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男の大聖女さま!?  作者: たなか
第38章 右往左往
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第296話 虚弱

 狐獣人の子からネル様と呼ばれたその人は、氷の精霊のようだった。


「はぁっ、はぁっ……」


 汗なのか水なのか境目が分かりづらいけど、氷が固形を保てておらずに溶けていた。

 氷の精霊が溶け切ることは、死を意味する。

 エルーちゃんの水魔法で作った氷をベッドのあちこちに置いていたが、それもあまり効果がないらしい。


「エルーちゃん」

「申し訳ございません。シエラ様からお預かりしていた『(カン)グラス』を付けてみたのですが、一向に病が見えなくて……」


 僕も『患グラス』を着けて診てみるが、呪いの類いも病気の類いも見当たらない。

 状態についていえば、至って正常と出てしまっている。


 本来なら病を可視化できるこの世界の方がおかしいのだけれど、いや逆にこの世界だからこそ、あきらかに身体に異常があるのに異常と診断されないことこそ恐ろしいことになってしまう。


「……」

「ハナのせいなのです……!ネル様のお加減が悪いことに気付かなかったハナのせいなのです……」

「落ち着いて、大丈夫ですから。ひとまず、状況を教えてください」


 ハナと名乗る狐獣人の子がこの寮にネルさんを連れてきたときには既に憔悴していたという。

 ミア様が学校に先生を探しに行ってくれたらしく、一番最初にマリちゃん先生を見つけ事情を話し、その後マリちゃん先生を抱えてアニス先生を探しに行ったらしい。

 マリちゃん先生を連れてくる必要、あったのだろうか……?

 まあいいか。


 『患グラス』の故障とは考えにくい。

 僕はこれまで使ってきたアイテムのことは信じている。


「ちょっとごめんね」


 だから、反証を引きずり出すために僕はリッチのドロップ品、『魔水晶』を厚めのタオルにくるんだまま取り出した。

 僕が直に触れなければ、魔水晶も反応しない。


 そしてネルさんのまだ氷を保てている部分に魔水晶を触れさせる。


 名前:ネル・グレース

 種族:精霊族 性別:女

 ジョブ:グレース公爵令嬢 LV.12/100


 体力:30/65 魔力:5/80

 攻撃:20

 防御:35

 知力:109

 魔防:125

 器用:72

 俊敏:24


 スキル

  水属性魔法[中]、無属性魔法[初]


 そこで僕が気付いたのは、魔力がほとんど残っていないこと、そして魔力が5から4に触れ、また5に戻るといったような不可解な動き。


 5と4を行ったり来たりしているうちに、やがて5だった魔力は4になっていた。


「そういうことか……」


 僕は秘薬を取り出して飲んでもらおうとしたのだが、ネルさんはほぼ氷が溶けてきており口もどこにあるのかわからない状態だった。


 そうなれば……。

 『精霊のネックレス』を取り出して首にかけると、ポウとネックレスがエメラルドに輝く。


 そのまま魔水晶を見て魔力が5、6……と増えていく。

 体力の減りもなくなったので、危篤状態からどうにか持ち直したようだ。


「ふう……危なかったですね。暫くは絶対安静です」

「では、ネル様は……!」

「ええ。無事ですよ」

「よ、よかった……」

「シエラさんっ!ありがとうございますっ……!」




「エルーちゃん、ネルさんがもとに戻るのに水が必要だと思うから、用意してもらえる?」

「かしこまりました」


「シエラさん、それで原因はなんだったのでしょう?」


 保健室のアニス先生は私に説明を求めた。


「これは『精霊のネックレス』。周囲の魔力を吸収してネルちゃんの魔力回復量を増やしました。おそらく、魔力欠乏症でしょう」

「魔力欠乏症……?あの、魔力欠乏症は聖国の幼いハイエルフしかならないもののはずですが……」


 ハイエルフは魔力視を常時発動しなければならないため魔力消費が他の種族より大きい。

 とくに幼いハイエルフはまだ魔力量が少ない状態でそれが起こるため、魔力欠乏症になりやすいと言われている。


「ええと、もしかして……精霊族が聖女学園に通うのは初めてのことですか?」

「いえ、そんなことはありません。ですから、既に成人している精霊族が魔力欠乏症になるなど……」


「ええと、ハナ……さんでしたっけ?」

「……はっ!名乗らずに申し訳ありません!ネル様のメイドで、Cクラスのハナと申します!あの……ネル様をお助けいただき、本当にありがとうございます!」


 がばりと大袈裟に頭を下げるハナちゃん。


「ええ、ハナさん、よろしくお願いします」

「あの、後輩ですので畏まらなくて大丈夫です……」

「じゃあ、ハナちゃんで」

「はいっ!」


 エルーちゃんは向日葵のような笑顔だけれど、ハナちゃんはチューリップのような控えめな笑顔だ。


「点数稼ぎとは、新人、侮れませんね……」

「……忍ちゃんと呼べばいいですか?」

「是非!」

「わ、私も……」

「わかりました。では忍ちゃん、神流ちゃんで」



 

「今年も、他の寮の空きがないのでしょうか?」

「あ、いえ……。ネル様のメイドとしてお世話が必要ですので、フローリア様に特別に許可していただいたのです」

「……私が言えたことではないのですが、メイドさんが一緒に寮に住むのは稀なことでは?」


 王家のエレノアさんでも付き人はいないし……。


「シエラちゃん、そもそも貴族で寮を使う人なんて稀なのよ?」


 フローリアさんに指摘されて気付く。

 あ、ああそうだった……。

 貴族なら、基本部屋借りたりするだけの財力はあるもんね……。


「わ、私がたまたま入試に合格したのもありますが、ネル様は幼い頃から体調が悪くなりがちでしたので。今までも使用人の誰かがつくようにしていたのです」


 虚弱体質……魔力欠乏症……。


「ネルちゃんはもしかして、南の国を出るのは初めてですか?」

「ど、どうしてそれを……!?確かに、ネル様はお体が優れないときは常にお部屋にいました」

「やっぱり……。ネルちゃんの体調不良は、ここ聖国に来たことが原因です」

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