第263話 遺憾
「お二人は特産品を扱っていたために商人には伝手がおありで、今は若者の商人に指導するアドバイザーを担っておられるんですよ」
「いやはや、リリエラお嬢様にそう言われるのは、少々恥ずかしいですな……」
リリエラさんが二人の今の仕事について軽く紹介してくれた。
半刻ほど談笑した後、二人は僕に目配せをしてきた。
「もういいの?」
「ええ。お元気そうでよかったです」
「お帰りですか?」
「二人とも、泊まっていけば……」
「本日はリリエラ様と約束しておりますから」
「あら、家族の団らんを邪魔するほど無粋ではありませんわよ?」
リリエラさんとは事前打ち合わせしていないからね……。
「リリエラ様は私たちと過ごすのはお嫌でしたか?」
「そ、そうは言ってないわよ……」
「いいですから、行きますよ」
リリエラさんは二人に押されて先に出る。
「シルク、外まで案内なさい。いいわね?」
使用人のシルク君はこくりと頷くと、僕を外まで案内してくれた。
「ありがとう。これはほんのお礼」
ヒールと口にすると、彼の表情が少しだけ動いた気がした。
「それで、どうして帰ったのですか?」
お屋敷に帰ってきてからリリエラさんはそう口にした。
「流石にあからさまでしたからね……」
「ソラ様から仰られるということは、何か事前に話し合われていたということですか?」
「……まあリリエラさんならいいですかね」
「……?」
『――幻影を照らす寡黙なる聖獣よ、今ひと度吾に力を貸し与えたまえ――』
杖を携え魔法陣を展開し、軽くトントンと二回杖で床を叩く。
『――顕現せよ、聖獣獏――』
獏は姿を表すと、クリアモードで透明になる。
「まさか、もう一度行く気ですか?」
「ええ」
「私にはあそこに演技が混じっていたとは微塵も感じられなかったのですが……」
「私は……そうは思いません」
「セフィー……」
「そうですね。些細なことだったので、同じ境遇の人じゃないと気が付かないと思います」
そこでリリエラさんは、はっとした。
「お義母様……」
「……私は神様にとても幸せにしていただいていることに感謝しないといけませんね……。そして同時に、気付けないことにやるせなさを感じています」
「経験しないと気付かないことかもしれませんが、虐待を経験してしまうことは必ずしもいいことではないと思いますから。分からないことは、それはそれで美徳だと私は思いますよ」
そして二人の両親の家に戻る。
「どうやって中に入りますか?」
「獏、透過」
透過の魔法は壁なとを通り抜けられる魔法。
その上「一体化」で僕たちは透明になる。
「今さらですけどこれ、相手が魔物ではないので犯罪ですよね……」
風紀委員でもあるリリエラさんを前にして少し変なところが気になった。
「何を仰います。聖女様が法なのですから、そんなことお気になさらないでくださいませ」
「えぇ……」
「それはエリス様を『勝手に覗いている』という理由で犯罪であるとするような考え方です。聖女様や神様は日々私たちを見守ってくださる尊き御方。それを裁けるのは法などではなく、エリス様や他の聖女の方々、それにご家族の方々だけです」
それほどまでに信用されているからこそ、ここに連れてきてくれたとはエリス様から聞いているけれど、流石にちょっと盲信的な思想だと思ってしまった。
中に入ると、居間で怒鳴り声をあげている甲高い声が聞こえてきた。
そこには僕が見たくない光景がそこに広がっていた。
「っ……」
「ったく、本当に使えない子ね!折角ソラ様が来てくださったというのに、本当に案内だけしかしないなんてっ!」
理不尽な怒りに、顔をひっぱたく音が部屋中に響き渡る。
頬が赤くなっていたのは、決して彼の身体的特徴ではなかったのだ。
「お、おい……やりすぎだ……」
「またいらっしゃるとも限らないのだぞ」
神罰を受けた二人は及び腰だ。
「もう帰ったわよ!!折角のチャンスだったのに……。そういうっ!機転の利かないところがっ!本当に嫌いなのよっ!」
バシンと強烈なビンタがシルク君にお見舞いされると、シルク君は鼻血を出して倒れる。
「申し訳、ありませんでした」
「本当、あんたなんて雇わなければよかったのに……」
マナ夫人が低い声でそう言った時、僕の体からは魔力の光が吹き荒れる。
「っ……!?なんなの!?」
僕は耳がぼーっとしていき、まるで他人事のようにその光景を見ているかのような錯覚に陥った。
「……やっぱり、何も……変わらないんだ」
「「ソ、ソラ様っ!?」」
光の魔力は止まることを知らないかのように自由に四方八方へ溢れ出る。
それは吹き荒れる風を作り、そして辺りの軽いものを吹き飛ばしていた。
「この世界の人たちは、僕のいた世界の人たちとは違う、優しい人種なんだ」と、僕は勝手に思っていた。
でもそれは、僕を受け入れてくれた人たちがいるこの世界を、この世界の人たちを、無理やり信じようとした僕のエゴだった。
溢れ出るのは魔力だけでなく、涙もそうだった。
僕が指を指すために手を動かすと、それだけで机がぐしゃりと潰れた。
「ひ、ひいっ!?」
「貴女達なんかに、シェリーとセフィーは絶対渡さない……」




