第119話 潜伏
皆が寝静まった頃、僕はベランダで一人で月夜を眺めながら考え事をしていた。
エレノア様が公爵家かもしれない。
明日から公爵家の名前と場所を調べて、エレノア様の暮らしている公爵家を探そうということになっているが、その前にどうしても気になることがあった。
もうすぐ王家のパーティが開かれてそこで発表があるということは、もう既にエレノア様は王城に匿われているかもしれない。
「やっぱり王家について先に調べておく必要があるよね……」
王家のこととなれば、皆を巻き込んでしまうのはあまりよくないだろう。
僕は「少し調べておきたいことがあるので出掛けています」と書き置きをし、聖印をつけておいた。
「さて……」
フィストリアに行く前に、サクラさんに言われたことを思い出していた。
「あの王家は何かを隠している……」
つまり、聖女にばれずに密かに行おうとしている後ろめたい何かがあるということだ。
聖女として王城に入る権利をもらうことは容易いことだが、正規にいれてもらえたとて、わざわざ手の内を明かすようなことはしてくれないだろう。
あまり好きなやり方じゃないけど、仕方ない。
杞憂で済むのなら、誰にも見つからない方がいい。
『――幻影を照らす寡黙なる聖獣よ、今ひと度吾に力を貸し与えたまえ――』
『大精霊の大杖』を取り出して魔法陣を展開し、トントンとベランダの床を二回杖で軽く叩く。
『――顕現せよ、聖獣獏――』
床から現れたバクは聖獣特有の額に赤い水晶をもち、目はサイ、鼻はゾウ、体型はクマ、足はトラ、尻尾はウシのような見た目をしている。
聖獣はそれぞれ光属性以外に使える属性が存在し、聖獣フェンリルは闇属性、聖獣テティスは水属性、そして聖獣獏は無属性魔法が使える。
「獏、『クリアモード』!」
僕がそう言うと、音もなく獏は全身が無色、つまり透明になり存在が見えなくなる。
これは透明になる無属性魔法、『一体化』を常時、使うようになるからだ。
ただし召喚者である聖女には、透明になっていても少しだけ輪郭が見えるようになっている。
「獏、私にもかけて」
僕の言葉にこくりと頷く獏。
すると僕の体、服ごと透明になって見えなくなっていく。
「よし、行こう!」
フィストリアの王城に行くには3通りの方法がある。
まずは湖を泳いで渡る方法。
これは陸につく前にバシャバシャと音が聞こえてしまい、衛兵に見つかってしまう可能性が高い。
それにそもそもこの雪の降り積もるフィストリアの湖なんて浸かったら、凍え死んでしまうだろう。
次はハープちゃんなどの飛行系の召喚で空から行く方法だ。
これはばれない可能性は高いが、そもそもハープちゃんを下ろせる場所もなく、ばたばたとうるさいので、見つかってしまう可能性は否めない。
空も寒いので、あまりこの方法も使いたくない。
すると最後の選択肢になるのだが、実は近くの協会から湖の下を通じて王城まで繋がっている地下の隠し通路があるのだ。
ゲームでは時短のための要素だったので、見つけてからはとても重宝した。
念のため獏と一緒に透明になって進んだけど、誰一人として見張りが居なかった。
謁見の間の後ろの出口の隠された蓋を開いて這い上がる。
よかった。ここには誰もいないみたいだ。
隠し通路を知っているのは王家の人間のみで、王城の関係者にも知られていないのかな?
すぐさま足音を消すアイテム『忍者の足袋』に履き替える。
「獏、肩に乗れるサイズになれる?」
僕がそう聞くと、獏は収縮魔法で小さくなる。
僕はそれを抱き上げて肩に乗せた。
さて、ここからどうやって各部屋に行こうかな……?
すると、物音がする気配がした。
誰か来たようだ。
こんな夜中に謁見の間に、何の用があるんだろう?
僕は端っこの壁に引っ付いておき、しばらくすると扉が開いた。
「リタ様、中へどうぞ」
タイミングよく現れたのは、今僕が一番気になっていた人物だった。




