第287話 供物
今日の外せない用事というのは、卒業式のことだ。
ソラとしても、シエラとしても壇上に上がる必要がないなんて、これほど安心できることはない。
「卒業生の言葉。聖徒会会長、ソフィア・ツェン・ハインリヒ」
ソフィア会長が壇上に上がる。
「永いようで短い三年間を経て、私達は無事今日の日を迎えることができました。思えば私達はとても恵まれた世代だったように思います。第100代大聖女ソラ様がこの世界に御成りになり、魔王を掃討され、サクラ様をお救いいただきました。そのおかげで私達は第101代聖女、真桜様の降誕をお祝いすることが出来ました」
ただ目の前のことに無我夢中だった毎日の出来事を、こうやって功績のように語られるのはなんともこそばゆい。
「ソラ様は入学式の際、こう仰っておりました。『入学生も在校生も先生も、誰一人欠けることなくみんなが笑顔でいられているような学園の姿を見せてほしい』。百合の花が彩られたこの新しい多目的ホールで誰一人欠けることなく卒業式を迎えられていることは、ソラ様の理想に一歩近付いているようで大変嬉しく思います」
入学式で言った僕の何気ない一言がこうやってずっと語り継がれるなんて、恥ずかしすぎる。
歴史上の偉人は毎回こんな黒歴史量産機みたいな状況に耐えてきたのかと思うと、素直に凄いなと思う。
いや、そもそもそんな偉人達はあまり黒歴史になるようなことは言わないんだろうな……。
「ですが同時に、その理想に近付けたのは他ならないソラ様のおかげであることを私達は肝に銘じなければなりません。ソラ様が犠牲者を一人も出さずに魔王を倒し、そして四天王インキュバスの侵略から梛の国を御守りくださったからこそ、こうして誰一人として欠けることのない卒業式を送れている。そのことに感謝をしなければなりません」
な、なんか宗教じみてきたな……。
いや、聖女だし神様の友人ポジションだし、宗教ではあるのか……。
「私はソラ様の三番弟子として、かの御方のお背中を追ってきました。おそばにいたことで私はソラ様がいかに私達民の『お守り』をしていただいていたか、よく知っています。卒業とともにそれぞれの進路へと進む私達ですが、次の世代が『誰一人欠けることなく笑顔』でいられるよう不断の努力をし、少しでもソラ様のご負担を減らすことこそが恩返しであると私は考えます」
周囲からは「ソフィア王女が、三番弟子……!?」、「二番弟子は『水の賢者』でしょうか?」と言った声が聞こえてくる。
そもそも一番弟子が僕というのが間違いなのだけれど、訂正することはかなわない。
ステラちゃんの噂はあまり広がっていないのかな?
「そして在校生の皆さんは来年度から始まるソラ様の特殊プログラムによってきっと大きく成長されることでしょう。ですが力に溺れるタイミングはいつか訪れます。そのときは、我々が聖女学園の生徒であることを思い出してください。私達はこの名誉ある学園の生徒であることを忘れないでください。私達が培った名誉は聖女様へ返還すべき供物であり、決して他人に自慢するものではありません。そして私達が作り出した汚名は聖女様に泥を塗る行為であることを肝に銘じてください」
ふう、とひといきをつくソフィア会長。
「以上を私の最後の激励とさせていただき、卒業生の言葉とさせていただきます」
ソフィア会長が言い終わると、拍手が舞い起こる。
ソフィア会長は壇上を降りるときに、僕にウインクをしてきた。
……「まあ見事な忖度だ」と誉めてでも欲しかったのかな……?




