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男の大聖女さま!?  作者: たなか
第100章 晴耕雨讀
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第901話 姉弟

『『  ただ(いたずら)に寝ていただけではないか。()く助けよ、この鈍間が……  』』

『あらメフィスト。あなた……私がいないと聖女達すらろくに倒せないくせに、よく吠えられたものね』


 煽り合う二人だが、次第に邪神が我慢ができなくなったらしく、スフィンクスよりも低いその声が壁を伝って僕の皮膚を震わせた。

 怒りという感情を全て声に乗せていた。


『『  犬は貴様の方だろう?我輩が消えれば、貴様も道連れよ  』』

『死が怖いなんて、可愛いじゃないの♥️この世界で「死を操る邪神」と恐れられたあなたも、自らの死の前には形無しね♪』


 口喧嘩し合えるほどに仲が良いのか、はたまた一時的に協力しているだけで仲が悪いのか。

 だけど出来ることなら、このまま喧嘩にまで発展して共倒れしてほしいものだ。


 直接顔を見なくても分かる。

 今彼女は蛇のごとく器用な舌で唇を舐める仕草をしているに違いない。

 あの獲物を見つけたかのごとく弄ばれる感覚、今の僕ならよく分かる気がする。


 彼女は前世でも一貫して(たの)しさを――いや、(たの)しさを求めていたに過ぎない。

 『あの邪神をも手懐けている』というそのステータスを、自らを良く見せ、誇示するための宝飾品にしたいだけなのだ。


 資産家に近付き、若さと美貌を振り撒いて独り身の貯蓄を搾り取り。

 既婚者の弁護士に愛嬌と背徳感をばら蒔いて弱みを握る。

 まるで自分が持っている男というカードゲームの手札をひらひらと見せびらかすのを生き甲斐にしている女性(ひと)なのだ。




 ――大丈夫。




 大丈夫だ、僕。




 気が付くと太ももが赤く滲むほど強く握っていた。




 あれだけ練習したじゃないか。


 彼女はまだ僕を見ている訳じゃない。


 だってあそこにいるのは、ただの僕の分身のアビスさんであって、僕じゃないじゃないか。




 まだ二人とも僕のことは見えていないし、僕もまだ()()()()()()()()()()()で、直接見ていない。




 それでもこの同じ空間にあの姉が、姉本人がいるなんて想像しただけで吐き気が、そして鳥肌が立ってくる。




 まるで不健康で生きてきた結果免疫を得たが、お風呂に入ってから免疫が切れて亡くなってしまった人のように、幸せを知ってしまった僕は耐える力が無くなっていた。

 あと少しで吐きそうになるのを抑えるのに必死で、とてもじゃないけれど岩影から覗き込むなど出来なかった。




『『  一度死んだことを前世での失敗と捉えず  』』

『退屈に比べれば、死ぬのなんて一欠片も怖くないわよ――』


 遠くにいるというのに、あの王兄妃リタ・フィストリアさえ軽く越える、艶の籠った女性の低音が()()()()()()()()()


 お姉ちゃんが自殺してこの世界に転生したと知った時、前世での行いを反省してやり直したいと思っていたのかと一瞬思ったが、やっぱり杞憂だった。


「お、お姉ちゃん……」

『どうしたの、ソラ?早くこっちに来なさい』

「で、でも……」

『は や く』


 間を置いて喋るのも全部僕を操るための、男を掌握するための手段に過ぎない。


「う、うん……わ、分かったから、ぶたないで……」


 過去のトラウマに動けないでいる僕とは裏腹に、アビスさんは立派に僕を演じきっている。

 その事実だけが僕を正常に近付ける特効薬(スパイス)だった。


「ソラ様、行く必要なんてありません!」

『へぇ、()()がソラの「お手つき」ね……』


 そして、ターゲットはアビスさんからエルーちゃんに変わる。

 姉は自分の手札を汚す女を、絶対に許さない――

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