閑話11 取沙汰
【ダリル・マクラレン視点】
「旦那様、そろそろご休憩されてはいかがですか?じきにお二方もいらっしゃいますし……」
メイドにそう提案されるのは、手元に置いてある書類仕事が全く進んでいないからだろう。
「はぁ…………」
娘に泣かれてからというもの、どうにも仕事に手が付かなくなっていた。
大事な一人娘のために、私は各入試科目のエリート家庭教師を雇った。
中等学校主催の直前模試では、リリエラが総合得点で50点以上離す結果に、家族で喜んだ。
また戦闘実技の科目のため、高い金を払って雷魔法の権威とAランク冒険者を雇ったのだ。
流石にAランクを倒せるほどとまではいかなくとも、同期と比べれば飛び抜けた強さを誇っているはずだ。
それなのに帰ってきて早々、
「2位でした。私……悔しくて……」
と聞いたときは何かの間違いかと思った。
初めて見た娘の泣き腫らした顔が、頭からこびりついて離れない。
私は手につかない仕事をやめ、遭う予定だった二人を待つことにした。
「これはこれはマクラレン侯爵様。ご無沙汰しております。こちら、ご査収ください」
「マクラレン侯爵様にはいつもお世話になっております。こちら、日々のお礼に御座います」
そう言って包みを寄越してくる。
オルドリッジ伯爵とゼラ男爵が来るといつもこうだ。
確かに我が商家はいつもオルドリッジ侯爵とゼラ男爵と取引しているが、それは商売での話だ。
私は賄賂みたいだからやめてくれと一度言ったのだが、それでも頑なにやめようとせず包んでくるものだからもう諦めた。
「実はこの間、愛娘に初めて泣かれてしまってな……」
酒の席で気分がよくなった私は、つい二人に話してしまった。
しかし、二人とも同い年の娘がいて、両令嬢ともリリエラとは仲良くしてもらっているのだから、相談相手としては適任だとも思っていた。
「聖女学園の入試のことは知っているだろうか?」
「え、ええ。リリエラ嬢も大層ご活躍されておられたとか!」
「我が娘からも、そのことが話題になっていると聞きました。……ここだけの話なのですが……なんでも、一位のシュライヒ侯爵令嬢は学園長に賄賂を使って満点と不正させたと専らの噂でしてな……」
「なんだとっ!?」
ひそひそとオルドリッジ伯爵が話すのに、私だけが大きな声を荒げてしまった。
「ワタクシも聞きましたよ。どうやらあの小娘……無礼にも大聖女さまの弟子を偽り、あろうことか王女様にしっぽを振って副会長にしてもらったと言うではありませんか!?」
「ぬ、ぬぬぬぬぬ……!」
だんだんと血がのぼってゆくのが自分でもよくわかる。
マーク・シュライヒ侯爵とは学生の頃からのライバルだった。
社交界に出始めてから私はよく同い年のあの男と比べられることが多く、心底うんざりしていた。
商才については私の方が上だったようだが、頭の良さはほぼ互角で、戦闘能力に関してはあいつに勝てたことはなかった。
それが、最近になって私の知らぬ間に不穏な動きが多くなった。
このタイミングで私の娘と同い年の令嬢を養子に迎えるなど、まるで私にケンカを売っているようにしか見えなかった。
競っていた当時からあんなお人好しとは気が合わないと思っていたが、まさか裏でこんなに悪いことをしていたとは……。
「娘の外堀を埋めるためならまだしも、私の愛娘をダシに使うとは……おのれあの茶畑貴族の分際で……許せんぞ!!」
バン!と机を叩く。
おのれ……コケにしてくれる……。
「し、しかし……私では女学園には入れんし……どうしたものか」
あそこは男子禁制の花園。
たとえ親だろうと、あの場所に入るには理由がいる。
「そんな時こそ、我々の出番ではございませんか!」
「君たちが……?」
優雅にワインを口にしたゼラ男爵は続きを話す。
「私たちはともに同い年の聖女院に通う娘を持つもの同士。傷心のリリエラ嬢のフォローも、嘘つきシュライヒ侯爵令嬢の、すべてわたくしたちの娘におまかせを」
「フフフ……必ずやあの女狐の尻尾をつかませておきますから。マクラレン侯爵様は大船に乗った気持ちで堂々と構えておられればよいのですよ……」
確かに、悲しんでいたリリエラのことも仲良くしてもらっている二人の令嬢になら、なんとかしてもらえるかもしれない……。
「なんだか今宵の君たちは……とても頼りになるな」
酔っているからそう思うだけだろうか?
いや、そんなことはないと思う。
「フフフ、今後ともご贔屓に。よろしくお願いしますね」
普段から出世欲が見え透いているような二人だったが、この時ばかりはこの二人がいて良かったと思った。




