第286話 傷痕
久しぶりに学園に来た僕。
今日ばかりは大事な日なので抜けられない。
「おはようございます」
「シ、シエラさんっ!」
「シエラ嬢!」
クラスの皆が僕のところにやってくる。
「ご無事でしたか!?」
「ええと……はい……なんとか……」
「よかった……」
一週間休んだ理由作りに、先生方は「重症を負った」と話したんだそうだ。
サボリを正当化してもらったから文句は言えないけれど、もう少し他の言い訳でお願いしておけばよかった。
心配してくれるクラスメイトに嬉しくなりつつも、大嘘をついていることに胸を痛める。
それでも、まともな嘘にするためにも少しは信憑性というものが必要だろう。
「ちょっと首をやってしまっただけですよ。ほら、ここ……」
ウイッグの下の地毛を隠蔽魔法でささっと隠し、その後念のため地毛が見えないようにみんなにうなじの部分を見せる。
「そ、その傷……」
「シ、シエラ様っ……!?」
そういえば、エルーちゃんにも見せるのは初めてかもしれない。
うなじのところにある大きな傷は、僕がこの世界にくる前からあったものだ。
姉からつけられたいくつかの首もとの傷は、当時配信活動で稼ぎだした僕を憎んで殺そうとしたときに出来たもの。
姉が中学校の僕の演劇を見て「少しは稼げ」と提案しだした配信活動なのに、配信が勢い付くと調子に乗っていると言われるのは理不尽な話だ。
金の亡者である母に諌められなければ、僕はあの時死んでいた。
「……痛くは、ないのですか?」
「大丈夫、もう叩かれなければ痛くはないから。一度師匠にもお願いしてみたんだけど、治せないって言われちゃってね……」
古傷も何年か経つとそれが正常時となってしまい治すのが困難になる。
正確には神薬を使えば治るけど、この世界に数個しか存在しない瀕死をも治す薬をそんなことのためには使いたくはない。
「シエラさん……その傷は名誉の傷かもしれませんが、貴族にはそれを理由に貶める人達も少なからずいます」
リリエラさんにそう言われ、ちょっと軽率だったと反省した。
現状のハイエルフとハーフエルフが似たようなことになっているんだ。
僕がいじめられる原因は、もしかすると自分自身で作り出していたのかもしれない。
「それは弱みとなり得る。シエラ嬢、今後はその傷は隠しておいた方がいい」
「とくに、婚約には不利に働く可能性が高いですからね。まあそれを理由にシュライヒ家を貶めようとする人達など、聖女様に見つかってしまえばよいと思いますが」
なかなか辛辣なことを言うノエルさんだけれど、公爵令嬢として身に覚えのあることでもあったんだろうか。
でも確かに、良くしてくれているシュライヒ家の皆を困らせるようなことはしたくない。
「ご忠告、ありがとうございます。ま、まあ私は婚約者もいませんし、今のところそんな予定もありませんから……」
「こんなにお可愛らしいのに……」
「引く手あまただろうに、勿体無い……」
ふと隣を見ると、うるうるとしているエルーちゃんがいた。
「シエラ様……」
僕はハンカチを差し出すと、こらえきれずに溢れだしてしまった。
「ぐすっ……すみません……私のことではないのに……」
「ううん、私のために泣いてくれて、ありがとう」
エルーちゃんは感受性豊かなのだろう。
「ふふ、貰い手がいなくても、すぐ近くにとてもお似合いのお相手がいらっしゃるではありませんか」
普段エルーちゃんには醜態を晒しすぎているし、弟子としても厳しくしてしまっているから、向こうからの好意は薄れているんじゃないかな……。




