とても高貴な、あるいはなんとも下世話な依頼
「最初にパムの用事を済ませちまった方が良くないか? お前、レクス皇子に何か話があるんだろ?」
「むしろ話があるはレンクスディアであるぞ。それにさきにも言うたが、後に回されようと、このまま無視されようと我には。……いや双方、であるな。なにひとつ問題なぞ無いのだ」
応接のソファにはターニャとルカ、そしてルカの肩にパムリィ。ソファの後ろには私服ではあるが、手を前にかしこまるエルとパリィ。
テーブルを挟んで皇太子。
親衛騎士アッシュは事務所入り口の手前で、門番よろしく姿勢良く立っている。
クリシャとロミは奥に引っ込もうとしたが、ターニャに止められ。今は自分のデスクに着いている。
「女王、……それはしかし」
「などと言うてはみたが。どうでも良い用事なればこそ。先に済ませた方がよい、かの」
――なんでいつにもましてそんなに偉そうなんだよ。ターニャの呟きに、しかしパムリィは反応した。
「レンクスディアのためなるぞ。この方がやりやすかろうと思うてな」
パムリィはルカの肩から浮き上がる。
「わざとやってる。って言いたいのか?」
ターニャにひとつ頷くと、パムリィは真っ直ぐに皇太子を見る。
「されば改めて。――帝国の次期皇帝とならんとするものよ。ぬしに問う」
パムリィは空中で手を腰に当て、形の良いおとがいをあげて。皇太子を見下ろすようにする。
「何なりと」
「リジェクタはモンスターと人間の住まうところに線を引く職業である、とはターシニアの持論であるが。……翻って今の帝国のありよう、まさに双方の居場所に明確に線引きが成されているところ。この現状、人間たるぬしはどう見る?」
「女王のような例外はおくとしても、なにしろ人間とモンスターは相容れぬもの。ならば線引きをするは、むしろ双方の益。俺はそう考える」
空中で、さらにぐっと胸を張るパムリィに対して、皇太子に全く気圧された様子は無い。
「それが人間の引いた線でも、かや?」
「モンスターが線を引く気が無い以上は、意味も無く衝突するよりは良い」
「なればさらに一つ。モンスターが衝突してでも領土を広く取りたい。とあらば、どうするか?」
「その時は是非も無い。戦争だ。……領土争いなら人もモンスターも無い。シュナイダーの血に連なる者はいつもそうして土地を守り、広げてきたのだ」
――ふむ。パムリィはそのまま高度を落とし、ターニャの頭の上に座る。
「面白き問答であったレンクスディア」
「浅学非才の身には、女王の言葉はありがたい限り」
「まことシュナイダー帝国を背負う者なのである、と認識を新たにしたぞ。――ターシニア?」
「なんだ?」
「我の話は終わりなる。後は必要な話を進めてよい」
「よい、ってお前な……。今のが一体何だったのか、教えてくれねぇのか?」
「我が説明するのもおかしな話なる、……なぁ、皇太子よ」
「確かに。――ターニャよ。皇太子が皇帝に即位する前に行わねばならぬこと。そなたは知っているか?」
「あたしはしきたりとか儀式とかそう言うのは、ちょっと」
「当然に。そなたに問う以上は、宮廷内の儀式などでは無い。話はモンスターに関連する」
「……もしかすると。キングスドラゴン、だったり」
「そういうことだ」
かつて。
シュナイダーを名乗る若者が、戦乱の世に出て、国興しの野望を抱く。
悪徳領主とモンスター。双方に痛めつけられていた立場の弱いもの達。これに庇護の手を差し伸べた彼には、実に多くのもの達が付き従うことになる。
そして。ほぼおおよそ人間をまとめたところで、彼は意外な行動に出る。
西の山、遙か山頂に住むモンスターの王、キングスドラゴンの元へ。
たったひとりで領地の交渉に赴く。と言い出したのだ。
――モンスターの住む土地を焼き払い、掘り起こし。人が住む土地へと改造する。
わざわざそれを宣言しに向かう、というのである。
彼に従うものは皆、殺されに行くだけだ。と彼を止め。
決心が固いことを知ると、皆、一様に嘆き悲しんだという。
しかし、殺される事も無く戻った彼は、モンスターの闊歩する土地であった、現シュナイダー帝国の位置する土地からモンスターを追い払い、自ら統治することとして居城を建立した。
彼の存命中に、世界に名だたる国を興す。と言う野望は果たせなかったが。
彼の息子である二世皇の御世になり、遂に。
当時にあっても、世界最大級の臣民を抱えるシュナイダー帝国は成った。
それが故に代替わりの時の儀式として、今でも。
皇太子は即位前にキングスドラゴンの元へ赴き、シュナイダーとの盟約の有効を確認するのだ……。
これは、本になってさえいるものの。
帝国臣民なら誰もが知る、帝国の興りをまとめたお伽噺に近い、皇家の力を誇示するための創作、お話。
「だって、アレはお話の……」
……ターニャの知る限り、そうであったはずだが。
「聞いておらぬか。――皇家に伝わる伝承においては……」
「その、ちょっと待ったレクス皇子。それ。あたしが聞いちゃって、良いんすか?」
その辺は宮廷一のモンスター通で通っているリンクや、寝食を共にしているルカでさえ、ターニャには語っていない。
この二人が何かを知っている節は、そう言えばあったな。と思い当たったターニャである。
「リンクやリィファには口に出す資格がない、そこは容赦をしてやってくれ」
ルカは俯いて、ターニャとは目を合わせない。
「でもレクス殿下が……」
「皇太子である俺が語る分には良いということだ」
「え? それは良いんだ……。パムも知ってたのか?」
「教えろとは言われなんだからな。人間に語る義理も無い故、話すわけが無い」
「いつかの意趣返しのつもりか? ――あの、レクス殿下。一体……」
「シュナイダーの頭領になるものは、モンスターに筋を通さねばならぬのだよ。……そこな女王パムリィは妖精の女王でも有り、陸を総べるものでもある」
ターニャの頭の上。パムリィは表情も姿勢も動かさない。
「更にはドラゴンの長にして空の王。モンスター全体を司るキングスドラゴン」
「その話、マジだったんすか!」
「大兄様がターニャに。嘘をお教えになる道理が、御座いませんでしてよ?」
「そりゃそうなんだけども!」
キングスドラゴン。
西の山の頂に鎮座し。姿を見た人間は即座に喰われてなんの痕跡も残さないのだ、と恐れられるとんでもないモンスターである。
肩までの高さは優に一〇mを超え、体長も四〇m超。翼を広げれば二〇mを優に超える史上最大の巨大なドラゴン。
とても長命で、初代シュナイダー皇が盟約を結んだのは、今も西の山に居る個体なのだとされる。
また頭の良いドラゴンの中でも図抜けて聡明で、当然人語も操るうえ、人間の知識など遠く及ばないと言われる、まさにモンスターの王。
事実、キングスドラゴンの意向は全てのモンスターの総意に同じ。彼のドラゴンが決めごとをすれば、人工物以外の全てのモンスターが従う、とまで言われる。
「そして、その謁見の場において。頭領の器に足りず。と言われたものは命までは取られんが、王位継承権を捨て、何処へなりと姿を消さなければならんのだよ」
「筋を通す、って。じゃあ……」
「その通りだ。シュナイダー当主の命運はモンスターが握っておる。ターニャよ、面白き話であろう?」
キングスドラゴンを形容する、その全てが伝聞であるのは。学者やリジェクタであっても、実際に見たことのあるものが居ないからである。
皇家の伝承が、お伽噺と同じレベルで思われているのも仕方が無い。
「リィファ、お前はいまやリジェクタでもある。なればターニャには話しても良い。既に俺が半分話したことでもあるが、後を頼めるか?」
「はい、大兄様。――そして、水の女王たる、精霊サイレーンなのですわ。陸、水。そして空。全てのモンスターが皇帝たる器であることを認めたもの、そのもののみが皇帝となる。……それが200年以上続く、皇家のシステム」
ターニャとは目が合わないまま、ルカが続ける。
「当たり前の話として。皇位継承権第三位まではこの件については、幼子の頃より皇帝となるものの義務として教えられるのです。なので皇位継承権第三位や皇位継承権第二位は当然知っています」
「なるほどな」
「但し、キングスドラゴン以外については、これは責務では無いのです。現に、ここ三代の皇帝陛下は誰もお会いになってはいない」
「それでも一番重要度の低い我に逢いにここに来た、と言うことなる」
「で、さっきの話か。――そしてお前は次期皇帝として認めたわけだ」
「シュナイダーに対しては友好でも敵対でも無い、共生というのがこちらの考えだと先代女王より聞き及んでいる。なれば状況に応じて交戦も辞さぬ。と言うレンクスディアは、まさに理想的な皇帝像であろ?」
――極端に過ぎる気がするがねぇ。自分の頭のうえからの声に少々あきれ顔のターニャであったが。
急に何かに気が付いて、ルカの方を見る。
「もしかして水の妖精、目撃例が増えてる。ってのは……」
「ええ。多分、ですが。パムリィに接触を図ろうとしているのかも知れませんわね。水の属性である以前に妖精なのですから、自らの女王に目通りを願っても。そこはおかしくは無いでしょう」
「サイレーンは、ほぼ自分に逢いに来ると踏んでる、か」
「えぇ、恐らく。皇太子の気性を何かのおりに知ったのでしょう」
――そこまで踏まえたうえで。皇太子が口を開く。
「先ずは陸の女王への謁見は適った。なれば次は水の女王だ。フィルネンコ事務所には謁見のコーディネイトと、護衛。これを頼みたい」
「ヴァーン商会と親衛騎士だけで用事が終わるんでは?」
専門家も護衛の数も。フィルネンコ事務所に依頼するより、それなら確実に多い。
「大人数で行列を作るは、これはしきたりの意に反しよう。個人的にも、できる限り地味でありたいのだよ」
基本的には合理主義者であるターニャは、納得いかずに食い下がる。
「知ってると思うけど、ヴァーン商会は業界一の人数を抱えて、しかも妖精の専門家ですよ?」
親衛騎士を動かさずとも。ヴァーン商会であれば護衛からリジェクタまで。自前で用意できてしまう。
リジェクタのみのチームになったとしても。
対人の荒事。これを得意にするリジェクタも、ヴァーン商会なら多い。
「専門家で固めてもやはり地味にはならんだろう? だいたいヴァーンは妖精の専門家ではあっても、精霊の専門家ではあるまい。その後、ドラゴンのこともある。……それに」
「それに?」
皇太子は、今まで崩さなかった表情を少し緩める。
「面倒を見てもらうなら、帝国ナンバーワンで妙齢の女性。これより良い条件があるとは俺には到底思えないが?」
「……まぁ、リアンが“男”なのは。これは、どうしようも無いだろうけど」




