閑話64 恩返し
【シェリル視点】
「メ、メルヴィナお姉ちゃんの、ばかああああっ!」
お義母様はバシャアと水飛沫をあげて湯船から飛び出していかれた。
同時に初めて怒張する殿方のあれを目の当たりにして、私はお義母様が殿方であり、雄々しいという事実をしかと目に焼き付けてしまった。
「……」
女豹のポーズを取りながら、メルヴィナお姉さまは固まってしまった。
なるほど、お義母様の「お姉ちゃん」呼びは、なかなか破壊力が高すぎる……。
「メルヴィナお姉さま、大丈夫ですか?」
するとつうっと鼻から血が垂れてきていた。
「ブフォッ!?」
「メルヴィナお姉さま!?リカバー」
鼻から血を吹き出して慌てたセフィーが駆け寄る。
「あ、ありがとうございます。興奮しすぎてしまいまして……。まさかあんなに破壊力が凄まじいとは……。セラフィー様は、光魔法をお使いになられるのですね」
冬休み前に、同じクラスの光魔法を持つ友人に教えてもらったそうだ。
あんなに進路のことで悩んでいたのに、今ではそれが嘘のように生き生きとしている。
それも全てソフィア様とお義母様のお陰だそうだ。
「あれが神様が愛されたソラ様の神秘ですか……。彼はとんでもないギャップの持ち主ですね……」
本当に、そう思う。
あんなことがあった手前、お義母様の部屋に行くのは気が引けたが、私にはお義母様に聞いておかなければならないことがあった。
「お義母様、失礼します」
がちゃりと開けると、お義母様はかわいらしいお花柄のパジャマを身に付け、涙目で体操座りをしながら股下に「清浄」をかけていた。
「シェ、シェリー……」
これを殿方などと疑うのは、正直無理だ。
たとえ一人称が「僕」だったとしても、エレノア様のような所謂「僕っ娘」のような人々もいるのだから、お義母様もその部類だと思ってしまうことだろう。
「こんな母親代わりで、ごめんね……」
「母親代わりではありません!」
「そ、そうだよね……。僕は母親ですらない……」
お義母様は私に謝ってきた。
正直、こんなに弱気なお義母様は初めて見る。
「お義母様を『代わり』だなんて思ったことはありません。それは、以前も、今も……です!」
「シェリー……」
「お義母様はお義母様であり、お義父様でもある、私たちの大切な人です。性別が違ったことくらい、私たちにとっては些細なことですよ」
「あ、ありがと……」
大きな枕を抱き締めて、こちらを涙目で見つめてくる。
決して媚びているわけではないのだと分かっていても、お義母様の一挙手一投足全てが可愛らしいと感じてしまう。
お義母様は向こうの世界で女装でお金を貰っていた、所謂プロだ。
たとえ演技であろうとそうでなかろうと、お義母様にはそれだけの人を惹き付ける魅力があるはず。
私はその魅力を全身に浴びているかのようだった。
「で、でも……お風呂はダメっ!いくら二人が娘だっていってもほとんど同い年なんだから、一緒に入るのだけはダメだよ……」
「それは……私達でも、そうなってしまうということですか?」
「それは……そうだよ。二人だって、その……可愛いんだから……」
「それは、お世辞だったとしても嬉しいですね」
「お世辞なんかじゃないよ……」
あんなに素敵な人達に囲まれていて目の肥えているお義母様でさえ、私のような女でも対象になるとは……。
私は少しびっくりしながら、頬が赤くなる感覚を覚えた。
そして同時に、この困り顔がもっと見たくなると思ってしまった。
聖女様の御膳だというのに、私は悪い女だ。
「そ、それで!シェリーは何か用があったんじゃないの?」
わざとらしく本題に戻そうとするお義母様。
「はい……。お義母様は、私のお仕事について応援してくださいました……。でも私がお義母様のことを理解していなかったせいで、お義母様を女性として小説を書いてしまっていました。それはお義母様にご負担をかけてしまっているのではないかと……」
お義母様は私を応援して、本を買い読んでくださった。
でも私はそんなお義母様にとても不義理なことをしているのではないか?
そう思うと私は確認せずにはいられなかった。
「……まあ、複雑な気持ちがないといったら嘘にはなるけど……」
やっぱり、私はお義母様を無意識のうちに傷つけていたのだ。
お義母様が不幸せになるのなら、こんな仕事、やめた方がいい。
「でしたら、今すぐにでもやめま……」
「でも、僕はシェリーを信じて、応援することに決めたから」
「えっ……」
「シェリーが自分で考えて、進んだ道だもん。きっと僕に話すことも悩んだんでしょう?」
お義母様が初めて、信じると言ってくださった。
「確かに女として書かれていることは不思議だけれど、それは僕にとって必ずしも悪いことばかりではないんだ。本当に女の子でいられたら……僕は大嘘つきではなかったのかもしれないし、学園の人達ともっと仲良くできていたのかもしれない。シェリーが書いてくれている物語は、たとえ『もしも』の世界だったとしても、僕が肯定されているみたいで少し嬉しかったんだ」
お義母様……。
「それに、さすがに僕もフィクションには理解がある方だよ」
「確かに、女性であることはフィクションですが……」
「いや、それもそうだけどさ……。エリス様に告白されたのは事実だけど、エルーちゃ……メイドさんが僕の事を好きだっていうのは流石にフィクションだと思うし……」
「っ!?」
灯台もと暗し……!
このお方は、一番近くにいる人のことをなにも理解していない……!
共有浴場で一度、エルーシア様のお気持ちは聞いている。
彼女こそ一番お義母様の目の前で恋をしている人だ。
「お、お義母様は……エルーシア様のことをどう思っておられるのですか?」
「え?ええと……僕の事をよく心配してくれて優しい子で、一緒にいると落ち着くかな。いつも僕が心配かけてしまうから、申し訳なく思ってるけど……」
これはっ……!
脈アリなのでは……!?
「ふふふ、いいことを聞いちゃいました♪」
「エルーちゃんのこと小説で取り上げるのはいいけど、あまり過激なのはダメだよ?とくに、一巻の終わりみたいなのは……」
一巻の終わりは、大聖女様が覗くなかで一人で致すメイドさんのシーンだ。
「あれは流石にフィクションですよ。メイドさんであって、エルーシア様ではありませんよ」
「そ、そうだよね……」
「大丈夫ですよ、決して悪いことには使いませんから♪」
私の恩返しは決まった。
この小説で皆さんの気持ちに気が付かせ、お義母様を幸せにすることこそ、私の恩返しだ。




