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害獣駆除はお任せを! -モンスター退治屋さん繁盛記-  作者: 弐逸 玖
第七章 紋章の乙女は憂う ~皇太子殿下、西へ!~
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とても高貴な、あるいはなんとも下世話な依頼

「最初にパムの用事を済ませちまった方が良くないか? お前、レクス皇子に何か話があるんだろ?」

「むしろ話があるはレンクスディアであるぞ。それにさきにも言うたが、後に回されようと、このまま無視されようと我には。……いや双方、であるな。なにひとつ問題なぞ無いのだ」



 応接のソファにはターニャとルカ、そしてルカの肩にパムリィ。ソファの後ろには私服ではあるが、手を前にかしこまるエルとパリィ。

 テーブルを挟んで皇太子。

 親衛騎士アッシュは事務所入り口の手前で、門番よろしく姿勢良く立っている。


 クリシャとロミは奥に引っ込もうとしたが、ターニャに止められ。今は自分のデスクに着いている。



「女王、……それはしかし」

「などと言うてはみたが。どうでも良い用事なればこそ。先に済ませた方がよい、かの」

 ――なんでいつにもましてそんなに偉そうなんだよ。ターニャの呟きに、しかしパムリィは反応した。


「レンクスディアのためなるぞ。この方がやりやすかろうと思うてな」

 パムリィはルカの肩から浮き上がる。

「わざとやってる。って言いたいのか?」

 ターニャにひとつ頷くと、パムリィは真っ直ぐに皇太子を見る。




「されば改めて。――帝国の次期皇帝とならんとするものよ。ぬしに問う」

 パムリィは空中で手を腰に当て、形の良いおとがいをあげて。皇太子を見下ろすようにする。

「何なりと」


「リジェクタはモンスターと人間の住まうところに線を引く職業である、とはターシニアの持論であるが。……ひるがえって今の帝国このくにのありよう、まさに双方の居場所に明確に線引きが成されているところ。この現状、人間たるぬしはどう見る?」


「女王のような例外はおくとしても、なにしろ人間とモンスターは相容れぬもの。ならば線引きをするは、むしろ双方の益。俺はそう考える」

 空中で、さらにぐっと胸を張るパムリィに対して、皇太子に全く気圧された様子は無い。

 

「それが人間の引いた線でも、かや?」 

「モンスターが線を引く気が無い以上は、意味も無く衝突するよりは良い」


「なればさらに一つ。モンスター(こちら)が衝突してでも領土を広く取りたい。とあらば、どうするか?」

「その時は是非も無い。戦争だ。……領土争いなら人もモンスターも無い。シュナイダーの血に連なる者はいつもそうして土地を守り、広げてきたのだ」



 ――ふむ。パムリィはそのまま高度を落とし、ターニャの頭の上に座る。

「面白き問答であったレンクスディア」

「浅学非才の身には、女王の言葉はありがたい限り」


「まことシュナイダー帝国を背負う者なのである、と認識を新たにしたぞ。――ターシニア?」

「なんだ?」

「我の話は終わりなる。後は必要な話を進めてよい」


「よい、ってお前な……。今のが一体何だったのか、教えてくれねぇのか?」

「我が説明するのもおかしな話なる、……なぁ、皇太子よ」

「確かに。――ターニャよ。皇太子が皇帝に即位する前に行わねばならぬこと。そなたは知っているか?」


「あたしはしきたりとか儀式とかそう言うのは、ちょっと」

「当然に。そなたに問う以上は、宮廷内の儀式などでは無い。話はモンスターに関連する」

「……もしかすると。キングスドラゴン、だったり」

「そういうことだ」




 かつて。

 シュナイダーを名乗る若者が、戦乱の世に出て、国興しの野望を抱く。

 悪徳領主とモンスター。双方に痛めつけられていた立場の弱いもの達。これに庇護の手を差し伸べた彼には、実に多くのもの達が付き従うことになる。

 そして。ほぼおおよそ人間をまとめたところで、彼は意外な行動に出る。


 西の山、遙か山頂に住むモンスターの王、キングスドラゴンの元へ。

 たったひとりで領地の交渉に赴く。と言い出したのだ。


 ――モンスターの住む土地を焼き払い、掘り起こし。人が住む土地へと改造する。


 わざわざそれを宣言しに向かう、というのである。

 彼に従うものは皆、殺されに行くだけだ。と彼を止め。

 決心が固いことを知ると、皆、一様に嘆き悲しんだという。


 しかし、殺される事も無く戻った彼は、モンスターの闊歩する土地であった、現シュナイダー帝国の位置する土地からモンスターを追い払い、自ら統治することとして居城を建立した。

 

 彼の存命中に、世界に名だたる国を興す。と言う野望は果たせなかったが。

 彼の息子である二世皇の御世になり、遂に。

 当時にあっても、世界最大級の臣民を抱えるシュナイダー帝国は成った。


 それが故に代替わりの時の儀式として、今でも。

 皇太子は即位前にキングスドラゴンの元へ赴き、シュナイダーとの盟約の有効を確認するのだ……。


 これは、本になってさえいるものの。

 帝国臣民なら誰もが知る、帝国の興りをまとめたお伽噺に近い、皇家の力を誇示するための創作、お話。


「だって、アレはお話の……」

 ……ターニャの知る限り、そうであったはずだが。





「聞いておらぬか。――皇家に伝わる伝承においては……」

「その、ちょっと待ったレクス皇子。それ。あたしが聞いちゃって、良いんすか?」

 その辺は宮廷一のモンスター通で通っているリンクや、寝食を共にしているルカでさえ、ターニャには語っていない。

 この二人が何かを知っている節は、そう言えばあったな。と思い当たったターニャである。


「リンクやリィファには口に出す資格がない、そこは容赦をしてやってくれ」

 ルカは俯いて、ターニャとは目を合わせない。

「でもレクス殿下が……」

「皇太子である俺が語る分には良いということだ」

「え? それは良いんだ……。パムも知ってたのか?」


「教えろとは言われなんだからな。人間に語る義理も無い故、話すわけが無い」

「いつかの意趣返しのつもりか? ――あの、レクス殿下。一体……」


「シュナイダーの頭領になるものは、モンスターに筋を通さねばならぬのだよ。……そこな女王パムリィは妖精の女王でも有り、陸をべるものでもある」

 ターニャの頭の上。パムリィは表情も姿勢も動かさない。


「更にはドラゴンのおさにして空の王。モンスター全体を司るキングスドラゴン」

「その話、マジだったんすか!」

大兄様おおあにさまがターニャに。嘘をお教えになる道理が、御座いませんでしてよ?」

「そりゃそうなんだけども!」



 キングスドラゴン。

 西の山の頂に鎮座し。姿を見た人間は即座に喰われてなんの痕跡も残さないのだ、と恐れられるとんでもないモンスターである。


 肩までの高さは優に一〇mを超え、体長も四〇m超。翼を広げれば二〇mを優に超える史上最大の巨大なドラゴン。

 とても長命で、初代シュナイダー皇が盟約を結んだのは、今も西の山に居る個体なのだとされる。


 また頭の良いドラゴンの中でも図抜けて聡明で、当然人語も操るうえ、人間の知識など遠く及ばないと言われる、まさにモンスターの王。

 事実、キングスドラゴンの意向は全てのモンスターの総意に同じ。彼のドラゴンが決めごとをすれば、人工物アーキテクト以外の全てのモンスターが従う、とまで言われる。



「そして、その謁見の場において。頭領の器に足りず。と言われたものは命までは取られんが、王位継承権を捨て、何処へなりと姿を消さなければならんのだよ」

「筋を通す、って。じゃあ……」

「その通りだ。シュナイダー当主の命運はモンスターが握っておる。ターニャよ、面白き話であろう?」



 キングスドラゴンを形容する、その全てが伝聞であるのは。学者やリジェクタ(せんもんか)であっても、実際に見たことのあるものが居ないからである。

 皇家の伝承が、お伽噺と同じレベルで思われているのも仕方が無い。



「リィファ、お前はいまやリジェクタ(せんもんか)でもある。なればターニャには話してもい。既に俺が半分話したことでもあるが、後を頼めるか?」


「はい、大兄様。――そして、水の女王たる、精霊サイレーンなのですわ。陸、水。そして空。全てのモンスターが皇帝たる器であることを認めたもの、そのもののみが皇帝となる。……それが200年以上続く、皇家のシステム」

 ターニャとは目が合わないまま、ルカが続ける。


「当たり前の話として。皇位継承権第三位まではこの件については、幼子の頃より皇帝となるものの義務として教えられるのです。なので皇位継承権第三位(わたくし)皇位継承権第二位(おにいさま)は当然知っています」

「なるほどな」



「但し、キングスドラゴン以外については、これは責務では無いのです。現に、ここ三代の皇帝陛下は誰もお会いになってはいない」

「それでも一番重要度の低いわれに逢いにここに来た、と言うことなる」


「で、さっきの話か。――そしてお前は次期皇帝として認めたわけだ」

「シュナイダーに対しては友好でも敵対でも無い、共生というのがこちらの考えだと先代女王より聞き及んでいる。なれば状況に応じて交戦も辞さぬ。と言うレンクスディアは、まさに理想的な皇帝像であろ?」


 ――極端に過ぎる気がするがねぇ。自分の頭のうえからの声に少々あきれ顔のターニャであったが。

 急に何かに気が付いて、ルカの方を見る。



「もしかして水の妖精、目撃例が増えてる。ってのは……」

「ええ。多分、ですが。パムリィに接触を図ろうとしているのかも知れませんわね。水の属性である以前に妖精なのですから、自らの女王に目通りを願っても。そこはおかしくは無いでしょう」

「サイレーンは、ほぼ自分に逢いに来ると踏んでる、か」

「えぇ、恐らく。皇太子おおあにさまの気性を何かのおりに知ったのでしょう」



 ――そこまで踏まえたうえで。皇太子が口を開く。

「先ずは陸の女王への謁見は適った。なれば次は水の女王だ。フィルネンコ事務所には謁見のコーディネイトと、護衛。これを頼みたい」


「ヴァーン商会と親衛騎士だけで用事が終わるんでは?」

 専門家も護衛の数も。フィルネンコ事務所に依頼するより、それなら確実に多い。

「大人数で行列を作るは、これはしきたりの意に反しよう。個人的にも、できる限り地味でありたいのだよ」 


 基本的には合理主義者であるターニャは、納得いかずに食い下がる。

「知ってると思うけど、ヴァーン商会は業界一の人数を抱えて、しかも妖精の専門家ですよ?」

 親衛騎士を動かさずとも。ヴァーン商会であれば護衛からリジェクタまで。自前で用意できてしまう。

 リジェクタのみのチームになったとしても。

 対人の荒事。これを得意にするリジェクタも、ヴァーン商会なら多い。

 


「専門家で固めてもやはり地味にはならんだろう? だいたいヴァーンは妖精の専門家ではあっても、精霊の専門家ではあるまい。その後、ドラゴンのこともある。……それに」

「それに?」


 皇太子は、今まで崩さなかった表情を少し緩める。

「面倒を見てもらうなら、帝国ナンバーワンで妙齢の女性。これより良い条件があるとは俺には到底思えないが?」


「……まぁ、リアン(あねご)が“男”なのは。これは、どうしようも無いだろうけど」

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