第83話 修復
聖国ハインリヒへ帰る日。
改めてお礼がしたいと言われ、アレンさんと王城へ向かう。
「ソラ様、サクラを救っていただき、ありがとう……ございます……」
深々とお礼をされる。
「いえ、私のためでもありますから。それに、どうやら救ったのはサクラさんだけではないみたいでしたし……」
半ば不慮の事故で二人の睦言を知ってしまったとはいえ、聞かされてしまった僕としては嫌味混じりに言う他なかった。
「それはどういうことで……?」
ええ……?
知らないのか……。
いや、あのサクラさんだもんね……。
どうせ帰ってきたときにサプライズでもしたいのだろう。
全く、自分が死んじゃったら意味ないだろうに……。
「帰ったら、きっとすごいことになっていると思いますよ……」
「……あ……ああ、サクラの生誕祭のことですね!」
一応ヒントを与えるも、ピンと来ていないアレンさんに御愁傷様と手を合わせておく。
まあ今度おめでとうと言っておこう……。
「ソラ様、魔王の侵略から世界をお守りいただき、ありがとうございます。そしてソラ様、アレン殿。この度は我が国の問題の解決をしていただきましたこと、感謝の念に堪えません」
アール王子を除いた王族の皆さんが土下座で感謝の意を表する。
「つきましては、お布施をお納めしたく……」
お布施と遠回しに言うものの、要はお金だ。
政治的な意味を持たせないための配慮なのだが、聖女側が進んで政治に関与して悪用し始めたら破綻するよなぁと毎回思う。
まあエリス様がそういう考えをもった人は連れてこないんだろうけどね……。
「それは最悪貰わなくてもいいです。それより約束は守ってくださいますか?」
「も、もちろんでございます……!」
「……私には姉がいたのですが、私はいつも両親から『出来の悪い子供』と言われ蔑まされていました。対して姉は半ば詐術のような話術で両親を取り込み、いつも甘やかされていました。そのせいか私は大分歪んで育ちました」
女装すると勝手に「私」なんて言い始める男なんて、正直歪みすぎている。
「私はもう手遅れですが、アール王子ならまだ間に合うかもしれない。ですから、彼に注がなかった数年間の愛情を与えてはいただけませんでしょうか……」
「ソ、ソラ様……」
僕も膝をつき、土下座でお願いをする。
「……ソラ様、私は勘違いをしておりました。私がいることでお母様とお父様がお兄様に愛情を注いで下さらないのであれば、私は王城を出ていくことにいたします」
「アリシア……」
「大丈夫です、私には婚約者がおりますから……」
アリシア王女はまるで模範解答のような受け答えをする。
おそらく、王と王妃の評価を下げないための立ち回りでもあるのだろう。
それが自分の立場や評価を保つためにやっているのか、本当に王子を心配してそうする決意をしたのかは、流石に知り合って間もない僕にはわからない。
もしかしたらめんどくさいとか、付き合っていられないから出ていきたいと申し出ているだけなのかもしれない。
「アリシア王女、もしそれが解決方法だと思っているのなら、認識を改めてください。貴女が出ていくことで、きっとアール王子は自分のせいで王女が出ていったのだと思うことでしょう。貴女はアール王子に一生ものの心の傷を負わせる気ですか?」
「そ、そんなことは……」
胃に酸が溜まるような感覚を堪え、軽く深呼吸をして話す。
「はっきりと言いますが、逃げないで下さい。関係に傷をつけるのは簡単ですが、修復するのには倍以上の時間が必要です。貴方たちが今の王子を作ったのなら、最後までその責任を取ってください」
他人に怒るのはやはり慣れない。
胃がキリキリとする。
「今回は私の分のお布施は不要です。その代わり、またこちらに来たときにもし関係が改善されていないようでしたら、私がアール王子を連れ去りますから。覚悟しておいてくださいね」
僕はとびきりの笑顔でそう答えた。
「姉貴!」
王城の門を出たところで、アール王子とメイドのエドナさんが待っていた。
「……今更なんですけど、アール王子って何歳なんですか?」
「確か、ハインリヒの王女と同い年のはずだ」
2つ上じゃん……。
「私、15なんですけど……」
「でも姉貴は姉貴だ!我の恩人であり、同じ境遇の先輩だからな!」
「……まあ好きに呼んだらいいですよ」
「流石大聖女様、器の大きさも違いますね」
エドナさんと王子は阿吽の呼吸だ。
「二人とも、大事なのはこれからですからね。私に連れ去られないよう頑張るのですよ」
「任せておけ!」
「あと、私のことは誰にも内緒ですからね……?」
「任せておけ!」
返事だけはいいんだけど、心配だ……。
「大丈夫です。殿下が口を滑らすようなら、私がその口を塞いでおきますから」
「エ、エドナ……」
王城前で急におっ始めないでよ……。
はぁと呆れ返る僕。
「付き合っていられません……」
踵を返す僕にアレンさんもついてくる。
「姉貴!本当にありがとう!」
「また、会いに来ますから」
王子に手を振り、僕とアレンさんは馬車に乗る。
「偽善と言われればそうなのでしょうけど、彼が幸せになることで、なんだか私も報われて幸せな気持ちになる気がするんですよね……」
馬車の中でぽろっと独り言のように呟く。
「その理論でいくと、ソラ様は幸せの絶頂ですね。この世界の全ての人々を救って、幸せにしたのですから」
結婚したてで子供もできて、幸せの絶頂にいるような人に言われたくはないよ……。
まだ何も知らされていないこの無垢なイケメンスマイルに、心の中で嫌味たらしくそう呟くのだった。




