閑話246 接着剤
【エレノア視点】
その日、院全体が騒々しくなっていた。
職員達の視線の先を追っていくと、そこは医務室だった。
ボクにはそれが、愛しの婚約者の帰還であることにすぐに気付いた。
だが嫌な予感がした。
「ソラ君っ!!」
医務室に行くとそこには、点滴を射たれながら延命されている婚約者の変わり果てた姿があった。
全身が包帯に巻かれており、最早本人かどうかも分からない。
「涼花君っ!キミが居ながら、どうして……」
「すまない」
付いていかなかった――いや、付いていけなかったボクには本来そんなことを言う資格などない。
だが、これはあまりにも……何か言わなければ気が済まなかった。
「全身の細胞が拒絶反応を起こしているような状態だ。聖女様方が交代で回復魔法を施しているいわばバラバラになろうとしている身体を無理やり接着剤で一時的にくっつけているようなものだ」
「リン様、交代です。私がやります」
そこにやってきたのは、エルー君とシルヴィア様だった。
エルー君に天使の羽が付いていることに気付いてぎょっとする。
「はぁ、はぁっ……シルヴィアさん……でも……」
「リン様もお休みください。もう何日も寝ていらっしゃらないのでしょう?」
ここに来るまで、涼花君がおんぶしながら回復魔法を常にかけ続けていたらしい。
寝ればソラ君が死ぬからと、ここまで命を繋いできたのだ。
「シルヴィアさん、エルーちゃん。どうかエリちゃんに伝えて」
「はい、何なりと」
「私の報酬、何でもいいから天先輩を助けて――」
リン様はそれだけを言って倒れるように眠った。
「シルヴィア様、神薬は……効かないのですか?」
「これは人間の御身で神を降ろして神力を使った代償。いわば、神罰の類いのものだ」
「そんな、女神様はソラ様を愛していらっしゃるのではなかったのですか!?」
「いや、神罰とは言ったが、本来は……」
『そこから先は私が説明するわ』
「「っ!?」」
真っ白な長い髪がその場の全てを静止させた。
その場にいた全員が思わず息を飲んだのだ。
『一旦全員ソラ君から手を離しなさい』
「は、はいっ!」
エリス様が現人女神であるということはソラ君から聞いていて、この戦争はその神体を取り戻すための聖戦であるとは聞いていた。
だがまさか本人が気軽に降りて来て、こうして話すなんて思わないじゃないか。
『でも、まずは本人を起こす必要があるわ。エルー』
「はい、女神様の仰せのままに」
どうしてしまったんだ、エルー君……。
そもそも、起こすってことは……彼は気絶しているのではなく、寝ているだけ……?
「ソラ様、失礼します」
「んぅ……」
「「っ!?」」
エルー君が見たこともない魔法を発動すると、あれだけ意識を回復しなかったソラ君が目を覚ました。
手が動いたとき、医務室長もびっくりしていた。
無理もない。
本来ならば植物状態と言われてもおかしくない姿なのだ。
常人なら、起きれるはずがない。
「ソラ様」
「んぅ、えるーちゃ、あとちょっとぉ……」




