第313話 足跡
それはある日のこと。
臨時講師と生徒の二足の草鞋が板についてきた頃、三年生の先輩方からある噂話が流れてきた。
「シエラせんせ、なんか変な噂流れてるけど、だいじょぶ?」
「変な噂、ですか?」
「うん。なんでもシエラせんせが犯罪者だって一年生の間で噂になってるみたいだよ」
「まさかっ……!先生、お好みのロリショタに手を……」
「出してませんから!」
確かに授業でもよくかわいいものや小人族の魅力について雑談を挟むことはあるけど……。
僕、小さい子に関連することにどれだけ信用ないんだ……?
そんなよく分からぬ噂が広まりはじめてから数日たった。
「シエラ様、お耳にいれておきたいことが」
放課後、聖徒会室にやってきた忍ちゃんが僕に話しかけてきた。
「そう言って私の耳に吹き掛けるつもりじゃないでしょうね……?」
「……チッ」
舌打ちしたよ、この子……。
耳は弱いんだから本当に勘弁してほしい。
「普通に聞きますから」
「しかし……シエラ様、あまり他の方々に伝えるような内容では……」
神流ちゃんまでそう言ったとき、涼花会長が僕に聞こえるかのようにため息をついた。
「どうせ、あの噂だろう?」
「あの噂……?」
「『シュライヒ侯爵令嬢が、シュライヒ侯爵家を乗っ取ろうとしている』」
「えっ……?」
「『そしてシュライヒ侯爵令嬢は大聖女様から教わった武力を用いて聖女学園を乗っ取ろうとしている』」
な、何それ……?
「やはり、シエラ君には伝わっていないみたいだな……。正直、こんな噂は反応する必要もないと思っていたのだが……」
「実はその件で、一年Sクラスが先生と揉めたらしいのです」
「揉めた?」
「揉……」
「いや、今はそういうのいいから」
忍ちゃん、せめてタイミングを考えて欲しい。
「主に一年生から流行っている噂の真相をSクラスの子が先生に聞き出そうとしたのです。先生が激怒したのですが、あやふやな回答のまま叱りつけたものですから、今度は先生が買収されているのではないかと疑うようになってしまって……」
買収したというのはあながち間違いでもないんだよな……。
先生方には僕の身分を明かしているから、叱るのは分かるし、僕がシエラである限りその理由を答えられないのも分かる。
シエラとして聖女学園に通っている時点でかなり特殊なことを認めてもらっているのだから、これ以上を求めるのはおかしいよね。
「だが、犯人は分かりやすい足跡を残していったことだけは分かるね」
「確かに一年生で流行っているということは、起源が一年生であることは分かりますが」
去年の聖女祭にでシュライヒ家は僕に会いに来ているし、僕のことを少しでも知っている人なら、僕とシュライヒ家が仲が良いくらいは知っているはずだ。
だからそういう意味でも、噂の広め主は一年生である可能性が高い。
「そうじゃない。噂の言葉をよく思い出してもらえれば分かるさ」
『シュライヒ侯爵令嬢が、シュライヒ侯爵家を乗っ取ろうとしている』
『シュライヒ侯爵令嬢は大聖女様から教わった武力を用いて聖女学園を乗っ取ろうとしている』
「『シエラ様』でも『シエラ聖徒会副会長』でも『シエラ先生』でもなく、『シュライヒ侯爵令嬢』なのですね」
「あっ……!」
リリエラさんが先に気付いた。
わざわざ学園での通り名で呼ばず、シュライヒ侯爵令嬢と言っているのに理由がないわけがない。
「まさか犯人は、一年生の貴族出身の子……ですか?」




