第246話 夢魔
「シエラ様の読み通りでしたか……。でも、どうしてわかったのですか?」
「樹村さんを看たとき、状態異常に『催婬』と書いてありました。催婬は、夢魔族であるサキュバスとインキュバスのもつ固有魅了魔法ですから」
「なるほど……」
この世界ではサキュバスは四天王インキュバスの僕らしい。
「でしたら、シエラ様はどうしてインキュバスだとお分かりに……?」
「魅了魔法は発動者が魅了者との間に魔力の糸のような繋がりを作って操る魔法です。ですから、探知魔法でその跡を辿ることさえできれば居場所が特定できるんです」
「そ、そうなのですか……!?」
この世界の魔物や魔族は魔力が主食になる。
人を喰らう魔物もいるが、それは人肉が栄養なのではなく、魔力が栄養になるから食べるということだ。
夢魔族も同様で、やっていることは魔力の糸を介した魔力吸収。
彼らは糸で操ることで身動きをとれなくし、同時に魔力をじわりじわりと吸収しているということだ。
人を喰らえば死んでしまうため魔力吸収は一回限りだけど、夢魔は生かしながら吸収するため、何度でも吸収することができる。
人は時間経過で魔力を回復するから、人を操っているだけで長期的に魔力を回復できるという仕組みだ。
まるで持ち運べる充電器だ。
「つまり、シエラ様は敵の居場所を掴まれたのですね?」
僕は首を横に降る。
「いや、途中で逆探知がバレたみたいで、途中までしか追えなかったんだ……」
「では、どうして……」
「探知で相手にバレるくらいに、ここから相手との距離が長かったのが答えです。それだけの距離間で操れるほどの魔力を持った敵となると、まずサキュバスではないでしょう」
いくら魔力の糸が壁や床を貫通できるとはいえ、物理的に遠い相手を操るのは、四天王ほどの実力でないと厳しいだろう。
「なるほど……」
「あとは単純に性別の相性ですね」
「性別相性、ですか?」
「夢魔の一族は基本的に異性の精気を食べて生きているため異性相手にしか効かないんですよ。樹村さんに催婬が効いた時点で、十中八九インキュバスの仕業でしょう」
「……シエラ様が私達を連れていくことに消極的だったのは、私達が女で、操られる可能性が高いからだったのですね……」
まあ極端なことを言ってしまえばそういうことになる。
「でもぉ……そしたら私達は全員女ですよねぇ?」
「我々だけでなく、シエラ様も大丈夫なのですか?」
そういえばステラちゃんと神流さんは、僕のこと知らないんだっけ……。
まあ今回に関しては話す必要はないかな……。
「催婬には異性であることの他にもう二つ対策方法があるんです。ひとつはステータスの魔法防御が相手の知力を上回っていることです。インキュバスの知力は750。これ以上の魔法防御を持っていれば、そもそも催婬は効きません」
「な、ななひゃくごじゅう……」
「一般人では、到底辿り着けませんね……」
「そんなことないですよ。エルーちゃんはもうそろそろですし……」
「えっ……?」
僕は……まあ、言うまでもない。
「もうひとつは、催婬が闇属性魔法であることに気付ければ分かります」
「もしかして、光属性の魔法で相殺できるのですか?」
エルーちゃんの問いに僕は頷く。
「光属性の魔力を持つ人はまず催婬が効きにくくなります」
この中で光属性の魔力を持つのは僕とステラちゃんと七色魔法を持つセフィーの三人。
「そして催淫は、光魔法を誰かにかけてもらうことで解除することができます。回復魔法でも、それは付与魔法でも、何でも構いません」
残りの三人は光属性魔法を持ってはいないが、全員聖獣の加護がある。
聖獣は皆光属性魔法を使えるため、本人は洗脳を解除できずとも聖獣が解除してくれることだろう。
僕は運よくこの最適解ともいえる布陣を用意できた。
「なるほど……」
「これ以降は、皆さん聖獣を出しっぱなしにしておいてください」
「承知しました!」
エルーちゃんは手の甲を水色に光らせると、ティスがその中から現れ出でる。
「ソラ、久しぶりね!」
「……今はシエラだって」
そういえば魔術大会ぶりか。
「それで、追跡を逃がしてしまったと伺いましたが……」
「確かに逃しはしましたが、大体の場所は掴んだから大丈夫ですよ」
「であえであえぇっ!」
「っ!?」
悠長に話している暇はなかったようだ。
そこに現れたのは、途方もなく大柄な獣人。
全長2メートルはあり、横幅も鬣もたくましい。
「神流……」
「お、お父様ッ!?」
あれが、神流さんのお父さん……?
壁を叩くとあっという間に粉砕するその姿は、もはや忍装束がおまけのように感じてしまう。
「任務に失敗しておきながら、貴様……おめおめと帰ってきたのかァ!!?」




