第262話 実親
マクラレン侯爵の御屋敷に着くと、優しそうな執事さんが迎えてくれた。
「ご案内します。こちらへ」
マクラレン侯爵は「商家の父」と呼ばれており、侯爵領は謂わば商家の街。
マクラレン侯爵の御屋敷を囲うように円形に伸びた繁華街は、すべての流通が中央に集まるかのような作りになっている。
第94代聖女、泉詠さんが提唱した薄利多売。
その薄利多売をいち早く取り入れ、領の専属商人に行わせたことから評価が上がり、現在の地位を築くまでになったそうだ。
今ではその経験から薄利多売、厚利少売を使い分けた経営方針を策定したり、伸び悩んでいる商家の経営のリーダー的な役割を担っている。
「シェリー!セフィー!ようこそいらっしゃい!」
「「リリエラ様!」」
手を取り合う三人。
相変わらず仲が良くて微笑ましい。
「テストの結果、見たわ。二人ともおめでとう!来年度からは同じクラスね」
「ありがとうございます。お……シエラ様のおかげです」
「それでは、今度私からもお礼を言わなければなりませんね」
……後ろにいるんだけどね。
「ソラ様の前ではしたない真似を……。申し訳ありません」
「いえ。いつも二人と仲良くしてくださって、ありがとうございます」
「お義母様……」
「私のことよりも……」
「ええ。本日いらっしゃるとは伺っておりませんでしたので、申し訳ございませんが不在のお父様の代わりに私が案内させていただきます。二人とも、大丈夫かしら……?」
「は、はいっ!」
……今度からアポ取るようにしよう。
お屋敷の外に出て五軒ほど先の家の戸をコツコツと叩く。
すると出てきたのは僕達と同い年くらいの紺色の髪をした男の子。
背は僕より少し高いくらいだろうか?
「いらっしゃいませ、リリエラ様」
「久しぶりね、シルク。二人をつれてきたから、案内してもらえるかしら?」
「畏まりました」
えらく事務的な子だ。
「あら、リリエラ様に、ソラ様!ようこそお越しくださいました」
居間には三人いた。
イルムス・ゼラ元男爵と、ケイン・オルドリッジ元伯爵、それにマナ・オルドリッジ元伯爵夫人だ。
シェリルのお母さん、トレーシー元男爵夫人はエイミス子爵家の産まれ。
以前の騒ぎでエイミス子爵がブチギレたらしく、二人は離縁となっている。
このことはエイミス子爵家が事態を重く受けとめたらしく、トレーシー元夫人を更生させるために修道院に入れたと聞いている。
「シェ……シェリル、元気にしていたか?」
僕がいるからか、イルムスさんとケインさんは少し怯えていた。
「神罰を施した」とシルヴィアさんから聞いているけど、いったい何をしたの……?
「セラフィーも、元気そうで良かったわ」
「お母様、お父様……」
僕には見せない別の顔。
……ああ、そうだよね。
「スタート地点が他人同士か」というさりげない差は、やはり永い年月を経ていないと僕にはどうしようもない。
今まで親の代わりとしてでしゃばっていたけれど、僕はあくまでこの人達の代理。
改心した今、僕はもう不要な存在。
いつになるかは分からないけれど、彼女達が安心できる家に帰るのが一番だよね。
そのやるせない寂しさを黒塗りで塗りつぶすように、僕は微笑みで表情を上塗りした。
「ソラ様の子供であることに変わりはありませんよ」
「……そんなに顔に出ていましたか?」
リリエラさんに指摘される程とは……。
「いえ、普通は気付かないと思いますが、たまたま親友にとてもよく似た表情をなさっておりましたので……」
「っ!?」
「ふふ、師弟はよく似るのですね」
一瞬、バレたかと思った……。
僕は心臓の鼓動が少し早くなるのを目を瞑って誤魔化した。




