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男の大聖女さま!?  作者: たなか
第100章 晴耕雨讀
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第880話 初見

「ごふッ……」

「貴様、リンをっ!?」

「離せ!」

「っ!?」


 神獣の数柱が手を出そうとすると、一瞬で百メートル後ろに後退した。

 このカンスト帯の四人ですら、この中で一番反応の早いはずの涼花さんですら反応できなかった。


「涼花さん、凛ちゃんに神薬を」


 凛ちゃんは声も出せず目が虚ろになりながらも、健気にも僕の指示通り延命のために自分自身に無詠唱でエクストラヒールを行っていた。

 心臓を貫けば一瞬で体力は0に近づいていくが、体力が999なら10秒くらいは持つ。

 更に回復魔法で延命すれば、一分は持つ。

 ただ呼吸すらできないので生きながらえられてもそのくらいだ。

 その間に涼花さんがアイテム袋から瓶を取り出してかければいい。


「はぁっ、はぁっ……」

「リン様、ご無事で……!」


 ひとまず一命は取り留めた。


 心臓を一撃で貫いていた。

 狙っていたのだろう。

 迷いもなければ、狙いも速さも全て正確。

 その上防御999、魔防999を素手で貫通するほどの存在が、邪神以外に存在していいはずがない。

 何より白に赤い横線が一本入っている角が頭に五本も生えているこの女形の魔族を、僕は見たことがなかった。


「眷属憑依」


 そう、僕はこの女魔族を見たことがないのだ。




 一つだけ言えることは、こいつは邪神ではないということだけ。

 邪神はエリス様の身体を乗っ取っているはずだから、エリス様の姿をしていないこいつは邪神ではない。

 今の僕にとって、それだけ分かっていればいい。


「あ、こらお前!?」


 囲んでいた神獣達の隙をつき、まるで針の糸を通すような細やかな動きで接近し、的確に僕の心臓を突いてきた。


「ソラ様っ!!」

「セイジョ……」


 確実に聖女だけを狙っていることから、この刺客が邪神のものであることは容易にわかる。

 いや、さっきも凛ちゃんが貫かれていなければ、その先にいたのは僕だ。

 この刺客は初めから狙っていたのは、僕だったのかもしれない。

 だがゲームで一度も見たことがない故にこの刺客の攻撃パターンが全く分からない。

 つまりは初見。


 今までの僕はゲームの知識だけでこの世界に対応してきた。

 魔法の種類もそのメリットデメリットも、魔物の種類もその弱点も全部頭の中に入っている。

 だからこそ僕にとって、知らないことが何より一番怖い。

 相手が何をしてくるか分からないということが、これほど怖いことなのかと今痛感している。


「ッ!?」


 シルヴィとハープちゃんを眷属にしたこのモードでは、全ての感覚が研ぎ澄まされる。

 まるで全てがスローモーションになったかのようだ。

 まだ邪神が来ない階層だからと油断していた。

 初めからこのモードになっておけば、こんなことにはならなかったのに。


 突き出した手を胸をそらして避け、横からがっしりと突いたその手を掴む。

 魔力を流して属性や毒の類いの付与がされていないことを確認する。


「『『手を刃物にして戦うようだな』』」

「セイジョ……コロスゥ……」


 指示された一つ覚えのようにその言葉だけを呟く。

 付与されていたのは腕を鋭利にするもののようだ。

 この手で……凛ちゃんが……。


「『『ならば、まずはその武器を取り除くか』』」

「ッッ……」


 両手を両手でがっしりと掴む。

 力はあまり入れていないつもりだった。

 まるでカブトムシの足をもぎ取るように掴んだ両腕を全力で引きちぎった。


「「ギャアアァァアアアアッッ!?」」


 耳をつんざくような高音が洞窟内を響き渡る。

 操られているだけかと思ったのたが、どうやら意思はないものの痛覚はあるようだ。

 耳の感覚が尖った僕には毒なので、魔力で耳に軽く蓋をする。


「『『ッ……』』」


 その時、まるで爬虫類の尻尾のように、切り離した腕が動いたのだ。


「ギャァアアッ!」


 バランスを取り戻して頭突きを繰り出そうとしたその腹を蹴り地に伏せさせ、僕は掴んでいたその女魔族の両腕を無属性魔法でその場で粉々にした。

 だが、そこで初見ならではの予想外が現れた。


「『『……貴様のような化け物が、何故この階層に居る?』』」


 粉々にした腕の断面からぐちょぐちょと気味の悪い音がして、新しい腕が生えようとしていた。

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