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男の大聖女さま!?  作者: たなか
第35章 義理人情
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閑話74 御降誕

(かすみ)(まこと)視点】

「ふふふ、それでね……あ、時間みたいね」


 それまでほぼひとりで話していたエリスがぶつりと話をやめる。


「時間?」

「そ!また向こうで会いましょ。こんどはマオとして、ね」


 ああ、もうそんな時間か。

 ここは楽園のような場所だったから、少し残念。


 そして、次第に視界が白く薄れていき――


「あとちょっとですよ!サクラ様っ!」

「サクラ!頑張れ!」

「んんっ!」

「おめでとうございます。サクラ様!」


 この日、私は柚季(ゆうき)真桜(まお)として第二の人生を歩みだした。




 ……生まれたのはいいけれど、目下の悩みは喋れないことだ。

 転生特典とはいえ、まさか生まれた時から前世の記憶があるとは思わなかった。

 普通ならまだ脳も発達していないから記憶どころか考えることもできないはずだけれど、脳が発達するまではエリスがなんとかしてくれていると事前に聞いている。

 

 あまりコミュニケーションを取ることに積極的になれなかった前世だが、最低限のコミュニケーションすら取れない現状にまさかストレスを感じるとは思わなかった。


「あー」


 赤ちゃんである私にできることは、せいぜい口を「開けること」と「閉じること」の二つ。

 まさに0と1の世界だ。

 ……私はコンピューター何か?


 とはいえ、「あ」と「あー」を使い分ければ「トン」と「ツー」が作れるから、モールス信号方式で相手と会話することはできなくもない。

 といってもこの世界でモールス信号が通じる相手なんているのか分からないし、そもそも私がモールス信号を覚えていないから詰み。


 幸いなのは、公用語が日本語だったおかげでこちらは何不自由なく聞き取れることだ。


「真桜、初めましてね。私があなたの母親、同じ聖女の柚季(ゆうき)(さくら)よ」

「あー」

「真桜、私は父親のアレンだよ。これからよろしく」

「あー」


 あーしか言えないのがもどかしい。

 せめてもの表現に、二人の頬をふにふにする。


「ふふ、くすぐったいわ」

「私達を、歓迎してくれているのかもね」


 新しいお父さんは金色の爽やかな短髪が特徴のイケメン剣聖。

 お母さんはブロンズの長髪美女であり聖女。

 私の両親、ハイスペックすぎでは……?


「あー」


 そうなると、今度は私の容姿が気になってくる。


「どうしたの、真桜?」


 私は手を伸ばすが、何も伝わらない。


<エリス、困った>

<早いわよ……>

<赤ちゃんなんだから仕方ない。お母さんに鏡がないか伝えてくれない?>

<今回だけよ?毎回呼び出されちゃたまらないわ>

<いいじゃない。どうせ好きな子の追っかけしてるだけでしょ?>

<そ、そんなことないわよ……。それに、不便も楽しむものよ>


 まあ目下の目的が果たせればそれでいいや。


「カーラ、手鏡ある?」

「はい、こちらに」

「はい、真桜。これがあなたの新しい姿よ」


 メイドさんがこちらに手鏡を向けてくれる。


 ……THE()・誰?


 これが異世界補正……。

 肌の色合いだけで、こうも変わるものなのか。

 これは将来有望だろう。

 ……って、自分なんだった。


「あー」

「真桜様……とても可憐でございますわ……!私はサクラ様専属メイドのカーラでございます!今から真桜様の専属メイドになりますわ!」


 頬を擦り付けてくる銀髪の美女が暑苦しくて手で押し退ける。

 この空間、ハイスペック集団すぎて困る。


 ぺちぺちと手で頬を叩くと、叩く度に「んひぃっ……!」と返ってくる。


 あ、活きのいい玩具(オモチャ)だ……。

 しばらくはカーラ()遊んで気を紛らわせることにしよう。


「何やってるのよ、あんた達……」

「すみません、このお手がとても尊くて……!」


 美女を鳴かせる0歳児、つよい……。




「ま、真桜様っ……!し、しし失礼しますっ……!」


 やがて聞き付けた()()()()()セリーヌが駆けつけてきた。


「ま、真桜様……!こ、こちらを……」


 セリーヌが差し出してきたのは五十音順に並んだひらがなの表。


「前世の知識がおありの真桜様には、これが必要かと思いまして……」

「何を言っているのですか!真桜様はまだ甘やかされたいお年頃!そんなに詰め込んでは、嫌われますよ!」


 対立しようとするカーラの頬をぺちりと押す。


「んひゃぁ……!」


 私は差し出された五十音表に近づくと、だっこしていたお母さんが五十音表の前に近付けてくれた。

 その表を一文字一文字ぺちりぺちりと指し示して、4文字を作り上げた。


「『な』『か』『よ』『く』……」

「ふふふ、一本取られたわね、二人とも」


 それは、向こうの家族で私が実現できなかったこと。


 今度こそ、私は仲良し家族を作るのだ。


「も、もちろん仲良しですわ!」

「か、カーラ様っ……!?」


 やり遂げたと達成感に満ちた私は流石に年には勝てず、睡魔に襲われ視界がぼやけていくのだった。

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