第269話 退学
エリス様からのお願いは破ってしまうことになるけど、逆に言えば今僕が学園に通っている理由はそれだけでしかない。
僕にとってはもう家の命令という束縛で通う必要もなく、地位については何故か一番高くなってしまい、女装して女学園に通っている時点で社会的には底辺だ。
言ってしまえば、失うものは何もない。
「そ、そんなのだめですっ!」
「……それは、困りますね。流石に前例にありませんから……」
「前例にないっ……?過去に自主退学した生徒はいますよっ?」
僕のことを知らないマリエッタ先生は認識の違いに首をかしげる。
退学した聖女はまだいないみたいだけど、在籍中に亡くなった聖女や聖女学園に入る前に亡くなった聖女はいる。
また他人と関わるのが極度のストレスであった第68代聖女のスーザン・シェープさんは、聖女であるが故に退学させられないことを嵩に在籍しながらにして不登校を貫いたらしく、中間・期末試験のみ出席して高得点を取って卒業したらしい。
僕もこれを機にシエラがソラであると公表して学園を不登校になるのも手だろうが、男が女学園に通う現状の問題点を無視してまでここに身を置くほど顔は厚くない。
というかそもそも僕、男だからね?
僕にとって罪悪感のない共学校にでも行けばいい話なんだよね……。
「そんなのっ!シエラさんが大丈夫でもっ!私がっ!大丈夫じゃないですよっ!」
ソファのとなりでぽふぽふと跳ねるこの可愛らしい生物が、無邪気にも僕を誘惑してくる。
凶器だ……。
「……教員全員を味方に付けるのはいかがでしょう?どちらにせよ、サポーターとして魔法学の教員は付ける予定でしたし。シエラさんには魔法学の教員という役割以外のことはお願いしないように全教員に伝えておきます」
「……私が先生の半数以上にも嫌われているって言えば私がそれを信じられない理由がわかりますか?」
「えっ……?」
信じられないといった顔をしている学園長と、しょぼくれるマリエッタ先生。
「マリエッタ先生はご存じのようですね」
「……先生方から聞いてっ……。でもっ、私はそんなこと思ってませんからっ!」
「どういうことですか?」
「魔術大会前から、先生の派閥は二通りありました。私のクラスを教えている先生には私は比較的好かれていると思いますが、そうでない先生方は私が毎回テストで不正をしていると信じているそうです。影で言われているから学園長はご存じないかもしれませんが、結構廊下で陰口を言われることも多いんですよ」
「なんてこと……」
「当時不正派にいたミカエラ先生には心底嫌われておりましたが、あの魔術大会を経て師匠が聖印を付けてから態度が180度変わってしまわれました。それを見た不正派の先生達は『シエラが師匠に言い付けて言うことを聞かせた』と謂うようになったんです」
「……っ!彼女の処遇を緩めたのはシエラさんの希望だというのに……」
「……どういうことですかっ!?」
今度はあのときのことを知らないマリエッタ先生が問い質す。
ミカエラ先生の不正を隠蔽するためとはいえ聖印を付けたのも僕の一人二役のせいだし、そこは自分の身から出た錆だから甘んじて受け入れるしかない。
先生方は一人二役なんて知らないのだから、「嫌われていたが師匠に頼んで言うことを聞かせた」と考えてしまうのも仕方がないことだ。
ミカエラ先生の一件で、既に先生と生徒の強さ関係が逆転しているような事態になっていた。
そこに「生徒が先生をする」なんて油を注ぐようなことをすれば、大炎上間違いなしだろう。
「私は既に学園を拗らせ過ぎているんです。ですからこれ以上火に油を注ぐことをするくらいなら、自ら学園を去る方が無難だと思いませんか?」
僕が学園にいるから起こっていることなのだから、去れば治まるだろう。
「歴代聖女は何らかの形で聖女学園に貢献している」と言われていた気がするが、去ることで善くするのもまた貢献の一つであると思いたい。
「シエラさん、それならば先生方にシエラさんの秘密を打ち明けられるのはいかがでしょうか?」
「えっ……?」




