第929話 採掘
「つまり、ソラちゃんの記憶は全部残ってるってこと?」
「は、はい……私が余計な介入をしたばかりに……」
僕の記憶は全部残っていて、僕の中に入ってはいるが、呼び出せないのだという。
エルーちゃんと顔を合わせ、失われたわけじゃないことにとりあえずの安堵をした。
「ソラちゃんの方から掘り起こしたりできないの?」
「ええと……どうやるんですか?」
「それもそうよね……」
両手を合わせて「むむむ……記憶よ戻れーっ!」などと強く念じてみるものの、全く効果なし。
それどころか他の聖女付きのメイドさんに「かわいい」などと呟かれ、僕が恥ずかしい思いをしただけだった。
「『鍵がついている部屋から記憶を掘り起こす』なんてそんな全人類やったこともないこと、突然やれって言われてできるわけないでしょ。そんなの要件定義を一切しないまま開発者に投げるようなものよ」
聖女サツキさんは、前世ではお父さんと同じシステムエンジニアだったらしい。
でもその言い回しで他の人に伝わるの?
その時、二人の聖女に隠れていたもう一人の存在に気が付く。
「リン様、いい加減お顔合わせなさらないと」
「ちょっ、押さないで東子ちゃん。私まだ心の準備が……」
「えっ……」
「あっ、天先輩……」
そこに居たのは、セミロングの美人――
「ひっ、いやぁぁっ……!?」
「ソラ様っ!!」
情けない鳴き声と共に、頭がズキンと痛む。
柊凛。
前世、僕がトラウマになった女性がそこにいた。
「大丈夫」
「っっ……ダメっ、凛ちゃん、近付かないでっ……!!」
「えっ、天先輩……?」
ん?
なんかおかしなこと言った?
「ソラ様、もしかして記憶が……」
「天先輩、私のこと今なんて呼びましたか?」
「ええと、凛ちゃん……あれ?」
どうして僕は柊さんのことを親しくそう呼ぶんだろう?
問い詰められるも、今は頭が痛くて覚えていない。
『メルヴィナ、今の何か分かった?』
「……どうやらソラ様にそのお心に傷が付くような出来事があると、記憶の部屋が壊されて記憶が戻るようになっているよういです」
そうか、今呼び方が変わったのは、思い出したからか。
でも呼び方というほんの少しを思い出すだけで、こんなに頭が痛くなるのか……。
すべてを思い出したとき、僕の頭は堪えられるのだろうか?
「そんな……では、記憶を取り戻すには、ソラ様のお心を強く傷付けないといけないのですか!?」
「ソラ様を、これ以上傷付けなくてはいけないなんて……っ!!」
水色の天使は僕を抱き寄せると、僕の代わりに泣いてくれていた。
膝をつくエルーちゃんを僕が頭から抱きしめると、ふっと頭痛が軽くなった。
『こうなったら、奥の手を使うわ』
女神様はそう言って部屋を出ていった。




