閑話81 シル君
【シルク視点】
「ようこそお越しくださいました。シェリル様、セラフィ―様」
「もう、堅苦しすぎよ、シルク君。私のことは気軽にシェリーお義姉ちゃんと呼んで」
「私はセフィーお義姉ちゃんだよ」
お二人が聖女院にいらしたのは、ほかでもない私に挨拶するためだ。
「では、シェリーお義姉様、セフィーお義姉様」
「ふふ、嬉しいわ」
「では、お茶をお持ちします」
「シルク様」
執事のセバス様が私を制止する。
「本日いらしたのはシルク様のためです。にもかかわらずシルク様が給仕をしては、どなたがシェリル様とセラフィー様のお話を聞くのですか?」
「しかし、仕事を途中で放りだすわけには……」
「シルク様。あなた様はここ聖女院の執事でもございますが、それ以前にソラ様のご子息であらせられます。聖女様のご家族は本来、シェリル様やセラフィー様がされているように、ここで給仕をされる側に立つということを覚えておいてください」
セバス様が私を突き放すような言葉をおっしゃる。
私などいなくとも、聖女院は回る。
私は所詮誰の特別にもなれない、未熟者だ。
「それにしても、こんなにも早く弟ができるなんて思っていませんでした」
「ね。このペースじゃあソラ様は今から子だくさんになっちゃう」
「ふふ、セフィーも面白いことを言うのね」
今のは遠回しに、「もうこれ以上ソラ様の子供はいらない」と言われたのだろうか?
崇高なるソラ様のご息女様方が、まさか「弟の顔を見たいから」という理由だけでわざわざ聖女院まで来たわけではないだろう。
「……ふふふ」
シェリーお義姉様は終始にこにことこちらを見つめている。
なるほど、今日来た真の目的は私の値踏みと牽制か。
私の一挙手一投足を見てどの程度の存在なのか判断しているのだろう。
お二方は元貴族でもあるうえ、現在は大聖女様のご息女。
以前よりも高くなった地位に貴族的に動くというのは何ら不思議ではない。
廃れたオルドリッジ家に拾われる前にも貴族に仕えていたが、彼らもやっていることはほとんど変わらない。
使用人やほかの貴族の娘息子を自分の都合のいい駒として動かすために、今のうちからよく観察して隙を伺っているのだろう。
私は貴族教育というものは受けていないが、きっとそれが貴族の世界のルールみたいなものなのかもしれない。
先ほどの言動で「義姉」という立場を再認識させ、どちらが上かをわからせておられたのも、きっとそういうことだ。
「ねえシェリー、ちょっと気持ち悪いよ」
「えっ……?」
私が気持ち悪いときた。
目の前で気持ち悪いと罵倒されるのは珍しいことではない。
手が出ないだけマシだ。
「……そんなに顔に出ていた?」
「シェリー、今いつもの変な顔してたもの」
私のことではなかったらしい。
「それでは、私がいつも変な顔しているみたいじゃない。シルク君の前で、私が変な子みたいな先入観を植え付けようとしないで」
「実際、変な子じゃない……」
「ほら、私たちがうるさくしていたらシルク君がしゃべってくれないじゃないの」
シェリーお義姉様は私に面と向かうと、こう切り出した。
「ねえシルク君、私たちせっかく一緒の家族になれたのだもの。お義母様はお忙しいけれど、お義母様が会えなかったとしても、私たちはたまにはこうして顔を合わせない?」
「それはいいね」
つまりは私を掌握し、定期的に私を使って何かをさせたいということだろう。
「それがお二方のお望みでしたら」
「シルク君」
急に頬を両手で包まれ、席を立ったシェリーお義姉様の顔がこちらに向かってきた。
「自分の意見を持たないことは、ダメなことよ」
「えっ……?」
私は、お二人の木偶人形ではないのだろうか?
「やりたくないことなら、絶対にノーと言えるようにならないとダメよ。あなたが操られてしまえば、それを人質にされお義母様の弱みになりかねないわ」
「そこまで考えが至らず、申し訳ございませんでした」
「いい?私達のいうことなんて聞かなくていいから、シルク君が、シルク君だけで考えた意見を聞かせてくれる?」
間違っていれば、怒る。
きちんと私に意見を聞いてくれる。
その姿を見て、私は私の執事になる願いを聞いてくださったソラ様が重なった。
この人たちは、あの人達とは違う。
「私達、そんなに怖かったかしら……?」
「そうだ!シルク君も、何か愛称みたいなのをつければいいんじゃない?」
「それはいいアイデアね!そうね……シル君というのはどう?」
「シェリーのが気に入らなければ、みんなで別のを考えよう」
「早速、あなたの意見をきかせて」
私は、まだまだ未熟者だ。
だが、こんな私でも意見を述べていいのだという。
「私は……シル君がいいです」
この日、私は本当の意味で家族の温かさというものに初めて触れたのだった。




