第307話 教鞭
「シエラさん、どこへ行くのですか?」
教室を出ると、リリエラさんに呼び止められる。
「次の授業の教室はそちらではありませんよ?」
「ええと、その……」
学生の身分で「今から教師」だなんて言ったら、妄言としか思われないだろう。
「ちょっと先生に呼ばれておりまして……」
つまり、捕まってしまった時点で、「サボる」か「先生に呼ばれている」くらいしか残りの道が思い付かなかった。
「では、私も一緒に行きますわ。終わるのを待っておりますから」
僕の怪訝そうな挙動を見悟ったのか、僕についてこようとする。
「ええと、授業に遅れてしまいますから……」
「それなら、授業に間に合う昼休みに行けばよいのでは?」
「う……。い、急ぎの件ですので……」
「なら、尚更ご一緒いたしますわ。どなたかご存じありませんが、大切な生徒の授業の時間を削る先生には、私から文句を垂れてやりますわ!」
風紀委員長がグレていいの……?
リリエラさんが事前に知っていたら、臨時教師の件、断ることも出来たのかな……?
いや、そうだとしてももう決まっていることだし、何より三年生の先輩方に迷惑がかかる。
「ごめん、セフィー。説明しておいてもらえる?」
「はい!リリエラ様、ほら授業が始まってしまいますから早く早く!」
「ちょっ、ちょっとセフィー!シエラさんは……」
「いいですから、行きますよ!」
セフィー達に強引につれていって貰い、事なきを得る。
確かに講師をする都合上しかたのないことだけれど、授業をサボってしまうことになるのは正直後ろめたいところがある。
僕をいじめから一時的に助けてくれた授業という概念を、僕は一種の親のように感じていた。
それに背を向けるようなことを、僕はあまりしたくはなかった。
「うん、しょうがないよね……」
僕が受けたい英語、数学、聖女史の3つの授業とは被らないように時間割を組んでくれたのだ。
これ以上を望むというのは、贅沢なことだ。
納得のいっていないことに無理やり決着をつけて、僕は三年生の教室に向かった。
Sクラスの教室に入ると、独特の爽やかな花の香りやせっけんの香りがする。
あまり意識しないようにしていたけれど、ここは女学園。
男子校でもある程度身だしなみ、とくに汗のにおいには気を遣うが、その比ではない。
男子なんて、Tシャツの中に雑に制汗スプレーをブシュッとかける程度の気の遣い方だもんね……。
だからここは教室によって独特の香りがする。
これだけその香りが強いということは、ひとつ前の授業は戦闘実技だったのだろうか。
いや、今は雑念を捨てておかなきゃ……。
「可愛い子ね。あれが噂のシエラ副会長?」
「金髪美少女……ごくり」
「静粛に!今から魔法学の授業を始めるが、大聖女様によって間違った学園の授業を正すべく、三年生のカリキュラムが大幅に変わった。だが三年生の『魔法学』の講義内容は教師陣にも内容を理解している人材がいない。そこで臨時講師として、弟子であるシエラ・シュライヒ副会長に授業をお願いすることになった」
ミカエラ先生の言葉に、ざわざわとしだす先輩達。
それもそのはず。
授業を後輩に教わるなんて、前代未聞だろう。
「二年Sクラス、シエラ・シュライヒと申します。教鞭を取るのは初めてですので至らぬ点があるかと思いますが、遠慮なく申してください。よろしくお願い致します」
「彼女はこと戦闘実技、魔法学、クラフト学に関してはソラ様に並ぶスペシャリストだ。その上特待生試験として二年生の中間試験、期末試験を受け前年度の2年生トップの成績でクリアしている実力者だ。下学年の生徒だからといって甘く見ていると足元を救われるぞ。特段騒ぎ立てることはせず、聖女学園の三年生の淑女として、ふさわしい行動を取りなさい」
そのことばに、みんなの顔つきが変わった。
流石は三年の先輩方だ。
就職を控えている彼女達は、既に淑女としての所作が出来ているようだった。
「では、授業を始めます」




