もまた可能だ。従兄妹の間での婚姻は認められている。国王陛下にも奏上してある。お前とシヴィアが望むなら、な」
祖父の言葉を聞いて、目の前で美しく微笑み合って手を取り合い踊るアルシェンとシヴィアを見て、漸くカッツェは自分の中の望みに気が付いた。
アルシェンが仕えるべき主なのは確かだが、シヴィアは姉でも妹でもないのだと。




